第3話 「悪霊に起きてしまった不運」

「それじゃ、お前が女性の代わりに殺されるだけだろうが!?」

そう叫びながら女性を背に庇ってるあいつの前に飛び出した俺は包丁を持ち、襲い掛かる気狂いに対して

「この男は俺の獲物なんだから他の獲物を探すんだな!」

一応、念の為に忠告してみたが奴は聴く耳を持たなかった。


お前さえこの女性の前から逃げれば奴はこの女性を狙ってるだけなんだからスムーズに事は運ぶんだが・・・


そんなことを思いながら目を見ると、瞳には襲い掛かる奴から女性を守ろうと彼の眼は決死の殺意に満ちていた!

その瞳を見た俺の記憶はほんの一瞬だけ脳裏に甦った。


理由は何だったか思い出せないがお前を殺す前に何としても殺しとかなきゃいけない相手が俺には居たはずだ!?

その相手というのが薄ら笑いを浮かべながら包丁を振り回しこっちに近寄って来てる、あの狂人なのかも知れない?


俺の獲物を勝手に横取りしようとしてるだけでも十分に理由はあるが、殺す理由が重ねてあるとなれば遠慮は要らん!


凶器を頭上に振りかざし突き刺そうと身構えた奴に

「こいつに手を出すなと言ってるだろうがっ!」

そう言った俺は怨念の全てを右の拳に込めて胸板を貫いた。


見事なまでに吹き飛んだ奴は倒れた拍子に自分が持ってた包丁が自らの胸に突き刺さり、悶絶している・・・


「これだけ他人に迷惑を掛けといて楽に死ねると思うなよ」

ゆっくりと歩み寄った俺は虫の息となりつつあった奴の背中を踏みつけながらそう言ってやった。


奴の憐れな魂であろうか?

天を目指して昇ろうと弱々しく浮き上がるのを見た俺は嘲笑を浴びせながら

「お前の行き先はそっちじゃないだろうが!?」

「叶わない夢など描いてないでさっさと地獄に落ちろ!」


更に力を込めて思いっ切り踏みつけると奴の魂は力なく地に落ち、血で染まった歩道へと染み込むように消えた。


「あちゃ~、遅かったかぁ!?」

そんな声の聴こえた方を見ると小さな鬼が頭を抱え込むようにガックリと地面に座り込んでいた。


小さいと言っても1.5メートルは有るか、無いかぐらい?

だが、その姿は立派な鬼だった。


「お前は誰だ?」

「一体、どっから湧いて出て来たんだ?」

俺がそいつに尋ねると

「質問は一つを答えてから、次の質問をしてくれないか」

「まとめて訊かれると忘れてしまうんだよ」

「それでオレの好物は何かと尋ねたんだったかな?」


俺が尋ねた内容をこの鬼はもう忘れてしまっている・・・


「そうじゃなくて、お前は誰なんだ?」

今度はゆっくりした口調で俺は再度、質問した。


「おう、そういう聞き方だったらちゃんと答えられるぞ」

「オレは餓鬼で名前など無い!」

偉そうに答えたが名前も無いとは可哀想な鬼だ。


「ガキで名前も無いとは生まれたばかりってことなのか?」

そう思った俺が尋ねると

「バカ野郎、オレはお前に舐められるような歳では無い!」

「しかしながらオレを憐れんでくれるとはその不気味な見掛けと違って案外、いい奴なんだな?」


恐ろし気な鬼の言葉に

「お前に言われたくは無いぞ、俺は人間だ!」

俺が文句を言うと、鬼は俺の手を引きショーウィンドーの前に連れて来るとガラスを指差す。


そこには俺が話している鬼と腐った死体みたいな俺が仲良く手を繋ぎながら並んでいた。


「そなたは人間界で言えば悪霊という忌まわしい霊なのだ」

自分の有り得ない姿を目の当りにして呆然とする俺に言うと

「実はちょっとした手違いで少しだけ早く霊界に送ってしまった為にそなたはまだそこにちゃんと生きてるんだよ」

鬼が指差した方を見ると一緒に暮らしてた男の姿があった。


「あ、あいつは俺なのか?」

「俺は自分で自分を殺そうと考えながら愉しんでたのか!?」


呆れながら言った俺に

「悪霊の性で取り敢えず誰かを呪い殺そうとしたんだろうなぁ」

気楽な口調で応えた鬼に

「ちゃんと責任を取って戻してくれるんだろうな!?」

「それが出来なかったら次はお前を殺して喰っちまうぞ!」

怒り狂った俺がそう詰め寄ると

「オレはもう死んでるから殺せないが喰われるのは困るぞ!」

「大急ぎで戻す手続きをするからあと少しだけその姿のままで我慢しとけば徐々に姿が回復し元の身体に戻れるよ」

鬼は呑気にそう言って微笑んだ。


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