第4話「ネオ新選組②/剣ドラゴンの謎」

〈前回までのあらすじ〉

 ネオ新選組から勧誘を受けた夏海と岡下くんはネオ屯所にやって来た。そしてそこでネオ局長のアーサー・剣ドラゴンと対面した。



 静まり返るネオ屯所。畳の目を数えたくなるのをグッとこらえて、私はアーサーと目を合わせた。

 アーサーは薄く笑みを浮かべながら座布団の上で座禅をしていた。西洋騎士めいた甲冑を身に纏いつつ座禅を行うその姿は和洋折衷の体現かのようだ。——只者ではない、そう感じざるを得ない。


「春夏秋冬夏海です。はじめまして、局長」

 アーサーの視線に射抜かれることなどない。そういう思いを目に宿し、私は名乗った。


「おっ、岡下耕助と申します!」

 岡下くんは普通に緊張していた。それでいいと思う。岡下くんはそのガチガチっぷりが可愛いと思う。


「沖田」

「なんでしょう」

「初々しくて実にいいね、彼ら」

 壁にもたれかかる沖田ちゃんに目線を向けながらアーサーが言った。対して沖田ちゃんは仏頂面でてきとうにうなずくだけだ。この二人、険悪というわけではないのだろうけどそこまで親密でもなさそうだ。ビジネスライクな関係なのかもしれない。


 それにしても——なんだその感想は? 挨拶しただけでなんか社会の先輩ヅラされるのが癪だ。なんでかむしょうにイライラする。理由が判然としないことが更なるイライラにつながる。落ち着け、落ち着くんだ私!


 落ち着いたら落ち着いたで更なる疑問が浮かび始める。何者なんだこの男は? 名前だけで言えばあのアーサー王を思わせるけど、沖田ちゃんの前例だけでその説を確定させるのは早計な気がする。焦らない方がいい。こちらに関しても落ち着かねば。そして冷静にアーサーの動向を探らないと……。


「勧誘の件は沖田から聞いているね」

「ええ。ですが承諾するとはまだ言っていません。それは私たちが決めることです」

「それはそうだ。君たちには自由意志がある。それなしでこの世界を渡り歩くのは難儀だからね」


 よくもまあ抜け抜けとそのようなことを言ったものだ。自我の不獲得が難儀だって? 逆だ、まったくもって真逆だ。自我を持つことが難儀さからの解放と言うのなら、私は夢の中でまで問答なんてするものか。あれは自我があればこそのものだ。私の自我と、春人くんの自我とが睡眠中に引き寄せあって問答空間を作り出している。春人くんはもう肉体がない。自我だけが、魂だけが私の中にいる。討伐戦の際、力の全てを私に継承し、役割を終えたのだ。終えたのに、私の中に留まっている。それはきっと、私の役割がまだ続いているからだ。

 ああ、この現状が、この自我が私を悩ませる。リザルト討伐戦の後、ずっと自我が私を追い立てている。


 けれど今は、己の内面と向き合うタイミングではない。怒りや焦りをスルーして、数秒待ち、目の前の男と向き合う。


「……理由をお聞かせください。現状では承諾云々以前の問題です。どうして私たちをネオ新選組に?」

「討伐戦の英雄だからだよ」

「えっ、ええ!? 僕もですか!!?」

 岡下くんが驚くのは当たり前だ。なぜなら岡下くんは討伐戦に参加していない。関わり具合で言ったら、戦闘に巻き込まれかけた岡下くんを私が逃した。それぐらいのことである。


「岡下くんはあの戦いとは無関係です」

「そこはボクとしても不思議なんだが、上からの指示でね」

「政府ですか?」

「詳しい事はまだ言えない。だがそういう流れなんだ」

 確信した。これはフェアな勧誘ではない。まだ懇願なら理解できた。けれどアーサーは私を侮っている。或いは、私の反応を窺っている、試している。これは勧誘などではなく、勧誘の形をしたなんらかの駆け引きである。今はまだ情報が少なすぎる。乗るべきではない、そう思った。


