第5話 「鬼の目が涙で濡れた日」

俺は何だか異様な気配をさっきから感じていたのだが彼女に気づかれないように平静を装う・・・


今はこのパトカーが少しでも早く目的地に到着してくれることを願うだけだが座席には余裕があるのに俺に寄り添うように座る彼女の微かな髪の匂いが彼女を更に愛しくさせていた。


警察署に着き車を降りると取調室では無く、談話室みたいな開放感のある部屋へ通され男性と女性の温和そうな警官が丁寧な口調で調書を執りながら話しを聞いた。


犯人が倒れた時に偶然にも突き刺さった包丁が原因で死亡したのだが、あの時の俺には犯人に対して殺意があった!

何が何でも彼女を守りたいという気持ちが強かったのだ。


そんなことも含めて俺は包み隠さずに全てを正直に話した。


彼女は恐怖で身体が動かなくなり、俺が助けてくれなければ殺されていたと思うと話し、俺に罪は無いと必死だった!

警察官はそういうことが問題なのでは無く、今後の事件など捜査に役立てる為の聞き取りであることを説明し心的負担が大きければケアも十分に行うと言ってくれた。


やはり普段はお世話になることの無い慣れない場所でもあり2人とも少しばかり緊張していたのだろう?

丁寧で詳しい事情の説明で楽になれて笑顔が戻った。


部屋を出ると連絡を受け、急いで駆け付けた彼女の両親が待っていて俺は初めて挨拶を交わすことになった!

俺のことを彼女はいつも両親に話していたらしく、俺は彼女の父親から身に余るほどの感謝を捧げられ思わず涙ぐむ。


これからも娘を宜しく頼みますと何度も頭を下げながら彼女の両親は後日の再会を約束し、娘と一緒に帰って行った。


その後ろ姿を見ながらあの時の俺の判断が決して間違いじゃなかったと自分に言い聞かせた。


両親が遠くに住む俺は会社の上司が来たが警察から説明を受けて驚き、俺を褒め称えてくれた

警察署を出た所で上司と別れた俺はパトカーではなく警察の公用車で家まで送り届けてもらったが念の為に明日の朝まで近くで警備してくれるとのことだった。


まだ悪霊のままで過ごさなければならない俺は鬼に

「何だか俺たちの気配を感じてたようだけど俺のことが見えたりなんかしてるのかなぁ?」


期待を込めて訊いてみると

「今日、申請したばかりなのにそんなに早く、人間に戻れる訳じゃないですが霊感が強いとの報告がありますよ」


鬼の言葉に

「お前たちはそんなことまで調査しといて悪霊の俺を間違って送ったりしたのか?」

呆れながら俺が言うと

「それでそなたの寿命が大幅に伸びたんです」

「まぁ、そんなのも含めて運命と言うんですが、さっきの彼女は男性を愛したのが初めてらしいです!」

「あの2人、この先もきっと上手く行きますよ」

そんな鬼の言葉に俺も自分でもある彼の幸せを祈った。


「眠る必要も無いってのは退屈だよなぁ」

「人間の俺も朝まで眠ってるだろうから2人でどこか散歩でも行ってみないか?」

俺がそう言うと

「2人でって・・・」

「それはもしかしてオレを誘ってくれてるのか!?」

鬼はトーンの高い声で嬉しそうに聞いた。


「お前はどんだけ孤独な日々を過ごして来たんだよ」

「2人って言ったら勿論、お前しか居ないだろ?」

「男に誘われてんだぞ」

「そんなに嬉しそうな声で喜ぶなよ」


冗談交じりで俺が言うと

「オレはこんな姿をしてても一応、女だからな・・・」

「そなたみたいな男に誘われたら喜ぶに決まってるだろ」


照れながら言った鬼に

「お前は女だったのか!?」

「鬼の性別なんて最初に言ってくれなきゃわかんないだろ?」

あまりの申し訳なさにそんな言葉で責めると

「そなたがオレに訊いてくれなかったから・・・申し訳ない」


俯きながら小さな声で謝った鬼が可哀想になった俺は

「そうか、じゃあ散歩じゃなくてデートだな」

「悪霊と鬼でどこかにパーッと出掛けてみようぜ!」

半ばやけくそになりながらそう言った。


「それじゃあ、オレとそなたで空でも飛んでみるか!?」

「一度、やってみたかったんでオレに付き合ってくれよ」

嬉しそうに言った鬼は俺の手をしっかり握ると星が煌めく夜空へと一気に舞い上がった!


「どうせ忘れてしまうんだろうけどいい思い出が出来たよ」

「会えたのがお前で良かった・・・ありがとう」

ポツリと呟いた俺に鬼は左腕で顔を拭った。


鬼の目にも涙・・・だったのだろうか?

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