神に愛された者 3

烏天狗は妖怪でありながら神族である。

怪異でありながらにして、神に1番近い存在。

だから、『本当に人間を愛さないように』していた。

何故なら、神とはその意思一つで人間を生かすも殺すも自由だからだ。



Ⅲ.


湊都が対象者『神に愛された者』が日常的に使用していたであろうベッドの掛け布団を捲り、血痕と手紙を発見した頃。

烏天狗は空からの『神に愛された者』の捜索範囲を少しずつ拡げており、悠に対象者の家から半径1km程までに捜索をしていた。


「やはり見つからんな……。

ここは一旦那月らに報告がてらあの家に戻るか」


一旦停止し、『神に愛された者』の家へ踵を返そうとした。

──と、突然真下から嫌な気配がした。


──しまったな、何かいたか。


右手をスッと伸ばすと、錫杖が現れる。

グッと錫杖を握ると真下にいる気配を探し出そうと直下の住宅街を凝視。


──あの人間か!

──しかし、ちと様子が変よの。


そこには、虚ろな目で烏天狗を見つめる女がいた。

烏天狗は女の目の前にスッと降下し、人相を確認する。

地面に足を着け、しかとその顔を確認すると、やはりその女に見覚えがある──というより何度となく写真で見た顔である──。


「貴様、室戸 南樹か。

逃走したと言うても比較的近いところに留まっていたとは……にしても貴様に憑いているもの、最早そこらの神程度ではない」


そこで錫杖を斜めに構え、防御の姿勢を見せる。

様子が変だからといって、こちらから攻撃する訳にはいかない。

南樹は変わらず焦点が合ってないような目で烏天狗を見つめている。

目を細めた烏天狗は、彼女に憑いている神の正体を見定めようと念力、透視、あらゆる力を使い──。


「後ろにいるのは大陸における地獄の神か。

最悪よの……よりにもよって別の国の地獄とは、な!」


グァ、とどこか苦しげな叫び声を上げながら南樹に襲いかかられ──それを錫杖で受け止めると、憑いている神の圧倒的な存在感に、怪異である烏天狗だろうと吐き気に襲われた。


──地獄の神とは、斯様に禍々しいものだったか!?


違う国とはいえ、『神』であろう。

それがここまで歪み、堕ちた雰囲気であろうか。


「いや、イザナミも、これと似たようなものか……ッ!」


黄泉の主宰神、イザナミとは神無月のほんの一瞬だけ、まみえたことがある。

イザナミも、不気味で禍々しく、到底女神とは言い難い空気であった。

そうであったそうであった、と一人納得した烏天狗は力を込め、南樹を押し倒す。

南樹は足をばたつかせ、必死に抵抗する。

流石に住宅街で騒いでいたら、いくら姿を消しているとはいえども、誰かに聞き付けられかねない。


──さて、那月らへの報告かつ、こやつを一旦住宅街から引き離すとは──どうしたものか。


今いるところは人が来ないような山や森などがなく、都会のど真ん中である。

彼女が落ち着くのはまだしばらくかかりそうだ。

目立たないようなところに誘い込むとしても、上空からの目視では住宅街、商業施設が途切れるところはかなり遠い。

さりとて、このまま対象者の家に連れ帰るわけにもいかない。

グ、と錫杖に力を込める。


『お困りのようだな、烏天狗』


頭に直接響く声にハ、と烏天狗は上空を見ると──そこには。


「大天狗──!」


大天狗──黒い山伏の装束を身につけ、赤い天狗の面を付けた怪異が上空を飛んでいる。

その姿を認めると、烏天狗の眼光がこれでもかと鋭くなる。

烏天狗と大天狗、この二人の怪異は非常に仲が悪い。


『お前は俺を見るとすぐ喧嘩腰になる。

今はそのような状況ではないだろう。

その者に憑いているのは大陸の地獄の神だな。

毒は毒をもって制すと言う。

それに倣って地獄の神には地獄の神を宛てがうべきだろう。

お前は何の為に神族として産まれた』


大天狗のその言葉に、何故そのことに気付かなかったかと目を見開く。

そして身体を一気に引き起こし、『神に愛された者』を無理やり起こす。


「大天狗、ここより東におよそ3300尺!

そこに那月らがいる家がある!