「…………」

「…………」

 しばし互いに睨み合う。沈黙。相手方の目的は不明瞭。不毛である。


「呆れた。話にならない。それじゃあ到底承諾なんてできません」

「そうか、それは残念。とりあえず保留にしておこう」

「保留のまま凍結にならないといいですね。——さ、帰ろっか岡下くん」

「あっえっ、あわわわわわ……」

 岡下くんは何やらものすごく冷や汗を垂らしているが構うものか。手を引いて一緒に帰ることにした。


「ちょ、ちょっと! いいんですか春夏秋冬さん! あんな険悪ムードで退室しちゃってぇ……?」

 廊下を早足で駆けていると、岡下くんがものすごく心配そうな顔つきで問いかけてきた。心配性だなぁ。


「大丈夫だよ岡下くん。私たちを欲している以上、あいつらは手荒な真似はできないから」

「そうなんですか!?」

「そうなんです」

 どの道、ネオ新選組だけならどうとでもなる。こちらはまだ手の内を明かしてはいないのだから。春人くんの力と私の力を使えば、当面はうまく立ち回れるだろう。その間に、岡下くんには色々と力をつけてもらわないと。


 今〈彼ら〉に読まれているのは私、春夏秋冬夏海である。これの切り替えができれば私のプランは完成するというわけだ。



「で、廃屋の影はミミックだったと。くだらんな。あとネオ新選組の方はよくやった。多分うちの方が待遇いいぞ」

 事務所に戻りことのあらましを話すと、根源坂さんは心底どうでもよさそうにそう言ったっきり昼寝を始めた。


「ええ!? 春夏秋冬さんじゃなきゃあんなのどうしようもなかったですよ!? それをそんな簡潔に!?」

「いいよ岡下くん気にしないで。ミミック案件はよくあることだから」

「あんなのがよくある……? この町ってそんなにも危ないところだったんですか?」

 いかんいかん、岡下くんがビビり始めた。誤解が根を張る前にさっさと草抜きしておかねば。


「そんなに心配しなくていいよ。今日のが特別強かっただけ。普段のは石でつまずく程度だよ。RPGで例えると、平均L v10の集団の中からたまにLv50ぐらいのレアエネミーが出てくる感じかなぁ」

「いやそれ不意打ちみたいなもんですよぉ! こわすぎじゃないですか!!」

 ありゃりゃ、岡下くんさらにビビっちゃった。これでもダメだったか。


「もービビりすぎだよ。私はそういう意味ではL v100とかだからさー。不意を突かれたぐらいじゃやられないよ」

「そ、そうなんですか、それはそれで、びっくり……」

 岡下くんはどうも疲れちゃったらしい。今日はこれぐらいにしておきますか。

「岡下くん、コーヒー飲む?」

 私はティーブレイクを提案したのでした。




/幕間


 ところで、Lv100になってしまうと手応えのある敵がいなくて退屈である。


 旧市街で〈門〉を探していた小生は、地面から湧いてくる残骸どもを蹴り飛ばしながら思索にふけっていた。

 かつては面白き世界であったここも、今では残骸が跋扈する旧世界。愉快痛快どこ吹く風よと、今では寂れたシャッター街。


「……いや、シャッター街だったならば、再生の余地はまだあったか」

 独りごちたところでここには一人。冬子のやつはどこをほっつき歩いているのやら。外套の中からスマートフォンを探り出し、三つだけある連絡先からその名を選ぶ。


 着信から程なくして、果たして冬子は電話に応じた。

「ああ冬子か? 小生だ。門探しを手伝ってほしい。……面倒だろうがそこは折れてくれ。夏海が本格的に活動するとどうなるかなど、お前が一番わかっているだろうに」

 不満げな声色だったが、これで効率は良くなるだろう。〈門〉が開けば、エンドロールは砕け散り、今度こそ世界は新生する。

「さあ、目覚めの時は近いぞ。二度寝は許さん、希望の朝食を考えておけ、人ならぬ魔王の子よ」

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ヒトトセの式 澄岡京樹 @TapiokanotC

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