第14話 キドウェリー哀歌 後編

 カムルの人々はもとより山がちな地域の出身であり、その精強さは既に後の歴史家ジェラールの文が触れたところであるが、馬に乗れる者はそれほど多くはない。馬を育てるよりは、家畜を養って財産にする方が彼らの利益に資するからである。育てたとしても、フランクの軍馬の如く、精強で頑健な体躯を持った馬などではなく、良くて鋤を引く荷駄用の痩せ馬がよいところである。

 しかし、グウェンシアンと二人の息子が駆る馬は、明らかにカムルの民の馬とは違った。グウィネド王グリュフドが進めた先進的なフランク騎馬の育成模倣をグウェンシアンは覚えており、マウルの牧場で家族用の軍馬を育てたのである。鐙の使い方にも慣れていて、その様は徒歩かちの者ばかりのカムル軍の中でひと際異彩を放っていた。二人の息子が抱える旌旗が風をはらんで棚引くと、空の青に紅の帯が広がり、その中心にあしらわれた神獣たる獅子が、威嚇の雄叫びを上げるかのようである。

 グウェンシアンの眼差しは勁く硬く、キドウェリー城に向けられている。城まではあと数羅馬里マイルを切っているであろう。日は天中に昇り、そこから降りる白光が、彼女の王冠に反映して、付き従う兵士らの胸を時めかせた。まさしく、その美しさと勇ましさは、人の心を打たずにはおかないものであった。異教のケルト神話を知る者があれば、その者に彼女は女神「崇拝を集める者ブリギット」の再来ではないか、と思わせるほどであったろう。

 キドウェリー城のフランク軍兵士は既に城から出て、カムルの兵の前に陣を広げている。彼我の距離が詰まる。グウェンシアンは息子を連れて早足で馬を先行させた。向こうの陣営からも、ひと際豪奢な鎖帷子と兜を被った者が、フランク軍馬に乗って先行してくる。両陣営の中間で、両者が対峙した。

「デハイバースの王妃、グウィネドの子、グウェンシアン・フェルク・グリュフドである。王グリュフドの名代としてここに参った」

 華麗なフランク語でグウェンシアンは名乗りを挙げた。フェルクと言うのは、女性が父称を示すときに使う言葉である。太く響きの良いその声に、相対した側は一瞬目を丸くしたが、胸を反らして馬首を巡らせながら答えた。

「キドウェリーとオグモアの城主、モーリス・ドゥ・ロンドルである。グウェンシアン陛下にはご機嫌麗しく、このような物騒な場にお越しいただき光栄の極み」

慇懃無礼の生きる見本の如く、モーリスは鷹揚に騙りかける。しかし、グウェンシアンの苛烈な眼光は和らぎはしない。

「戯言はよい。そちの無礼と狼藉は既に聞いておる。王の名代として今日は交渉を申し出に参った」

 交渉と言う言葉にモーリスは苦笑した。

「これはこれは…某は国王陛下にお越しいただこうと布告をしたためたのであったが、どうやら筆力拙く、ワリアの人々には伝わらなかったと見える。国王陛下はいずこにおわすか?」

「王は今火急の用にてこの場に来ることは叶わぬ。故に名代として王と同格のわらわがここに参ったのじゃ。相手としては不足が無かろう」

 ふむ、モーリスはひとり得心する。やはりあの密告は誠であったか。王子だけが来るかと思ったが、交渉に格が添わぬと見たか、やはり王妃直々に戦に乗り出してくるとは。グリュフド不在の事実はますます裏付けの強さを増してくる。気を取り直すためにあらぬ方を一度見やると、モーリスは改めて口を開いた。

「まあ、よかろう。フランクではこのように女性にょしょうが先陣を切るなどなかなかにないことだが、余興にはちょうど良い。交渉と申したが、どのような取引を望んでいらっしゃるのか、教えてくださるかな」

「村から拐かした娘たちを全て帰してほしい」

 ほほう、とモーリスは冷笑を浮かべる。

「大逆の頭目グリュフド王自身がこちらに赴くでもなく、我らがその代わりにと連行した人質を返せと仰るのか。これはなかなかに業突張りなことを申される」

「無礼なことを申すな!」

 グウェンシアンの一喝が青空を貫いた。数百の両陣営の兵士に、その雌獅子のごとき雄叫びは、一つの音楽のように響き渡った。さすがのモーリスも、一瞬たじろぐ。

「父祖より受け継ぎしカムルの地を蹂躙し、力づくで民を支配し、その文化を損なおうとしているのはそちらフランク、ノルマンディーの蛮族の業である。その業を棚に上げて我らの小さな望みを業突張りと称すのであれば、クリストの裁きが汝を貶めるであろう。恥を知るがいい」

