第9話 「知らぬのはお前だけだよ」

止まったタクシーに駆け寄った恭介は運転手に料金を聞いて支払うと開いたドアから降りた夏海の手を取り、明るい笑顔で話し掛けながら予約を入れて置いた店に向かう。


「さあ、いよいよだな?」

「俺たちも一緒に中に入ることにしようぜ」

悪霊である介ちゃんは鬼ちゃんの手を握ると歩き出す・・・


霊体なので人間とぶつかっても気に掛ける必要は無いのだが人間だった頃の習慣が残っている為に気を遣ってしまう。


彼と繋がれた自分の手を見ながら嬉しそうで悲しそうな顔をした鬼ちゃんだが引かれるまま、素直に後をついて行った。


「今日は出て来てくれてありがとう!」

「もっと早く会うべきだったんだけどあんなことが起こった後で外出するのは怖いんじゃないかと思って誘えなかったんだ」

恭介が申し訳なさそうに言うと

「ううん、そんなこと気にしなくてもいいのよ」

「私の両親も快く送り出してくれたし、あなたに会えると思うと胸がドキドキしちゃって全然、怖くなんて無かったわ!」

夏海はとても嬉しそうに笑った。


「話の邪魔をして悪いんだが、大事なことは早めに言った方がいいと思うから緊張が切れないうちにズバッと言っとけ!」

「俺たちは会話が聴こえないように右側の壁際に控えとくから困って助けが必要な時はそっちを見て何か合図しろよ」


気を利かせてくれたのだろうか?

介ちゃんは誰にも聴こえないのに、わざわざ俺の耳元で囁くとここから遠ざかって行くのがチラリと見えて急に心細くなる。


「実は君にとても大事な話しがあって会うことにしたんだ」

恭介の緊張した面持ちに夏海は不安そうな顔で

「何だかいつものあなたと違うけどやっぱりあの事件であなたに迷惑とか掛けてしまったんじゃない?」

すでに少し涙声になりながら訊き返したが、あの事件に関して彼女に責任など何一つとして無いのだ!


「そんなことは心配しなくても大丈夫だよ」

「大事な話というのはあの事件が起こってから俺は君のことが心配で君のそばに居られないことがずっと不安だった」

「だから君と一緒に暮らしたい!」

恭介の言葉に夏海はとても驚いた様子で

「それは・・・私と同棲したいってこと?」

恥ずかしそうな顔をしながらとても小さな声で言った。


それは当然であろう?

彼と付き合い始めて5年も経っているのにキスさえも交わしたことが無いのだから彼女にしてみれば何と答えたら良いのかもわからなかったに違いない!?


「そ、そうじゃなくて・・・俺と結婚して欲しいんだ!」

恭介は顔を真っ赤に染めながらも目を逸らさずに夏海の顔を真正面から見たままプロポーズした。


何が起きたのかわからない様子で呆けたように恭介の真剣な顔を見ていた夏海は言葉にすることが出来ないのか、何度もゆっくりと頷くと大粒の涙を流し彼の手を強く握り締めた。


「恋人みたいなこと何も無かったから友達だと思わなきゃって自分に言い聞かせながら何度も泣いた日がありました・・・」

思い出すようにゆっくりとした口調で言葉を選び、噛み締めるように話し始める。


「そんなあなたがいつの頃からか私を恋人としてとても大切な存在だと言ってくれるようになりました」

「その言葉がとても嬉しくて私はあなたをどこまでも信じ続けてどんな道でも一緒に歩いて行こうと決めていたの!」


いつも明るく笑っていた彼女があやふやな自分の付き合い方により、彼女をそんなにも苦しめていたとは知らなかった。


恭介は彼女の気持ちを知り、強く握られた夏海の手を優しく握り返しすと目に涙を浮かべた。


「あの事件が起きた時、あなたは怖くて動けなかった私の前で命さえ捨てる覚悟で盾になり守ってくれた」

「そんなあなたを失いたくなくて私は逃げてくれるように心の中では叫び続けていたの」

「だってあなたを失えば私には何一つ残らないから・・・」


彼女は愛しそうな目でじっと彼をみつめながら

「あなたのことを心から愛しています!」

「これからもずっとあなたの隣りに私を居させて下さい」

それは夏海が恭介のプロポーズに言葉で伝えた答えだった。


「俺は自分に自信を持てなくて君を大切にすることしか考えていなかったけれど、もっと君を良く見ていれば君の気持ちにも気づけて不安な思いなどさせずに済んだはずだ」


恭介は席を立つと夏海の傍らに行き、初めてのキスをした・・・


周囲のテーブルでは突然のキスシーンに何事が起きたのかとざわついたが誰もが見て見ぬフリをする。


「意外と俺って大胆な奴だな?」

ちょっと驚いたように言った介ちゃんに

「そなたは大胆過ぎてオレも少なからず困惑してるんだぞ」

鬼ちゃんは呆れたように彼を見上げながら訴えた。

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