第6話 「存在に悩む俺と恋に悩む俺」

「世の中ではたくさんの人たちが命を落としているのに俺はなぜ他の幽霊やお前みたいな鬼を見ないんだ?」

高層ビルの屋上の淵に鬼と一緒に腰掛けた俺は尋ねた。


設けられた鉄柵の外側で垂らした足の下は奈落の底のような高さで落ちたら全身の骨が砕け散るだろう?


そんな場所に腰掛けても恐怖を感じないのは俺が悪霊だからなのだろうか・・・?

いや・・・鬼との信頼関係が芽生えたからだろう。


「ここはそなたの世界で他の人間には別の世界がある」

「そなたは一枚の紙に書き込まれた存在で多くの紙が重なり合って人間界という分厚い本となり、物語を織りなす」


「そなたの紙は今、色が滲んでて2つの存在が同じ紙の上でそれぞれ違う行動をしているって感じだな」

「滲んだ紙を綺麗に直せば存在は一つになり、滲んで現れた存在も記憶も全てが紙の上から無くなってしまう・・・」


「オレもそなたも人間の目には映らない」

「見えないってことは存在しないってことと同じことだよ」

物悲しそうな声で鬼は俺に説明してくれた。


姿はこんなに醜くて恐ろしい鬼だが心があると感じた俺は

「お前はとても優しい心を持った鬼だけど大丈夫なのか?」

ちょっと心配になって訊いた。


「あはは、心配してくれてありがとう」

「オレが優しくするのはそなただけで他には誰も信じない!」

「そなたは外見に拘らず心の中を見てくれる・・・」


「そんなそなたが好きだから特別に優しくしてるだけだよ」

「どっちにしてもオレはそなたに忘れられ、そなたを失う最悪の結末を迎えるわけだがオレはそなたを忘れないぞ」


「何だかそなたと居るとオレはお喋りになってしまうな」

鬼は若干、照れながら言うと立ち上がり右手を差し出した。


「そろそろ戻ってもいい時間だ、帰るとしようか」

その右手は冷たくて鬼の寂しい気持ちを俺に伝えてるような気がして何だか切なくなった。


そんな悪霊と鬼の会話など知らない人間である俺は朝食をトーストとインスタントコーヒーで済ませ、軽くシャワーを浴びて背広に着替えながら仕事に向かう準備をしていた。


相変わらず俺の周囲に誰かが居るような気がするが何だか今度は人数が増えてるみたいな気もする!?


さすがにこれはちょっとヤバいんじゃないかって心配になったがお祓いを試してみる気にもなれず解決策も見出せないまま、何だかこの状況に慣れて来ていた。


俺は部屋を出ると誰かに指図されてるような気分で鍵を閉め、ため息をついて大通りに向かって歩き出す。


会社へはのんびりと歩いても30分ほどで着く


俺が住んでるマンションは祖母が暮らしていた部屋で会社に就職が決まった時に俺は祖母と一緒に暮らすことにした。


賃貸では無いが俺は祖母の好意に甘える形で

居候みたいな生活を送っていたが一年ほど前に買い物途中の交通事故で祖母は帰らぬ人となり、相続人であった父の代わりに今でも俺があの部屋に住み続けている。


そんな事情もあり、始めは祖母の幽霊かと思った・・・


俺のことを心配して様子を見に来てくれたのかと思ったのだが鏡に映ったあの顔は多分、若い男である!


あの事件の時、ショーウィンドーに映っていたのも同じ男だと思うのだが今度は隣りに背の低い鬼を連れていた。


一体、何の為に・・・?


あの部屋の居心地が案外、良かったので友達の鬼を呼んで一緒に暮らそうと思ったのだろうか?

俺は彼女に告げていないが将来は彼女と結婚し、あそこで一緒に暮らそうと思っているのだ。


そんな大事な場所にあんな同居人が居たら困るのだ!


そんなことを悩みながら歩いていたら会社へと着いていた。


あれから数日を過ごしたが、周囲に誰かの気配を感じることはほとんど無くなっていた・・・

彼女とはいつも週末に会うことが多いがあんな事件の後では外出するのも怖いだろうと思い、今度の週末は誘うのを遠慮しようかと考えていたのだが電話での彼女は逆だった。


週末はいつものように俺と会いたいと言ってくれたのだ!


よく考えてみれば俺の考え方は逆だったのかも知れない?

あんなことがあったからこそ会うべきであり、彼女を自分の手で守る為に今こそ結婚を申し込まなければならない。


電話で話しながら大丈夫かと気を揉むより、結婚して一緒に暮らした方がずっと安心ではないか!?

一旦、そう思ってみたものの俺にはその勇気が無かった。


「やっぱりここは勇気を出してプロポーズすべきだよなぁ?」


何気なく呟いた俺の耳に

「何を迷ってんだ、そんなの当たり前だろうが!」

どこかで聞いたことがあるような声が突然、聴こえたのだ。

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