 全くの正論であった。モーリスが返す言葉に迷っていると、グウェンシアンの烈日を反射した瞳が、真っ直ぐに彼を睨みつけ、更に気後れをさせる。

「村の娘どもに何の罪がある!彼女たちはつましく村での仕事に従事し、習わしに従って子を育み、愛する子らと共に更に家族を為すべく生きておる。たとえ国王グリュフドがアングル王の財貨を奪った咎人だとしても、彼女たちにその累が及ぶとは飛躍も甚だしい。国王を呼びつけたくば、その様な卑怯な手を使わず、堂々と正道を用いて、真正面から、マウルにそなたたちが訪のうべきであろう。そちらの王、アンリ一世とは少なくともそのような手順を踏むものではなかったか」

 モーリスは怯んだ。怯懦とは程遠い戦働きの男が、たった一人の女性の論陣に反論できないでいる。グウェンシアンのこれまでの人生を、彼は見くびっていた。グウィネドの賢王グリュフドのもとで育ち、文武に秀でた彼女は、今までのフランク人の業績を悉く学んでいた。アンリ一世が彼女の父と手段や経緯には問題を残してとはいえ、正当な手段と儀式に則って主従関係を結んでいたことを彼女は知っていたし、その手続きは司教などの聖界の権威を同席させ、公式な記録にも残せるものであったことも理解している。今のモーリスの手段にはこのような正当性が欠けている、と彼女はアンリ一世の事績を引用して糾弾しているのである。まして主の裁きまでを引き合いに出されては、モーリスも中々に後ろ暗いことしか思いつかず、言葉を失ってしまう。

 通訳のために一応は二人の側に同席したジャンもまた、グウェンシアンの聡明さに強く感銘を受けている。感銘と言うよりは、魅了に近い。聖書の教えでは、女性とは男性を唆して罪へと誘う者で、扱いが低いのが通常である。彼の前に立つこのデハイバースの王妃は違う。正反対である。知性に優れ、神の法を知り、勇敢に強大な敵に立ち向かう。男性の無知と愚劣さを糾弾し、その原罪を指摘する。余人の為せる業ではない。ひょっとすると、アングルの貴顕の人々ですら、彼女にはなかなか敵わぬのではないか。

「さあ、憐れな村娘たちを解放せよ。その後我ら数百名は堂々と彼女たちの名誉と命を守るため、おぬしらの刃を受けてやる。これ以上恥と罪を広げる前に、汝の為すべきことを為すがよい!」

 モーリスは歯軋りをしながら、城に向かって手を振った。しばらくして、一台の馬車が城の門を出て、こちらに向かってくる。その上には、捕らわれた村娘たちの姿があった。二人が対峙する場所に馬車が到着すると、「好きにしろ」とモーリスは言い放つ。娘たちが怯えながら彼女たちの女王に視線を投げかけた。

「怖かったであろう。我らの為に惨い仕打ちを受けさせてすまなかったな。村に戻り、両親に顔を見せてやると良い」

 カムルの言葉で優しく語ると、グウェンシアンは馬を降りた。愛馬を馬車の並びにつなげる。二人の息子もそれに従った。

「御者にお願いする。娘たちが道を知っておろう。村にこの馬ともども参りし後は、その村に預けて村の財産にするように村の長へグウェンシアンが命じたと伝えて給れ。我らのために血を流してくれた彼らへの、せめてもの償いじゃ」

 今度はフランク語で言われ、御者はその気品と有無を言わさぬ重みに「へ、へえウ、ウイ」と頷くしかなかった。上等な軍馬は、馬車を引く馬の一員となって、嘶きを挙げる。その様子を見ていたカムルの兵士たちが、武器を挙げてグウェンシアンの名を叫んだ。叫びは連呼となり、規則正しい喚声ときのこえへと増幅していく。グウェンシアンが馬を降りた、我らと共に徒歩で戦うのだ、と。娘たちはグウェンシアンの恩情にただ涙するばかりであった。御者は異様な雰囲気に心底驚きながら、巻き添えになってはならぬとばかりに馬車を走らせた。

