いずれ至るその頂へ

@Alistes

第1章

-0-

それは、突然の出来事だった。

舞い散る水晶の欠片に、人々は驚きの声を挙げていた。

新月の夜に舞った水晶は、都市の明かりを反射してキラキラと輝いていた。

道を歩く人は空を見上げ、建物の中にいる人も窓を開けたり、子どもは我先に外へ飛び出したりとお祭り騒ぎだった。

不思議な事に、降ってきた水晶に当たっても痛みは無く、軽く触れる感触と共にカシャンッ、という儚い音を立てて砕けるだけだ。

空を見上げていた人が、首を疲れさせるほどの間降り続いた水晶は、最後の一欠けらが砕ける音と共に、幻であったかのように消え去った。

後に、「始まりの夜」と呼ばれるようになったこの出来事は、これからの人類に待ち受ける試練と比べ、あまりに静かで美しいものであった。






 古代、日本の九州辺要の地の守備にあてられた兵士の事を“防人”と呼んだ。このことから転じて、常に危険と隣合わせで地域社会の安全を守る職務に従事する人々を、比喩的に防人と呼ぶことがある。それは長い時を経ても変わらず、現代では“装者”と呼ばれていた。


現代、人類はかつてない試練に晒されていた。人類同士の大戦ではなく、環境変化による天変地異でもない。世界各地に突如現れた謎の黒い結晶生命体、その侵攻により生存圏を脅かされていた。“アビス”と名付けられたソレは、正八面体の黒い結晶体の中に紅いコアを持ち、コアから放たれる紅い光線により人類やその創造物を結晶化、崩壊させていった。人類もその英知の結晶である現代兵器で応戦したが、アビスへの効果は薄く、結晶体を砕き、コアを直接攻撃出来なければ破壊することが出来なかった。


加えて、直前に大気中へ発生したアビスを形作るものと同質の物質、“晶気しょうき”により国を隔てた長距離通信は寸断された。それは、宇宙空間に存在する衛星による通信も例外でなく、人類はその目と耳、声を大きく塞がれた状態となっていた。


アビス襲来から15年、人類は絶望的な状況であったにも関わらず、その生存圏を縮小させながらも維持していた。ヒトの最も大きな力である「知恵」により、敵のものであった晶気を自らの武器として━━━━






鳴り響く警報に私、皆城凛は待機室から直通となっている格納庫へと急いでいた。

通路から見える輸送ヘリは、既にエンジンがスタートしており、離陸可能な状態だ。

スクランブル隊員4名の乗り込みが完了すると、間を置かずに輸送ヘリが発進、離陸する。


「総員傾注、これよりブリーフィングを始める」


スクランブル隊の隊長、東条早苗少佐が輸送機内に設置された情報共有ホログラムを起動する。

アビス探知装置「オモイカネ」とデータリンクしているそれから映し出されたのは、新東京市とそれを囲う防御壁「天岩戸」、そこから離れて富士山と高さを競う様にそびえ立つアビス達の巣、通称ピラーだ。


「オモイカネよりアビス出現の報があった。数は20だが、幸いなことに高軌道型や重装甲型などの特殊型の報告はない。しかし、真っすぐ新東京市へ向かっている」


隊長の言葉に、スクランブル隊全員の顔が引き締まる。


「我々の任務はいつもと変わりはない。CADを使用しアビスを殲滅する。以上だ」


人類が手にした新たな力の一つ━結晶武装化デバイス、Crystal Armed Device━通称、CADが絶望的であった人類にアビスへの反抗を可能にし、現在まで生存圏を維持することを可能にした。


『キャリアーよりスクランブルリーダー、レーダーでアビスを確認。事前情報通り、数は20。あと3分で接敵します』


「スクランブルリーダーより操縦席、了解した。2分後に左右ハッチより出撃する」


『キャリアーよりスクランブルリーダー、2分後に左右ハッチより出撃、了解した。健闘を祈る』


隊長がホログラムを消し、立ち上がる。


「総員、聞いての通りだ。CADを起動し、出撃に備えろ」


「「「了解!」」」


腕輪型のCAD、日本対アビス防衛隊正式採用CAD「吹雪」へ晶力を流し込み、起動させる。晶力とは、大気中に晶気が満ちている環境に適応した人類が獲得した力だ。初めは少数であったが、今では全人類が程度の差はあるものの、この力を宿している。


流し込まれた晶力に反応してCADが翡翠色の光を放つ。その光は私の身を包み、周囲の晶気を集め、結晶化していく。結晶が全身を覆った次の瞬間、砕け散り白を基調とした装甲が姿を現した。


