神に愛された者 2

神に愛された者。

そう名乗る人間はいつ、どの時代でも現れる。

しかしその中に『本物』がいるのはごく限られた割合である。

神に愛されるということ、それは良いことのようだが、実際は「神が気に入った人間を手元に置こうとする」。

つまりは何らかの加護がない限り気に入られた瞬間、神の身許に置かれるということだ。


Ⅱ.


「さ、これから神とご対面だ。

気を付けて行くぞ」


浅木がそう気合いを入れた言葉を描けると、他の3人は軽く返事をしながら車を降りる。

家の中へと案内された際に『神に愛された者』の母親は桐子を不安そうにチラリと見たが、烏天狗には何の反応も示さない。


──烏天狗のこういう能力、便利だよねぇ。


湊都は烏天狗を見ながらそう思う。

烏天狗は、怪異屋以外の人間には烏のような顔の仮面が見えず、普通の人間に見えるという能力を所持している。


居間に案内されると、「しばらくお待ちください」と言われソファに座る。

『神に愛された者』は一軒家の2階、自室にいるという。


「──調査隊の資料を読む限り…………親戚や守り神のような存在が加護を与えているという感じですけどね。

実際ここの空気も神の気配があるというより、加護が強い印象です」


湊都が辺りを見回し、そう浅木に第一印象を述べる。

と、烏天狗が浅木より先に口を開く。


「そうじゃの、今はここに神、もしくは神の手先はおらん。

──おかしいとは思わんかね狐塚」


「ん……神は絶対愛した者から離れない……。

どうしても離れないといけないときは……手先を置いておく……。

お狐様もそう思う……?」


その瞬間、桐子の首がガクンと垂れた。

フー、フー、と呼吸が大きくなり、目付きが鋭くなる。

数秒の後、キッと正面を向いた桐子の顔はまるで狐のようであった。


──お狐様!


桐子以外の3人は顔を見合わせる。

怪異屋以外の視線がある場所で憑いてる狐が出るのはほぼないため、かなり驚いていた。


『ここに神はおらん。

それどころか神に愛された者もおらん。

その者は神に愛されたと嘘を付いており調査隊が何か別の怪異に化かされたか、どこかへ逃げただろう』


その言葉を言い終わった瞬間に、二つのことが起こった。

──桐子の首が再びガクンと垂れる。

──湊都が立ち上がり、2階へ繋がる階段へと走る。


「那月!」


烏天狗も叫びながら後を追い、2階へと向かう。


「そっちは任せた!」


浅木は念の為に桐子の横に付いておき、『神に愛された者』が自室の窓から逃げる可能性も考え、外を睨む。

と、凡そ30秒後、2階から階段をドタドタと大きく音を立てて降りる音が聞こえた。


「──課長、対象者『神に愛された者』、自室にいません!

現在、母親と烏天狗が2階を徹底的に探しています!」


──最悪だ。

『神に愛された者』でなくとも、何かしらの怪異が憑いてる可能性は十分にある、と浅木は直感した。


「那月は烏天狗と2階の捜索を代われ。

烏天狗は姿を消して空を飛べるだろう、空からの捜索をさせろ。

俺は本部に連絡をする」


了解!と湊都が再び2階へ上がると同時に、浅木は携帯電話を取り出し、怪異対策部長へと電話をする。


『はい、怪異対策部 白上』


「怪異屋共課長の浅木です。

File No.1369の現場にいます。

対象者『神に愛された者』が現場から逃走した模様」


『了解。

取り敢えず浅木課長の方から情報管理企画課に連絡して。

こっちは怪異調査課に調査隊を派遣するよう言っておきます』


2人の短いやり取りの最中に、烏天狗が飛び立つ音が聞こえた。

再び電話をしようとする浅木の隣に座る桐子はスッと立ち上がり、真上を見つめる。


「あそこ……何か見えない……?

…………ん、お狐様……案内してくれるの……」


「ちょ、狐塚、何処行く」


焦る浅木は桐子の腕を掴もうとするが、すり抜けて2階へと向かう。

その後ろを、電話をかけながら追いかける浅木。

2階に到着すると、丁度湊都と母親が階段を降りようとしたところだった。


「……那月、那月……。

『神に愛された者』の、部屋……何かある……。

お狐様も、何かあるって……言ってる……。

もしかしたら、何か見逃してるかも」


OK、と母親を残して湊都、桐子、浅木の順で『神に愛された者』の部屋へと入っていく。


「──『神に愛された者』の部屋、構造的に居間の真上だったね。

お狐様は何処だって?」


そこ、と桐子が指で示したのは白いベッド。

湊都が掛け布団を剥がすとそこには───僅かな血と共に、1通の手紙が置かれていた。



.

..

...

....

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情報管理部 情報管理企画課 業務掲示板

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File No.1369 『神に愛された者』

対象者:室戸 南樹

対象者年齢:16歳

性別:女性


具体的な異変:具体的な実害はないが、誰かに常に見られている感じがする。

霊感のある友人が「怖いの憑いてるね」と言われ神社や寺に行くも「うちでは扱えない。申し訳ないが20歳ぐらいになると『キミは後ろにいる神』に連れていかれる」と口を揃えて言う。

また、以前左手首を怪我した際、占い師に「それはあんたの後ろにいる神様が持ってるよ。今度は身体ごと持ってくと言っている」と言われた。


異変を感じた時期:2017年9月ー2017年11月

考えられる要因:友人数名と中国へ2泊3日の旅行に行った際、地獄と繋がっているという名所で、友人達から一切離れていないにも関わらずほんの数秒だけ姿が消えた旨を申し立てた。


【進捗報告】

2020年 4月xx日 怪異調査隊が調査開始

2020年 5月x日 怪異調査隊が調査終了

2020年 5月y日 怪異屋・共に引き継ぎ

2020年 5月yy日 対象者:室戸 南樹が逃走した旨の報告

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