貞子みたいなクラスメイトがいるんだが、どうやら彼女は幼馴染で原因は俺にあるらしい

猫丸

第1話 初日の第一声は「ひぇっ」



――貞子みたいなのが居る。


 第一印象はそんな感じ。

 高校に入学したばかりの4月上旬。期待を胸にこれから新しいクラスメイト達と過ごすことになる教室へ入った俺の第一声は「ひぇっ」だった。

 男なのに情けないとは思うが、本気で腰を抜かしそうになった。

 太もものあたりまで伸びたロングヘアーというには長すぎる超ロングヘアー。

 顔は前髪に隠れて全く見えない。

 制服を着ていなかったら、クラスメイトだとはとてもじゃないが思えなかっただろう。

 いつからここは妖怪学校になったんだろうか、なんて失礼なことも考えてしまった。

 しかし、周囲を見回しても、他の生徒はぬりかべでもいったんもめんでもなかった。

 陰口を叩くような人間はいなかったが、その貞子さん(仮)は距離を置かれているらしく、彼女の周りには人がいなかった。

 俺としても近寄りがたい雰囲気を感じたので、空気を読むことにする。

 周りに同調して彼女を迂回するように教室の前方へと向かうと、貼りだされた席順表を確認した。


「えーと、草薙空人(くさなぎそらと)だから……」


 しばらく確認。上から順番に1つずつ見ていくと、自分の名前を見つけて固まった。

 同姓同名にワンチャンあるかとも思ったが、草薙という苗字は珍しいもので、少なくともこのクラスにいるこの苗字と名前は俺一人だけのようだった。

 ふー、と深呼吸をした。覚悟を決めて自分の席へと近づく。そのまま学友たちが見守る中で貞子さん(仮)の隣に着席した。


「………………」


「………………」


 席に座ってもお互い黙ったままだった。教室内の空気が妙に緊迫していく。

 なんか……気まずい。

 なんで何も言ってこないんだろう。

 チラリと隣に目を向けると、貞子のように不気味な少女はジッと俯いたまま一点を見つめているようだった。

 どうすればいいのか。怖いけどこのまま黙っているわけにもいかない。


「あー……俺は草薙空人。隣同士よろしく」


 さすがに隣になったというのにずっと無言なのも違和感があったので、意を決してこちらから声をかけた。

 周囲のクラスメイト達はいつの間にか会話をやめてこちらの様子を窺っていた。

 席順表を見た時に知ったのだが、彼女の名前は【森優香(もりゆうか)】というらしい。


「?」


 怖い。ゆらりと動くその動きはホラー映画のお化けそのものだった。

 そして、声を掛けてから気付く。

 柳のように垂れ下がった髪に隠れて見えなかったが手元にはブックカバーをかけた小説があった。

 どうやら読書中だったらしい。

 森さんはゆっくりと顔を上げるとこちらを見てきた。けど前髪が邪魔でやはりまともに顔は見えない。


「あ、あぁ、ごめん。読書してたんだ。邪魔して悪かったよ」


 呪われないよなこれ。

 引き攣る口元を爽やか笑顔で偽装しながら謝った。

 敵じゃないですよ、アピールだ。

 すると、森さんは「ぁ……」と、何かに気付いたように声を洩らした。

 その不気味な容貌とは正反対で、鈴を鳴らしたような可愛らしい声だった。

 彼女は腰を浮かせて椅子から立ち上がった。

 食い気味に答えてくる。


「わ、私っ、優香! 森優香!」


 どこか必死な自己紹介を受けて「あれ? 意外と普通の人なのか?」なんて思考が頭を過ぎった。

 言葉はつっかえているものの、俺から見て悪意の類は感じられなかった。


 髪が長いだけの普通の人。


 自分の考えすぎに気付くとさっきまで怖がってたことが恥ずかしくなった。

 ソワソワとしている森さんを見て、彼女に対しても失礼だった気がしてくる。

 というか実際失礼だったんだろう。

 彼女だって新しい学校で不安もあったはず。なのに俺はこれから同じ学び舎で過ごすクラスメイトを第一印象だけで避けようとしたんだ。

 髪の長さだって個性だ。というより俺の個人的な性癖としては髪の長い女性が好きだった。ちょっと長すぎる気がしないでもないけど……

 だから近くで見るとかなり綺麗な髪質をしている森さんには不覚にも少しドキッとしたり……と、そこまで考えたところで咳払い。

 気を取り直してもう一度隣人へと挨拶を返した。


「森さんか。さっきも言ったけど俺は草薙。これから宜しく」


「え……う、うん。よろしく?」


 腑に落ちない様子だった。なんだろう、どこか間違えたかな。不安になってもう一度脳内で先ほどの台詞をリピートしてみた。

 ついでに股間にあるチャックもさりげなく確認。

 うん、どっちも問題ないな。


「あの」


「森さんは」


 タイミングが被る。日常会話あるあるだった。

 森さんは「ど、どうぞ」と、こちらを促してくる。

 譲り合いになるのも面倒だったので素直に続けた。


「森さんは何を読んでるの?」


 今日は高校生活の初日という事もあり、時間は比較的余裕のある予定が多かった。