「よろしい。我が望みは果たされた。交渉に応じてくれたこと、礼を言おう」

 改めてモーリスに向き直るグウェンシアンであったが、当のモーリスは先ほどの剽げた様子はどこへやら、真剣にグウェンシアンに敵意をむき出しにした。彼の人生でここまで論駁される―しかも女性に強かに議論でねじ伏せられることは、今までにないことであり、最大級の恥辱であった。

「ワリアの雌犬め、村娘の命を救ったことぐらいで調子に乗らぬことだ。軍馬まで捨てて、今のお主は大軍に囲まれておる。どのようにして助かる術などあろうか。愚かなことよ」

 負惜しみたっぷりにモーリスはグウェンシアンを侮蔑する。だが、民を救いデハイバース王家の汚辱を免れるという目標を果たした彼女には、その罵倒も最早そよ風のような勢いしか持たなかった。むしろ微笑を顔に刻んで、彼女は敵手に言葉を返したのである。

「雌犬と呼ぶならそれで結構。彼女たちの産み育てた子らがやがて長じ、その孫らが更に長じて、お主らの非道を世に伝えていくであろう。古の女王ブーディカの頃より、我らはそうして物語を紡いできた。その物語の一部に加わるのであれば、我らの死も無駄にはならぬ。死を超えた不滅が、主のご加護と共に続くであろう」

 それはグウェンシアンの遺言であるかのように、ジャンには思われた。彼の頬に、何故かはわからぬが、涙が伝った。ふん、と鼻を鳴らし、ギヨムは馬首を翻して自陣へと戻っていく。グウェンシアンはその姿を見守っていたが、ジャンが俄かにその場に拝跪するのを見て、訝しげに眉を潜めた。

「私をお許しください、女王陛下。私はかつてカムルの宮廷詩人に名を連ねた者の息子で、イオアンと申します。本来ならばカムルの臣として女王に助力せねばならぬところ、幼き頃に父母を失い、因果の果て、フランクの僧職に就かざるを得ませんでした。敵手に仕え非道に手を貸したことをお許しください」

 涙まじりの声でカムル語をまくし立て、ジャンは草地に這いつくばった。

 ジャンはカムルの宮廷詩人の息子であった。幼少期に両親を戦火に巻き込まれて失うと、這う這うの体で修道院に転がり込み、庇護を受けながらその文才を認められ、写本生として成功したのである。彼がギヨムに生い立ちを尋ねられて硬直したのは、カムルの血を引いたことを知られ、謂れのない差別を受けることを案じてのことであった。

 ここで話すべきことではなかったかもしれぬ。しかし、余りにも気高くフランクに抗して一歩も引かぬグウェンシアンの姿に、彼の中の鬱積した感情は堰を切って溢れてしまい、滂沱がそれに続いてしまった。この女王の前で自らを偽ることが卑怯に思われ、彼は告白するしかなかったのである。

 ジャンの懺悔を黙って聞いていたグウェンシアンであったが、側に近寄ると、何も言わずその両手を握り締めた。

「辛い人生であったな、イオアンとやら。そなたを誰も責めはせぬ。責めるのであれば無力な我らデハイバースの王家を責めると良い。そなたには何も罪はない」

 慈母のごとき免責の言葉に、ジャンはただ嗚咽を繰り返すばかりである。大の男の暴涙に、子供をあやすように、グウェンシアンは語り続ける。

「もし能うのであれば、我らの戦いを後世に伝えておくれ。そうすることで、我らの魂は永遠のものとなり、そちとカムルの民の心を安らげる拠り所となるであろうから」

 ジャンは涙と鼻水に顔を濡らしながら頷いた。グウェンシアンは立ち上がり、敵陣を見つめる。

「さあ、もう行くがよい。行ってお主の務めを果たせ。戦が始まる。このような場所で命を落とさず、必ず生き延びるのじゃ」

 遠くで角笛が聞こえた。グウェンシアンは自陣のある方へ振り返ると、それ以降ジャンの方を振り返ることはなかった。


 日がやや西に傾きかけたころ、両軍は衝突を開始した。

 フランク側の騎兵は100を超え、傭兵を含めた歩兵楯持ちはその三倍を超える。グウェンシアン側の士気は高いが、その半分にも満たぬ。

「算段を誤ったか。衆寡敵せず、とはこのことじゃな」

 グウェンシアンは長剣を抜き放ち、デハイバースの紋章楯を構えながら敵兵を切り捨てていく。二人の勇猛な息子がその脇を固め、騎士が近寄れば槍でそれを刺し、母に近寄らせまいとする。その武芸の巧みさに、フランク側は舌を巻いた。

