第17話 「永遠の中にある一瞬」

「やっぱり安心出来る場所はここしかないか・・・」

傷を負い意識が戻らない蛍を抱きかかえ俺が辿り着いたのは人間である恭介が婚約者の夏海と住むマンションだった。


玄関の前に立った俺はそれでもまだ中に入ることを躊躇っていたのだが、急に玄関の扉が開かれ恭介が顔を覗かせながら辺りを伺うと今度はゆっくりと扉を閉めた・・・

その間に中へと入った俺はもしかして彼にはまだ俺たちの姿が見えているのかと思ったが次に交わされた2人の会話で何も見えていないのだとわかった。


「あなたって朝になるとそうやっていつも何だか誰かを待ってるみたいに玄関の扉を開けてるわね」


奥のキッチンから夏海さんの声が聴こえると

「言われてみれば確かにそうだけど自分でもわからないんだ」

「記憶が消されて誰かを忘れてるような気がするんだけど俺は何か、物語でも書こうとしてたのかなぁ?」

「何であれを書いたか、理由が全然、わからないんだよ」


そう言った彼に夏海さんは

「いいじゃない、あなたが想像した2人が私たちのことを守ってくれてるのかも知れないわよ?」

明るい声で言うと食事の準備が出来たことを告げ、笑顔で応えた彼は食卓へと歩いて行った。


リビングに行き、懐かし気に見廻すと物置代わりに使っていた部屋のドアには「介ちゃんと鬼ちゃんの部屋」と書き込まれた紙がテープで貼りつけてある。


夏海さんが言ってた2人とは俺たちのことだったのか・・・?

そっとドアを開けて覗いた俺はその光景に目を疑った。


部屋の中は以前と違い綺麗に片付けられベッドとソファーの他に小さなテーブルが据え付けられてあったのだ!


テーブルの上には俺と蛍に宛てた白い封筒が置かれていて便箋には俺たちと一緒に暮らした日々を記憶が消えてしまう前に書き残すと銘打って詳しく綴られていた・・・

最後に書かれた感謝の言葉を読み終えた俺は泣いていた。


蛍をベッドに寝かせて静かにドアを閉めた俺は彼女の手を握り、元気になって欲しいと神に祈った・・・


悪霊が神に祈るなど有り得ないことなのだろうが俺が彼女に今、してやれることはそれだけしか無かったのだ!

リビングではテレビの音に混じり人間である恭介と夏海さんの明るく楽しそうな笑い声が聴こえて来る。


俺はその声を聞きながら2人の幸福を喜ぶと同時に蛍という大切な存在が目覚めない孤独感を感じていた。


食べることや眠ることを必要としない俺にとって永遠とも思える時間が過ぎて日付けが変わってしまった深夜になる頃、蛍の瞼が少しだけ動くと薄っすらと目を開けた・・・

目の前にあった俺の顔を認識すると弱々しい笑顔を見せる。


「大丈夫なのか?」

不安そうな俺の問い掛けに

「そなたが私のそばにいつも居てくれるから大丈夫!」

「随分、心配かけてしまったみたいで本当にごめんなさい」

彼女は握られた俺の手を涙目でしばらく見ていたが横向きに身体を動かし、俺の頬をもう片方の手で触れながら謝った。


「目が覚めてくれて良かった!」

「お前が居なくなったら俺は独りぼっちになってしまうからな」

「本当に嬉しいよ・・・」

俺は彼女の顔にポタポタと嬉し涙を落としながら言った。


蛍は顔に落ちる涙を拭こうともせず、俺の首に手を回すと胸に引き寄せ抱き締めて

「恭介・・・恭介・・・恭介・・・」

名前を何度も繰り返し呼びながら身体を震わせ泣いた。


他に今の気持ちを伝える言葉がみつからなかったのだろう?


俺はそんな彼女の隣りに寝転び、愛しさを伝えたくてピッタリと体を寄せて抱き締めた。


こうして密着させてみると確かに身体のあちこちには鬼の姿であった頃の硬い皮膚が残っている

初めて出会った彼女は小さい身体に恐ろし気な顔つきで鬼と呼ぶに相応しく見えたがその反面、どことなく憎めない感じで可愛く思えてしまう部分もあった。


多分、それは彼女が自分の身を守る術で俺にそんな表情を作って見せる必要は無いと心のどこかで思ったから可愛らしく見えたのかも知れない?


考えてみれば永遠という時の流れも一瞬一瞬を積み重ねているだけで同じなのだ!

どんなに遠い記憶でも一瞬で甦り、今しがた起こった出来事でも一瞬で思い出へと変わってしまう。


「身体の傷が痛むんじゃないか?」

彼女を強く抱き締めてしまっていたことに今更ながら気づいた俺が照れ臭そうな顔で彼女に尋ねると


「うん、大丈夫だよ」

「傷があるのも忘れるくらいドキドキしてるもん」

恥ずかしそうに答えながら目を閉じた彼女を優しく抱き締めた俺はとても長いキスをした。

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