第18話 「願いは同じ運命でありたい」

意識が戻り、打撲や擦り傷による痛みや傷口も心配しなくて大丈夫だと言う蛍から今回の件について詳しく聞いた。


彼女の話によると空中から逃げた犯人らしき人影と追跡中の警察官をみつけた時には人影に必死で逃げてる様子は無く、すぐ背後に警察官が迫っていたそうだ。


人影は急に立ち止まり、追って来た警察官と対峙し、抵抗する素振りも見せなかった為に逃げるのを諦めたと勘違いしたのかほとんど警戒しないまま近づいて行った。


間近に歩み寄った警察官に対し人影は上着の懐から素早く出した凶器で彼の胸板を貫いた!


声を上げる間もなく、倒れて死んだ警察官を見ながら人影が薄笑いを浮かべているように感じた彼女は犯人の姿を確かめようと近寄って行った・・・


人間である犯人に彼女の姿が見えるはずも無く、大丈夫だと思っていたのだが突然、犯人の背後から現れた悪霊によって殴られたり蹴られたりした上に家の塀へと叩きつけられ意識を失ってしまったそうである。


被害者である彼女が悪いわけでは無いのに申し訳なさそうな表情で細い指先をみつめながら話す蛍を見た俺はその悪霊と犯人に対し、心の底から猛烈な怒りを抱いた!


彼女を散々に傷めつけた悪霊というのは俺が殺して地獄へと送ってやった、あのストーカーだったのだ。


この世界に残る為、途中で人間に戻ることを取り止めた俺は人間と変わらない姿をしていても悪霊という存在であり、怒りや恨みなどの感情は悪霊が持つ力を増幅させる!


しかし、それによって優しさや思いやりといった感情は次第に薄れてしまい蛍がこれまでに仕えていた悪霊たちと同じように残虐で無慈悲な本来の悪霊になってしまうかも知れない?

それを察した彼女は俺の手を握って首を振りながら冷静さを失うことが無いように澄んだ瞳で促した。


蛍にとって悪霊から理由も無く暴行を受けることは犯した罪を罰によって償っていることになるので彼女が持つ懲罰カードのポイントとやらも増えて罪は少しづつ消えて行く。


今回は運が悪ければ彼女がこの世界から消えてしまうようなダメージを受けたことで多くのポイントが加算されたと悔し涙を浮かべながら無理に笑っていた。


美しくなりたい、可愛くなりたいと思うのは彼女にすれば当然の願いなのだろうが今でも蛍に十分な魅力を感じている俺にはそんなに焦って人間の姿に戻らなくても良いのだが彼女には彼女にしかわからない理由もあるのだろう?


そんな彼女の願いを叶える為にもこの世界に出現した悪霊を退治することでカードのポイントも、加算されるんじゃないかと考えた俺は彼女に提案した。


人間だけではなく悪霊まで相手にすることに難色を示した蛍だったが、ここは恭介と彼女が存在する世界でこのまま奴らを放って置くわけにも行かず携帯を取り出すと検索を始めた。


彼女が調べた結果では警官を殺害した犯人である男は他に多くの殺人を犯しているらしく、地獄へと送る為にストーカーであった彼を悪霊として犯人へと派遣した・・・


ところが彼は犯人を呪い殺すどころか、意思の疎通は無いがお互いに殺戮を繰り返しながら愉しんでいるみたいなのだ!


他の悪霊が居る世界を次々と荒らし回りながらこの世界へと流れて来た2人には地獄でも困り果てているらしい。


このままでは閻魔が遂に地上へ降臨する事態も有り得る為に神の世界との間で大きな問題として波紋が広がっている。


当然のことながらこの件を解決した悪霊たちには多大な報酬が与えられることは間違いないが、殺るか殺られるかの危険を伴う戦いになるということである。


蛍は恭介が自分の姿を人間へと変える為にそんな危険など冒す必要は無いと思っていたのだが、その悪霊が夏海さんを探しているらしいとの情報を得た彼女は反対することも出来ず俺の意思に従うしかないと心の中で覚悟を決めていた・・・


だが俺の気持ちなど最初から決まっていた!


蛍を罪の償いという鎖から解き放ち、人間の姿へと戻せるなら奴を再び地獄へと叩き落とすのみだ。


人間と悪霊に分かれてしまったが、人間の恭介と夏海さんに危険が迫っているとなれば尚更である!


「お前の傷はまだ癒えてないし無理しない方がいいと思うけど俺はお前だけをここに残すのが心配なんだ」

「俺について来てくれるか?」

俺は無茶なことだとわかっていながら蛍に訊いた。


「私はそなたの役には立てそうにないけど恭介がついて来いと言ってくれるのならどこにだって一緒について行くわ!」

「どんな時だってそなたと同じ運命であるのが私の願いなの」

まだ歩くのがやっとの状態でありながら彼女はそう答えた。


「同じ運命か・・・敗けられないな」

「もしも俺が窮地に追い込まれたとしても犠牲になろうなんて気は絶対に起こしちゃダメだぞ!」

「蛍だけを残して敗けるはずは無いと信じて見守っててくれ」

俺の言葉に彼女は頷くと零れた涙を拭きながら微笑んだ。

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