第11話 ぶつかり合い

「じゃあ今から軽く発声練習してアップしたらエチュードやるよ。」


双葉さんがそう言うとみんな素早く輪になった。

香織さんがおいでと軽く手招きをして双葉さんと香織さんの間に私も立った。


「あの、私…。」


「大丈夫よ。」


香織さんが笑うと双葉さんの掛け声がかかった。


「腹式呼吸!」


パンっと手拍子を1回。

大きく息を吸う。

10秒くらい経ってもう一度パンっと手拍子がなる。

ゆっくりと息を吐く。


私も幼い頃の記憶だけを頼りに呼吸をする。


「次、発声!」


手拍子がなり息を大きく吸う。

私は気づいた。


「ね、大丈夫でしょ?あの時の発声練習をそのままやってるから。」


「はい。」


体は覚えている。次に何をするのか。


そのまま発声練習、柔軟をして、早速エチュードの役をくじ引きで決める。


「今回は設定も何も決めずにやるからちょっと難しいかもしれないけど、自分の役に合わせて時代背景とか決めてね。じゃあとりあえず、最初は、香織と圭と百合ちゃん。」


「え、初めてで1番手って、双葉先輩いくらなんでもそれは厳しいと思いますが。」


「大丈夫。私が惚れた子なのよ?双葉続けて。」


「でも…。」


「いいのいいの〜。奏。見守ってあげましょ〜。」


「じゃあ始めるわよ。引いて。」


私は目の前の折りたたまれた神の中から1枚適当に選ぶ。

紙を開いてみると中には、ヤクザと書かれていた。


「じゃあその紙は他の人には見せないように。時間は5分。よーい、始め!」


合図がなった瞬間、香織さんは一気に雰囲気が変わった。

圭さんは…


「僕の事探してたってほんと?」


まさかの、性別を超えた演技…。


女である圭さんが男役をしている。

これは圭さんだからこそできるのだろう。

この人の魅力はこれか。


「あら、随分早かったわね。」


こちらは流石の圧倒的な演技。違和感が一切なかった。


ヤクザといえば男だろう。しかし私には圭さんのような才能は無い。ならば。


「あんたら、うちのシマで変なことすんじゃねぇよ。どこのもんだ?」


世間的なイメージを壊せばいいのだ。

立ち姿を女性っぽく、でも言葉遣いは荒く。

これは演劇。

フィクションであり、人を騙すものだから。


「あんたこそ、私たちの邪魔をしないでもらえないかな?」


「テメェらは礼儀も知らねぇのかよ。」


「あら、あなたこそよっぽど礼儀知らずのようね。」


「よそのシマで荒稼ぎしてるネズミには言われる筋合いはねぇよ。」


「一理ありますね。私隣の町の者です…と言えばお分かりかしら?」


「あのお2人共、少し落ち着いて…。」


「「男は黙ってろ(なさい)!!」」


「は、はい…。」


「人のシマで違法取り引きしないでもらいてぇな。自分のとこでやりゃぁいいだろぉが。」


「おたくがうちのシマのカモを違法取り引きでさらってったから返してもらいに来ただけですが?」


「そうかい。でも残念。そいつはもううちから金借りてんだよ。返済するまでよそへはやれねぇなぁ。」


「あああの、僕お金は…。」


「あんた、保証人になってただろ。本人が逃げちまってなぁ。」


「うちから横取りしといて返さないは無いですよ?」


2人して睨み合いそれを止めようと間に入る圭さん。


「はい。終了。」


丁度、双葉さんの掛け声がかかった。


「お疲れ様。圭が可哀想だったわね。」


「確かに〜。百合ちゃん凄かったわね〜。」


「みんな役は何だったんですか?」


「私はヤクザです。」


「私もヤクザだったわ。」


「私は借金を背負った人だったんだが…。」


圭さんが続けて何かを言おうとするのをさえぎって香織さんが役の書かれた紙をシャッフルし始める。


「まぁ、私達に喰われるようなら、圭もまだまだって事ね。あ、でも、もっと鍛えてあげるから心配しないでいいわよ。」


ニコッと笑った香織さんの目は笑っていなかった。


さっきのエチュードは、演技のぶつかり合いだった。

香織さんは本気で私を試そうとしてきたのだ。


「あ、そうだ。百合ちゃん、クセ治ってないみたいだから、普段から意識して動いてみて。」


「クセ?」


「そう、昔からのクセよ。頑張ってね。」


香織さんはそう言って残りの3人にくじを引かせていた。










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