10年間好きだった幼馴染が実は女の子だった件~女の子でも好きなんです~

猫丸

プロローグ




 いつが始まりだったのかな?

 そう問い掛けられたならそれはやはりあの出会いの日からだと答えるしかないだろう。

 私には十年間好意を寄せ続けた幼馴染がいる。

 あの日、同じ歳の子供たちから相手にされず隅っこに居た私を見つけて連れ出してくれた少年。

 私【日向朝陽】という少女はつまらない子供だったんだと思う。

 喋ることが苦手で、根暗で、友達もいなかった。誰とも話さない幼稚園が嫌で仕方なかった。

 お母さんが迎えに来てくれるまでが退屈だった。

 だけど、彼はそんなことを気にもせず、ただ楽しそうに私の手を取って泥だらけになりながら駆け回った。

 会話が苦手な私にも根気強く付き合ってくれたんだ。

 彼は私にとってヒーローのような存在だった。

 数えきれない宝物をくれた。沢山の初めてを教えてくれた。

 美化された記憶なのかもしれない、もしかしたら相手は私のことなんて忘れているのかもしれない。


 だけど、それでも――私はあの人に救われた。


 確かにそう思えたのだ。

 今更そこを否定するつもりはない。

 記憶の中ではやはり優しく笑いかけてくれる活発な少年の笑顔があった。

 思い出すだけでいつも勇気を貰えた過去の宝物。

 だけど今では――


「ハァ」


 溜息を一つ。

 教室の隅でボーっとしていると、心配してくれたのか一人の少女が声を掛けてくる。

 鈴を鳴らしたような良く通る美声。

 ふわりと女の子の匂いが香った。

 それはいつか私を救ってくれた幼馴染の”少女”だった。

 いつが始まり……いや、いつからが間違いだったんだろう?

 その問いに今の私が答えるならこう返す他ないだろう。



 好きになった相手の”性別”を間違えた瞬間から、現状は運命付けられていたのだろう、と。



 「大丈夫だよ」と、返事をすると幼馴染の少女は、やはり面影のある優しい笑みで安堵してくれた。

 私のヒーローは、ヒロインだった。

 どんな勘違いだろう。今時子供だって相手の性別は間違えない。

 間抜け過ぎる失敗だ。人に聞かれれば馬鹿みたいだと笑われるかもしれない。

 だけど、私にとって十年の勘違いはとても笑えるものではなく……

 というか成人すらしていない思春期少女の心に傷が残る事案だと思う。

 実際私はガッツリとショックを受けていた。


 子供だった頃の記憶よりも少しばかり大人になった綺麗な小顔。

 ぱっちりした二重の瞳が高校で再会した幼馴染の私を映していた。

 果物のような甘い香り。面影のある柔和な笑み。少年のように短かったベリーショートの髪は、今や肩口まで伸ばされている。

 今でも実は兄弟とかがいるんじゃ? なんて期待したり。

 でも私の記憶の深奥が間違いなく目の前の少女があの少年だったのだと伝えてくる。

 根拠はない。ただ本能的に理解できた。この女の子が彼なんだと。

 笑いかけられただけで、私の心臓は痛いほどに早鐘を鳴らした。

 性別を誤解していたからと諦めるにはどうやら私の十年分の恋心は育ち過ぎてしまったようで……


(違う、違うのこれは……絶対諦める。だって、私は男だったゆーくんを好きになったんだから……)


 必死に否定するも、話しかけられれば呆気なく抵抗する気力は霧散する。

 幸福感に頭がくらくらする。

 いくら理性が言い訳を繰り返しても、内心では嬉しいと思っている自分が確かに存在していた。


 どれだけ頭を捻っても答えは出ない。

 そもそも答えなんて存在するんだろうか?

 これなら難問と言われた受験の設問の方がまだ簡単だった。


 本当に、どうしたものだろうか……


 これは異性だと思っていた少女への気持ちをどうにかして諦めようとするお話。

 同性ではなく男の子を好きになろうと奮闘する私の青春。価値観と感情の狭間で揺れる私の葛藤。

 あるいは――


 ずっと一途に想い続けていた幼馴染を今更諦めるなんて出来なかった女の子の物語だ。


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