第30話 獅子か、子羊か 中編
白日の照らす平原で、人々の怒号と悲鳴が輻輳し、血と汗が混じり合う。
戦であった。攻め手は揃いの甲冑を身に着け、揃いの片手剣と槍を武器に、広い平野に張られた円形の敵陣に切り込みをかけている。その姿形は、フランク様式ともアングル様式とも、スコット様式とも言えぬ。やや曲線的な三角形の兜を被り、左手には円い楯を構え、その鎧は、鱗型の鉄片を幾重にも重ねたものだ。
古い時代には
守り手たちはどうか。彼らの円陣は、敵前面に櫓の着いた荷馬車を配し、容易に敵を侵入させまいとしている。円陣の間は土嚢と柵で強固に固められ、その上から弓箭兵が、良く
当然、彼らは馬に乗る。騎乗して獲物を狩り、時には近隣部族と騎馬戦を交えるのが通常である。その持ち味を殺してなお、彼らペチュネグはこの地に円陣を張り、東ローマ軍をくぎ付けにして、その勢いを殺そうとしていた。
横に広く配置された荷馬車は、常日頃は彼らの財産を運ぶ手段であろうが、今や何重にも防備を施された有人の要塞と化し、軽装のペチュネグ兵を良く守り、東ローマ軍歩兵の前進速度を減殺している。東ローマ軍は何とかしてこの囲いを食い破り、この地に屯するペチュネグ人を追い払う必要があった。ペチュネグの劫掠に被害を受けた東ローマ帝国民の被害は、その首長、
円陣を突き崩そうと歩兵たちは何度も突撃を繰り返す。その士気の高さの淵源は、彼らの側で自ら剣を抜いて馬上より吶喊を鼓舞する、ひと際豪奢な鎧姿の人物の姿にあった。浅黒い肌に広い額。決意に満ちた光を宿す光は、
東方の言葉で言えば「堅忍不抜にして人徳の人」であろうこの皇帝は、戦の際、陣頭に立つことを厭わなかった。何となれば、コムネノス朝の開祖である先帝アレクシオス一世もまた、もとは軍人として栄達した人間である。高貴なるものの義務を果たしてこそ、彼らは皇帝でありうるのだ、という自恃があったのであろう。
だが、ペチュネグにとっては、その高貴なる義務は「付け入る隙」であった。ペチュネグの首長クリュは、ここぞとばかりに自慢の弓騎兵を編成し、円陣を攻める東ローマ軍の後背から、矢戦を仕掛けてきたのである。
「ローマ皇帝が領土欲しさに食いついているぞ。今のうちに奴を討ち取ってしまえ!」
軽快なペチュネグ騎兵団は、円陣を攻める東ローマ軍の前進した歩兵と本陣の間とを左右から食い破る形で駆け、夥しい数の矢を敵に放った。東ローマ軍は円陣の方に向いていたので、背後から虚を衝かれた形になった。
「楯持ち、後ろに構えよ!」
イオアンネス二世の側に控える東ローマ軍
「後退、後退せよ」
息も絶え絶えに、互いに肩を貸しながら、皇帝と将軍は声を張り上げた。射貫かれて動かぬ者を除き、東ローマ軍歩兵は雪崩をうって本陣まで後退を始めた…。
1136年より遡ること10年余、1122年。カムルの地より遠く東方へ幾千里と離れた、大河
ペチュネグにも理由があった。彼らはもともとキエフ周辺の草原地帯で、かつてその地にいたマジャール族らを追い払い、遊牧生活を営んでいた。しかし、キエフ一帯にルーシ人の国家が成立し、その勢力に押し出される形で追放されてしまったために、新天地を求めざるを得なかったのである。
折しも、東ローマ―同時代人は単にローマニアと呼ぶが―の皇帝は家系が代替わりし、現今の長は小アジア征服に向けて遠征の途にある。ペチュネグの長クリュは決断した。
「昔話のアッティラよろしく、ローマニアを荒らしてやれ。うまくやれば国を作れるかもしれぬて」
もう数百年以上の昔になるが、確かに、永遠の都ローマにはフン人の侵入があり、一時は国家が滅亡するのではないかと危惧される状態にまで略奪を受けたのであった。アッティラはローマ領内での破壊と強奪の途上で頓死し、彼ら一族の爆発的な伸長も頓挫したが、その伝説は未だに遊牧民族たちの中では「成功譚」として語り継がれていた。
