第2話 妹はブラコン
学校では森さんと仲良くなれた、と思う。
それに加えて何人かのクラスメイトと話せたし……地味な成果だけど初日と考えたらこんなものかもな。
明日くらいにはもう1人か2人くらい話せる友人を作っておきたいところだ。
今のところギリギリで友人と言えるくらいまで話せたのは森さんくらいだし。
ただこれでこっちが一方的に思ってるだけとかだったら悲しいけど。
「ただいまー」
自宅の玄関口を開けると廊下の先からぱたぱたとスリッパの音が聞こえてきた。
「おかえりなさい兄さん」
抑揚の少ない声のトーンで、それでもどこか嬉しそうに迎えてくれたのはジト目っぽい目がキュートな俺の妹【草薙心春】だ。
背中まで伸びた自慢の黒髪を揺らしながら駆け寄ってくる。
心春の方は帰ってゆっくりしていたのか中学の制服ではなく部屋着姿だった。
「どうでしたか? 顔の薄い兄さんでも友達はできましたか?」
「今日も毒舌は絶好調だな……」
というか顔が薄いって何?
これでも中学ではそれなりに整った顔立ちで通ってたんだけど。
「これも一つの愛の形ですよ。それでどうだったんですか?」
まあ、本気で言ってないのは分かるけど。
心春はかなりモテる。告白をされることも多くて、それを繰り返すうちに男に苦手意識を持ってしまったらしい。
以前心春が言っていた好意を持たれることが良いこととは限らないという言葉を思い出した。
小学生の頃には告白を断られた男子から嫌がらせを受けたこともあったりしたらしい。
そんな心春にとって毒舌は身を守るための処世術みたいなもので、俺にとっては長年の慣れもあるし、妹の口癖の一つくらい可愛いものだ。
俺は心配してくれる妹のために友達ができたことを報告した。
「貞子みたいな人と友達になった」
貞子……? と心春が可愛らしく小首を傾げる。
「やたらと髪が長くて顔が見えない女の子だった」
「それは……生活指導で何か言われないんですか?」
「うちは緩い校風みたいだしな」
中には染めてたり、ピアスを空けてる生徒もいるくらいだった。
「でも髪フェチな兄さんとしては堪らなかったんじゃないですか?」
こいつは兄をなんだと思っているのか。
しかし、言ってること自体は間違えてもいないし、一瞬とはいえあの髪質にときめいてしまった事実もあるから強くは言えない。
ただ言われっぱなしも癪なので言い返した。
「心春はそんな俺のために伸ばしてくれてるんだもんな。愛い奴よ」
揶揄うように言ってやった。
「……調子に乗らないで下さい」
ぷいっと顔を背ける妹。
真っ赤に染まった耳が目に入った。
相変わらずそっち方面の話題に弱い妹だった。
え、というか否定しないの? まさかの図星とか?
それはどうなのか……嬉しいし可愛いとも思うけど、兄としては心配してしまう。
「いや、顔めっちゃ赤いですやん。ブラコンも程々にしないと彼氏できないぞ」
「余計なお世話です……じゃなくて早く鞄置いて来たらどうですか? お昼できてるんですが」
どうやら待たせてしまっていたらしい。
俺のことなんて気にせず先に食べてれば良かったのに……なんて言うのは無粋なんだろう。
そのまま鞄を置きに自室へと向かった。
◇
「素麺か」
部屋に鞄を置いて、普段着に着替えてからリビングへと向かった。
心春が作ってくれていたのは素麺だった。
七味や青じそなんかの薬味も用意されている。たぶん同じ味に飽きないようにだろうけど、細かいところに気を配れるのは心春らしかった。
「今日は暑いですからね」
「そうだな。それにたまに食べると美味いよな」
心春とテーブルを挟んで今日の出来事を話し合う。
両親は共働きだ。今の時間は働いているはずなので、二人で食卓を囲んだ。
「それで、先ほどの貞子さんはどういう方なんですか?」
「ん? 俺のラブコメ情勢が気になるのか?」
「明日の晩ご飯程度には」
物凄くどうでもよさそうだった。
なんて、悪ふざけはこのくらいにしておいて真面目に答えることにした。
「意外と話しやすかったかな。いい友達になれそうだったよ」
「そうですか。それは良かったです」
良かったというわりには面白くなさそうな心春。
こいつは本気でブラコンの素質がある節があるしな。
さっきは冗談で揶揄ったけど、俺としては真面目に心配だったり。
「でも名前を聞いたことがあるような気がしたんだよな」
「それだけ見た目にインパクトがあるなら、他校生だった時の噂でも聞いたんじゃないですか?」
んー、と頭を捻る。
だけど記憶の中で合致する名前はなかった。
どんな名前なんですか? と心春が聞いてくる。
「森優香って子なんだけど」
素麺を啜りながら、知ってる? と妹に目で問い掛けた。
「……いや、知らないですね」
しばらく思い返すような間を空けて心春は答えた。
「心春の方はどうだった? 今日確か新しいクラスになったんだろ?」
「…………」
「心春?」
「え、ああ……友人ならできましたよ。やはりきっかけがあると話が弾みますね」
どこか上の空な心春。
気にはなったけどそれからは普通に会話しながら素麺を食べた。
そんな当たり前の日常を享受できることに感謝しながら麺を啜る。
「ニュース見ていい?」
「どうぞ」
しばらくしてテレビでもつけようかなとリモコンを手に取った。
すると、心春が不意に一言。
「戻ってきてたんですね……」
「ん? ごめん、聞こえなかったんだけど」
「兄さんってたまに本気で鈍いですよね」
よく分からなかった。意味の分からない言葉になんだかモヤモヤ。
こんなに口が悪くて学校では大丈夫だろうか。苛めとかに合わないといいんだけど……
まあ心春は根はいい子だから、分かってくれる子はいるだろう。
それに確か中学に入学してから仲のいい子もいたはず。妹とは末永く交友してほしいところだ。
でもそっちはそっちでその毒舌どうにかしないと本気で彼氏とかできないんじゃ……なんて思ったり。
寂しい気はするけどそのうち兄離れしてくれることを祈るばかりだ。
貞子みたいなクラスメイトがいるんだが、どうやら彼女は幼馴染で原因は俺にあるらしい 猫丸 @nekomaru88
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