「小癪な雌犬め」

 モーリスは忌々し気に呟くと、本陣の護衛に立ちながら、冷めた目線で眼前の死闘を追うラヌルフに声をかけた。

「褒美は弾む、あの女王たちを討ち取ってくれ」

「殺すぞ。いいのか」

 ラヌルフの返答は短く鋭い。グウェンシアンらの腕前を見るところ、容易に生かしたまま捉えることはできぬと、彼は判断したのである。モーリスは頭を振った。

「構わぬ。生きて捕らえたとしてもあの雌犬を飼いならすことはできそうにもない」

 それは敗北の宣言であった。モーリスは後々の交渉の道具としてグウェンシアンを活用することをあきらめたのである。身代金に領土割譲など、彼女を生かしておけば様々な選択肢が彼に与えられるであろうが、それよりも精神的な負担が彼の気持ちを酸化させていた。グウェンシアンを手なづけられるとすれば、夫のグリュフドという大胆不敵な男以外にないであろう。

 ラヌルフは黙してモーリスの側を辞すると、愛馬に跨って槍を構えた。彼の扱う槍は常人のものよりも太く、穂先が大きい。彼の膂力でなければ扱えぬ代物である。掛け声を上げると、手綱を捌いて駆け出した。

 カムル人は良く戦っていた。武装は貧弱なのにも関わらず戦意でフランク軍を圧し、中には倒したフランク人の武装を奪い、更にフランク兵に立ち向かう者もいる。カムル兵1人でフランク兵3人分の働きを為しているように、フランク人たちには思われた。そのフランク人の中を、ラヌルフは一直線にかけ、デハイバースの旌旗の翻るところめがけて突進する。

 モルガンがそれに反応した。構えていた槍を握り締め、ラヌルフに穂先を定める。ラヌルフは槍の狙いを定めると、モルガンの側を駆け抜ける際に横へ凪いだ。モルガンの槍はそれを受け止めたが、異音を発して折れてしまう。槍を投げ捨て剣を構えたところへ、馬上から容赦のない槍のもう一振りがモルガンに打ち付けられた。鈍い音がして、モルガンの右腕ごと剣が吹き飛んだ。半ばから折れた右腕に苦悶の表情を浮かべたモルガンに、ラヌルフは槍を突き出す。必死にモルガンは楯を構えたが、そこに彩られた獅子の目を貫く形で槍はモルガンの胸を背中へと突き抜けた。肺腑からこみ上げる血を吐き出し、デハイバースの若き王子はその場に崩れ落ちた。

「モルガン!」

 叫んだグウェンシアンに向き直ると、ラヌルフは腰に下げていた槌鉾メイスを取り出し、彼女に殴りかかる。次男のマールグゥインが咄嗟に母の前に身を投げ出した。不気味な音が響き、マールグゥインは体ごと数歩の距離を吹き飛ばされた。転がり込んで蹲る。鎧を超えて肋骨に損傷をきたしたようであった。

 グウェンシアンは無言で剣を構え直した。鉄の暴風のごとき男を前に、逃れる道はないと悟ったのである。楯を構え、剣を握り直す。

 ラヌルフの殴打は痛烈を極めた。グウェンシアンは楯を斜めに構えてそれを滑らせようとしたが、槌鉾の打撃は滑ることなく重い振動となって彼女の左腕の力を奪った。二撃目で楯が弾き返され、グウェンシアンの懐ががら空きになりかける。しかしグウェンシアンはそのまま身をひるがえすと、女豹のような俊敏さで一回転し、楯ごとラヌルフに突進した。意表をつかれてラヌルフは両手を使いその突進から身を防ぐ。鈍い音がして、彼の手から槌鉾が零れ落ちた。グウェンシアンは剣の切っ先をラヌルフの眉間に定めて突き出す。ラヌルフは素早く懐の短剣を抜き放つと、その切っ先をはじき返して、グウエンシアンの右手を突き刺した。手ごたえは薄かったが、グウェンシアンの二の腕に出血が走り、その手から剣が落ちる。