一方、この時代の「ローマニア」の指導者は、アッティラの時代のローマ人よりも遥かに勤勉で至誠の人であり、また、自らの義務から逃げようとはしなかった。イオアンネス二世は遠征途上の小アジアで急報を聞き、駐留軍を残し、大返しのような形でバルカンに進路を取ったのである。
「先帝アレクシオスが崩壊寸前のところから立て直した我らがローマニアの土を蛮族の欲しいままにさせてはならぬ。能う限りの力で奴らペチェネグの呑狼どもを排除し、ドナウ一帯を回復するのだ」
かくして、迅雷の如くバルカン半島からベロエに抜けたイオアンネスは、アクスーク将軍補佐のもと、何とか万を超える軍勢を整え、戦場たる当地に至ったのである。ベロエでは、これあるを期していたペチュネグ軍が、何重にも荷馬車と土塁を構えた、半ば城砦と化した円形陣地を構築し、長期戦の構えで東ローマ軍に対峙した。
「奪った食料、財貨はまだ残っている。ここでローマニア軍を釘付けにし、他の反帝国勢力と連携すれば、勝ち目はあろう」
ペチュネグ族長は強気であった。ローマニア軍は確かに強いが、しばしば皇帝に軍閥が背いたり、広大な領土のそこかしこに不穏分子を抱えるという、大国ならではの持病を持つ。いかに今上皇帝が有能かつ誠実であったとて、その能力には限りがあるだろう。
勿論、イオアンネス二世自身もまた、その弱さには自覚があった。故に彼は短期決戦を企図していた。
「ペチュネグを贈答で油断させ、その隙に一撃で撃砕できぬものか」
そう考え、戦端を開ける距離に達するや、相当の金品を送り、ペチュネグに有利そうな条約を結ぶ用意があることを約したと伝えられる。勿論、これは空の約束で、彼らが動揺することを狙ってのことであった。ところが、クリュはこの狙いを見抜いた。
「騙されるな、奴らが我らと誼を結んだとて何も奴らにとっての利はない。奴らにとっての利はこの地から我らを追い出し、統治者としての威光を示すことにある」
故に騙されたふりをしておけ、そのうち奴らは攻めてくるから、即座に逆撃を与えればよい。クリュの僚友への説得は、果たして現実となった。東ローマ軍はペチュネグが動揺しているとみて一気呵成に攻め込んできたのである…。
帷幕に戻ったイオアンネス二世は、同年配のアクスークと共に矢傷の治療を侍医から受けつつ、短く嘆息した。
「余としたことが功を焦って無駄に兵を失った。誠に無念だ」
もともと痩せ型であるイオアンネス二世の頬は、生来こけていたと同時代の女性アンナ・コムネナは記すが、この時の彼はまさしく病に侵されたようにげっそりとした頬で、疲労の色が濃い。僚友アクスーク将軍に愚痴らざるを得なかった。
「あそこまで堅固な陣地だとは思わなんだ。並みの兵士ではあの囲いを破ることはできぬ。破ろうとして土塁の上でまごついている間に、荷馬車に火をつけようと松明を投げようとするたびに、飛び道具が飛んできてしまう」
「ペチュネグは私の先祖と同じテュルクの一派でございますゆえ、目が良いのです。」
アクスークは苦々し気に人差し指と中指で自分の両目を指してみる。彼はもともとテュルク人であったが、幼い頃東ローマの虜囚となった後、先帝の養育を受け、イオアンネス二世と兄弟同然に育てられたのであった。
「どういたします、一度近くのローマ都市に引いて、体勢を立て直しましょうか」
アクスークの問いに、イオアンネス二世は否、と答える。
「
さらに言えば、敵の円陣は外壁こそ強固であるが、遊牧民である所以か、城と言う態を為すものではなく、一度破ってしまえば破壊することが可能であろう。寝床さえ失えば、狼は宿無しになって再び飢え、彷徨うしかない。
「あまり賢いとは言えぬが、力押しで破ればそこまで難しくはない。すぐに陣形を再編して再度突撃を図る」
矢傷の治療が一通り終わったのを見て、イオアンネスは意を決したかのように、片足をひきずりつつ立ち上がった。
「ヴァラング隊を今すぐここに集めよ!」
皇帝の命を聞き、アクスークはにやり、と笑みを浮かべた。彼らの手には、まだ切り札が残されていたのである。
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