防衛隊正式採用CAD「吹雪」、前腕、下腿のみの装甲だが、出力の安定した中型2枚翼、様々なセンサーを搭載した多機能型ヘッドセット、そして一番の特徴は全体のバランスが良く様々な状況に対応可能な万能性だ。その万能性ゆえ、出撃までの時間がとても短いスクランブル部隊でとても重宝されている。


起動すると同時に、突撃砲2丁を両手に展開する。


「各機、状況報告」


「問題なし!」


翼を畳んだ状態とはいえ総勢4機の「吹雪」が並ぶと、最大で20人輸送可能な輸送ヘリといえでも、スペースに余裕がなくなる。


「スクランブルリーダーよりキャリアー、これより出撃します」


東条隊長の通信と共に、左右のハッチが開放される。

風が機内で暴れるが、CAD起動と共に球状に展開された晶力シールドがそれを防ぐ。

眼下には黒い水晶に侵食された大地が広がっていた。


「総員、出撃!スクランブルリーダーより操縦席、輸送ありがとうございました」


『キャリアーよりスクランブルリーダー、武運を祈る』


合図と共に輸送ヘリを飛び出し、私を先頭にした菱形の陣形を取る。

オーソドックスな陣形であり、前方に攻撃を集中させるため突入時によく使用されている。前衛である私は、先頭に位置し、真っ先にアビスへ斬り込み、かき乱すことが役目だ。


ヘッドセットから展開されたホログラムゴーグルに、様々な情報が映し出されている。

吹雪各機に搭載されたレーダーが検知したアビスの情報や作戦内容などが、部隊情報共有システムによってホログラムゴーグルへ共有される。

それを見るまでもなく、紅いコアと黒い正八面の結晶体が目視でも確認出来た。


「アビス共は事前情報の通り、ノーマルが全部で20体だ。数は少ないが気を引き締めてかかるぞ!戦闘開始オープンコンバット!」


隊長の号令に、私はブーストをかけてアビスへ吶喊する。

アビスもこちらに気付いたのかコアを紅く輝かせて光線を放ってきた。

晶力シールドがあるため、直撃しても結晶化することはないが、当たる毎に晶力を消費してシールドが減衰するため、当たらないに越したことはない。

右へ左へと光線を避けながらアビスとの距離を縮めていく。

スクランブル隊に配属されるのは、装者━CADを纏って戦う隊員━の中でも精鋭達だ。これくらいの芸当は誰でも簡単に出来る。


「砕け散れれれぇぇぇッ!」


叫びながらトリガーを引く。

両手の突撃砲から晶力を纏った弾丸が吐き出され、アビスに殺到した。

通常兵器と違い、CADで展開された武装は弾丸の一発に至るまで全て、自身の晶力で生成されており、アビスへ効果的に攻撃できるようになっている。加えて言うならば、リロードの必要もなく、自分の晶力が枯渇するまで撃ち続けることが出来る。


身体であると同時に装甲でもある黒い結晶を、放たれた弾丸達が削り取っていく。

命の危機を感じたのか、アビスも狂ったように光線を放ってくるが、回避されるかシールドに阻まれるため、私たちに被害はない。


アビスを目の前に捉えた私は、突撃砲の代わりに刀を展開し、一閃。

黒結晶をものともせず、刃がコアを両断する。

中衛からの火力支援や、後衛からの狙撃支援もあり、カシャンカシャンと音を立てながらアビスはその装甲を剥がされ、次々とコアを撃ち抜かれていく。


「これで、最後!」


何体目かになるアビスのコアを両断し、周囲を確認する。

ゴーグルにもアビスを示す赤点は表示されておらず、今回の目標がすべて撃破されていることを示していた。


「総員、被害報告」


「ありません!」


戦闘終了と間髪入れずに飛んでくる隊長の声。

私以外の2人にも被害はなく、完勝と言える戦果だ。


「よし!スクランブルリーダーよりマザー、アビスの殲滅を確認。これより帰投する」


『こちらでも確認しました、任務ご苦労様です。キャリアーを向かわせます』


「スクランブルリーダー、了解」


近くで待機していたのか、微かに見え始めた輸送機を視界の端に捉えながら、先ほどまで戦闘をしていた場所を見る。

ちょうど戦闘の残滓である最後の黒い結晶が、晶気となって空気に溶けていくところだった。そうなると、アビスがいた痕跡はどこにもなく、ともすれば幻であったかのように思えるひと時を、僅かに上がった自らの息と、遥か先に見える黒い円柱、アビスの巣である「ピラー」が現実であると認識させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る