 止めの一撃、そう思って突き出そうとした短剣に、どこからともなく鋭い音がして、矢が命中した。余りにも強い弓勢だったので、ラヌルフはまたも武器を失ってしまった。

「勝負あったな」

 計ったかのように、モーリスがその場に数名の騎士と共に馬を寄せてきた。グウェンシアンがもう武器を扱えぬと知り、勝ちは揺ぎ無いとして、引導を渡そうと考えたのである。右手から血を流しながら、グウェンシアンは荒れた息遣いでモーリスを睨み返した。ラヌルフがその手を後ろでねじ上げ、女王は苦痛に美しい顔を歪めた。

「お主のような口達者な奴を生かしておいては、何かと今後俺の人生に支障が出よう。悪いがここで死んでもらう」

 騎士の一人が歩み出た。手には長大な戦斧が握られている。その刃に照り返す日の光を見ながら、グウェンシアンは項垂れた。

「あなた、お許しください」

 それが彼女の最後の言葉になった。ラヌルフに俯せに押し倒された彼女の白く美しい首に、重厚な戦斧が振り下ろされた。

 鈍い音の後に、鮮血が続いた。薄れいく意識の中で、夫と子供たちが彼女を呼ぶ声が聞こえたように、グウェンシアンには感じられた。


「雀、手を出すなと言ったはずだ」

 鷲が雀の胸蔵を掴んで怒鳴る。彼らしくもない怒声であった。

 獅子隊の面々は城から少し離れた茂みに生えた大樹の上からキドウェリーの戦いの様子を見守っていた。グウェンシアンの死と共に、カムルの兵は散り散りに逃げていく。それはグウェンシアンの命令でもあった。彼女が命を落としたのならば、その場に留まらず逃げ、後日の復讐に備えよ、と言うものである。

 グウェンシアンの激闘は胸を打つものではあったが、獅子隊の面々がそれを助けることは禁じられていた、もし獅子隊の痕跡などが残れば、オワイン王子が描いた策謀の一端が露見するかも知れず、そうなればグウェンシアン―実の妹を謀略によって陥れたとの誹謗が彼を襲うであろう。そうなれば、任務は成功とは言い難い。あくまでも謀略を成功させることが、彼らの使命であった。

 だが、グウェンシアンの手から剣が落ちたとき、鳶の次に目のいい彼女は、グウェンシアンに襲い掛かる男の顔を遠目で確認し、自らの内に炸裂する何かを覚えたのであった。咄嗟に弓矢を構え、その男の腕を弾き飛ばす一閃を投じたのは、彼女であった。

「済まない。私の村を襲った奴があの男だった」

 短く雀は答える。その答えに、鷲の力が緩んだ。胸倉を放され、雀は枝に座り込む。

「…任務は任務だ。私情を挟むな、と言ったはずだ」

 鷲の声は弱いが、有無を言わせぬ強さを携えていて、雀は項垂れるしかなかった。ただ、雀の記憶が確かであれば、グウェンシアンに打ち勝ったあの男はまさしく彼女の頬に槍の一撃を加えた男であった。あの時より幾らか老けてはいるが、残忍なあの瞳と鉛色の頭髪には、確かに見覚えがあった。

「王妃様、死んじまったなあ」

 鳶が残念そうに肩を落とす。饒舌な鴉もさすがに口の滑りが悪そうである。遠目に見てもグウェンシアンの立ち居振る舞いは立派なもので、神話的な輝きを放つように彼らを魅了していた。

「任務は終わった。これ以上俺たちの痕跡を残してはいけない。もうすぐ日が暮れる。夜陰に乗じてグウィネドに出発するぞ」

 冷静さを取り戻して、鷲は仲間に命令した。一同は無言でそれを首肯した。雀は微かに震える両肩を両手で自ら抱きながら、じっと戦場ではない方向に目を伏せ、俯いていた。


 キドウェリーの城に日が暮れた。グウェンシアン、モルガン、マールグゥインらの首級は蜜蝋漬けにされ、キドウェリーの城門の前に晒されたという。グウェンシアンの主眼である捕囚の解放とデハイバースの正当性の主張は通ったが、その代償は余りにも大きく、カムルの民を悲嘆にくれさせるものとなった。

 グウェンシアンの馘首された場所には泉が湧き出たので、そこをグウェンシアンの泉と呼び、人々は彼女を偲んだという逸話がある。また、彼女の伝説は、後にウェールズという呼び名でカンブリアが呼称される際、その民衆が立ち上がる際に、「グウェンシアンの仇」と言う合言葉を生み、彼女は死してなお後世の人々を勇気づけることになるが、それは今よりずっと後の時代の話となる。

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