第16話 「新たなる来訪者?」

あれから数日が経ち、人間である俺には悪霊である俺の姿や声は見えなくなったし届かなくなった。


俺のこともすっかり忘れて婚約者である夏海さんと仲睦まじく一緒に暮らしていることだろう。


2人のそばに居ても気づかれないのだが同じ部屋で一緒に暮らすのも悪いと思った俺と蛍はマンションを出ると行く当ても寄るべき場所も無いまま、街を彷徨い歩いていた。


言ってみれば俺たちに相応しい暮らしを始めたことになる。


「そう言えば俺の姿は徐々に悪霊から人間の姿に戻ったのに何でお前の姿は鬼から急に人間へと変わったんだ?」


俺が隣りを歩いてる蛍に尋ねると

「自分の姿を変える必要が無かったからかなぁ?」

「私は自分のことをどうでもいい存在だから言葉遣いや姿など気にする必要も無いと思ってたけどそなたは褒めてくれた!」


「だからもっと褒めてもらいたくて一度も使ったことが無かった罪の清算カードを使ってみたらこうなった・・・」

まだ不完全なことを気にしているのか、彼女は恥ずかしそうに照れながら俺を見て言った。


「じゃあ蛍が死んだ時はまだ子供だったということか・・・」


何気なくそう言った俺に

「わ、私は子供なんかじゃないです!」

「人間として15年間、生きた後に死んだから大人なのよ」


即座に反論した彼女に

「15歳だったらやっぱり子供なんじゃないか?」

「俺は28歳だからまだ俺の半分ぐらいしか生きてないぞ」


俺がそんな風に応えると

「恭介が生きて暮らした今の時代と私が暮らしていた時代では考え方も風習も違うから私はお嫁にも行ける大人なのよ!」

彼女はそう言った後、頬を紅く染めた。


「いや、悪かった!」

「お前が子供だから俺と違うって意味じゃなかったんだ」

「もっと長生きして幸せな人生を送って欲しかったと思ったからまだ子供だったお前が可哀想だという意味だったんだよ」


俺が彼女に素直に詫びると

「じゃあ、そなたが私を幸せにしてくれ・・・」

何と言ったのか、わからないような小さな声で呟いた。


「ん?・・・今、何か言ったか?」

聞き取れなかった俺が訊くと

「私の願いを言っただけでそなたに教えると叶わなくなる」

「それにこの世界で私は千年近くも彷徨ってるんだからそなたよりも私の方がずっと長く死んだままだぞ!」


確かに彼女が言う通りなのだが死んだままってのが可笑しくて思わず笑いながら

「そうだったな」

「だけど俺は蛍のことを子供だとは思ってないし今まで苦労を重ねて来た分、幸せを感じてくれるよう俺も頑張るさ」


俺がそう言った時、助けを求める女性の大きな悲鳴が夜の闇を引き裂くように聴こえた!


俺と彼女は頷き合うと、その方角へと走り出す。


「大丈夫ですか!?」

緊迫した警察官の声と同時に犯人らしき人影を怒鳴りながら追って行く、もう一人の警察官が見えた。


どうやら襲われたと思われる女性は無事だったらしく、突然の悲鳴に吸い寄せられ、深夜近い時間帯にも関わらず多くの人々が現場周辺に何事かと集まり騒然となる。


被害者が無事なのを知ると蛍は宙に舞い上がり、俺は逃げた人影を追って走り出した!


蛍が飛んで行く方向を時折、見上げながら人通りの無い道を追い掛けて走るが障害物の無い空中を飛ぶ蛍にやや遅れた。


俺は焦りを感じていた・・・

人間には見えない存在なのだから蛍が危険な目に遭うことは有り得ないと知りながらも不安を感じたのだ。


彼女にやや遅れて辿り着いた俺の前に道路の真ん中付近で倒れたまま動かなくなっている警察官と住宅の塀に寄り掛かるようにうずくまっている蛍が居た!


俺は何かを叫びながら夢中で彼女に駆け寄り抱き起すと

「おいっ、大丈夫か!?」

「一体、どうしてお前がこんなに傷だらけになってるんだ!?」


切れた唇や擦れた身体のあちこちから血が滲み出ているのをどうしたら良いかもわからず呼び掛けた。


人間の手で彼女に痛みや傷を与えられるはずも無い!


俺たちと同じ存在がこの世界に生まれ、紛れ込んだのだろうがそれはこの俺か蛍に起因する者に違いない?


これまで蛍以外に別の存在を見たことも感じたことも無かった俺は底知れぬ不安を抱いた・・・

死んでいる警官は恐らく憑かれた人間が殺したのだろう?

ぐったりとしたまま、呼び掛ける声にも目覚めない蛍を両手で抱きかかえた俺は取り敢えず隠れる場所を探し歩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る