お前も会ったことがあるので気配で分かるだろう!

わしがこの者を連れて西の西──高尾山にてイザナミを呼び出し、地獄の神の全容を引きずり出す!」


──そう、まだ『地獄の神のようだ』と判定したのみである。

神とは真の名を当てなければ、未だあやふやな影のままだ。


『承知、那月 湊都だな。

烏天狗、死なずにいろ──その神は想像以上に厄介そうだ。

後で某も高尾山へと臨場する』


東の方面へと飛翔する姿を確認し、烏天狗は『神に愛された者』に対して錫杖の先を向け──。

一時的に眠らせる術を掛けようとすると、彼女はガクンと膝をついて倒れた。


「ッ……この者の体力が尽きたか。

……良し、脈は安定しているようだな。

この者を運ぶ為の手間が省けた」


そっと彼女を抱き、高尾山へと飛び立った──。






その頃。

那月 湊都らがいる『神に愛された者』の家では、証拠品と思われる手紙を封筒から取り出していた。

その手紙を覗き込む湊都、浅木、桐子には内容を確認する前に、その特徴的な筆跡が真っ先に印象づいた。


「……この筆跡、やはりそうか。

那月、お前には分かるな?」


「課長、わかりきっていることを聞かなくても」


ふぅ、と湊都は頭を抱えてため息をつく。

湊都の左後ろで桐子が呆れたような顔をしていた。


「この『拝啓』と『様』という字、あまりにも──姉の筆跡と同じだ」



───────────────────

拝啓

室町 南樹 様


貴女は、ご両親の過去の罪をご存知かしら。

貴女のご両親は私が高校の時の国語と物理

の先生でした。

ご両親は良い先生でした。

美男美女といったご夫婦で、生徒からも

慕われていました。

でもね、南樹さん。

貴女のご両親は私の人生をめちゃくちゃに

したのよ。

私をいじめた人間を止めなかった。

私の言うことを信じなかった。

アイツらを真っ先に信用して私のことを嘘

つきと信じ込んだ。


だから貴女も他人の人生をめちゃくちゃに

しないように呪ってあげるね。


草々

那月 都

───────────────────



それはあまりにも、あまりにも自分勝手な言であった。


那月 都。

その名前は怪異屋協会内部の人間で知らない者はいない。

「私の人生をめちゃくちゃにした奴を呪ってやる」と言い、今までも怪異を同級生等に送り付けていた。


「課長、姉は恐らく室戸 南樹の両親への報復も含めて、室町 南樹に地獄の神を取り憑かせるよう仕向けたのでしょう。

自分の娘がああいう風になれば、親としては少なからず影響はあるはず」


確かにそうである、と浅木が頷いた瞬間、部屋の窓を叩く音がした。

その音に驚いた三人は一斉に顔を上げると、そこには──。


「「「大天狗……!」」」


飛翔する大天狗がいた。


『そのまま聞け。

烏天狗が、神に取り憑かれた者を抱え高尾山に向かった。

高尾山は烏天狗の領域。

そこでイザナミを喚ぶ予定だろう。

地獄の神には黄泉の主。

あの者に憑いている神はまだあやふやしていて全体像が分からん。

イザナミが言うことを聞くか分からんが、あの地獄の神を女から引っ張り出して、その真の名を暴くつもりであろう』


三人は顔を合わせて事態の急変に焦りを見せる。


『お前らは後からゆっくり来い。

わしが先に後を追う』


そう言って、大天狗は音速に近い速さで西へと向かっていった。






烏天狗の方も、大天狗より遥かに速い速度で高尾山へと到着した。


──やはりこの地獄の神とやら、相当にこの室戸 南樹に執着しているな。


ホームグラウンドとあってか、よりハッキリと影が見える。


──国が違えば神の考えも違うか?

──いや、そんなことはない。


天狗とは元々中国において凶事を知らせる流星。

日本の生まれではない。

しかしながら、中国で巡り会った神も、日本で出会った神も、全くもって同じことを述べた。


─烏天狗よ、お前は怪異にして神族である。

─神族として、神から教えることはただ一つ。

─神とは一個人を愛してはいけない。

─神は、人を愛しながら人を拒絶しなければならない。

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怪異屋にお任せを 碧羅 @hekiheki

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