 次は確か体育館に集まってから校長や生徒会長の有り難いお言葉を聞くことになっている。

 とは言ってもそれは30分後の話。たぶん時間に余裕を作って少しでもクラスメイト達との親交を深めてくれという思惑があるんだろう。

 俺としても友達は作っておきたかったからありがたい。

 ということでさっそく話しかけた森さんなんだが、何故かワタワタと慌てていた。


「えっ、えと、実はラノベなんだ、ですよ」


 ぎこちない敬語だった。

 ブックカバーをずらしてタイトルを見せてくれる。


「タメ口でもいいよ。同い年だろうし」


 それにしてもライトノベルか。意外とオタクっぽいところがあるんだろうか。

 別に表紙を可愛らしい女の子が飾っていようと馬鹿にしたりはしないけど。俺だってラノベくらいたまに読んでいた。

 前の学校ではキモオタだなんだと心ない言葉を言われたものだ。

 森さんの読んでいたタイトルは一昔前に流行った【僕の幼馴染は馴染めない】というアニメ化もした有名なラノベだった。


「ああ、ヒロインが可愛いかった気がする」


「え? 読んだことあるの?」


 森さんは意外そうにしていた。

 そのラノベはヒロインに共感できる部分が多くて、読んだ当時はどのヒロインも幸せになってほしいと思ったんだっけ。

 俺がまだ中学生だった頃の話だ。懐かしいな。

 すると森さんはそのことで多少心を開いてくれたようで少しだけ踏み込んで質問してきた。

 恐る恐る、といった感じで聞いてくる。


「どの子が好き……?」


「好きな子……んー、やっぱり幼馴染の子かな」


 ガタッ


「そ、そうなの! やっぱり幼馴染が可愛いよね!」


 急にテンションを上げてきた森さんにちょっとビックリする。

 まあでも気持ちは分からないでもなかった。趣味の話を人と共有できるのは楽しい。

 さっきは驚いたけど、嬉しそうな森さんを見て何となく和む。

 和んだところでラノベの話に戻った。


「子供の頃に髪の長い子が好きって言われてずっと伸ばしてたんだよね」


「う、うん。そうなんだよね」


「正直凄いなって思った……それが原因で揶揄われたりしたこともあったけど、絶対に切らなかったり」


 すると森さんは少しばかり声を落ち込ませた。

 表情は見えない。だけど不安そうな声色で彼女は言ってきた。


「重い、かな」


「幼馴染のこと?」


 森さんが頷く。それを見てさすがに察した。

 きっと本当にこのラノベの幼馴染ヒロインが好きなんだろう。

 好きなキャラクターを馬鹿にされたりするのは嫌だよな。俺も経験があるから理解できるよ。

 もしかしたら森さんが髪を伸ばしてるのは、このラノベに影響を受けて……なんてのは考えすぎかな。

 ここは少しくらい大げさに言ってもいいかもしれない。


「一途で可愛いと思う。ずっと主人公を想ってたなんて健気だし」


 すると森さんはくるくると指先で髪の先を弄り始めた。

 髪の隙間から見える頬は真っ赤に染まっていた。


「……どうしたの?」


「な、なんでもない」 


 しかし、意外と……なんて言ったら失礼なんだろうけど、森さんはその奇抜な見た目とは違って、話してみると話しやすかった。

 初対面のはずだけど不思議と心地良い距離感。

 感性が近いんだと思う。こちらの振った話題にもちゃんと乗って来てくれるし、本当に意外過ぎるくらい普通の女の子って感じ。

 いい友達になれる気がする。


「でも、幼馴染負けちゃうんだよね……」


「ああ、そうだった……」


 当時はショックを受けたものだ。

 あれだけ一途に主人公だけを想っていた子がどうして負けるんだって怒りさえ感じた。

 たかがラノベに何を、と思うかもしれないけど、それでも好きなヒロインには報われてほしかった。


「IFスト―リーみたいなの出てほしいよ。絶対買うのに」


「もし、そんなお話があったらさ……そこでは誰が結ばれてほしい……?」


「やっぱり幼馴染かな」


 すると森さんは顔を俯かせる。

 不思議に思って彼女を見ると「うん、うん」と、小さく頷きを繰り返していた。

 どうしたんだろうかと声をかける。すると――


「おーう、時間だぞー。並んで体育館に集合なー」


 どうやら始業式が始まるらしかった。体育館へと移動することになった。

 案の定、移動中も森さんへと向けられる視線は多かった。

 話してみたら明るくていい子なんだけどな……まあ、最初は俺も怖がってたから人のことは言えないけど。

 なんて彼女を見ると初めて彼女と目があった。

 透き通るような瞳に意識を奪われること数秒。

 彼女がぽつりと言ってくる。


「頑張るね」


 その時は分からなかった森さんの言葉の意味。

 それを俺が理解するのは――もう少しだけ先の話だ。 




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