第7話 初めて
次の日は新入生の為に部活紹介が行われた。
もちろん演劇部は短い劇をやるらしい。
私は人混みに流され、気の進まないまま体育館へと着く。
周りの生徒たちは何部に入るかをある程度決めているようだった。
いちばん多いのは女子はバスケ。理由は顧問がイケメンだから。
男子はサッカー。理由はマネージャーが美人だから。
高校生なんてこんなもんだろう。私は少し呆れながら部活動紹介が始まるのを待った。
ステージ脇から双葉さんが出てきた。
「こんにちは。今から各部活の紹介を始めます。進行は副会長の相澤が担当します。」
そう言って頭を軽く下げる双葉さんはとても可憐に見えた。
その姿を見た生徒たちはヒソヒソと声を発する。
みんな思っていることは一緒で、美人だ。とか、綺麗な人だ。とか、あちこちから聞こえてきた。
「それではまず、バスケットボール部。お願いします。」
双葉さんがステージ袖へはけると同時に30人程のユニフォームを着た男女がボールをついて出てきた。
そのまま華麗に技を決めて紹介が始まった。
バスケ部の紹介が終わり次はサッカー部が出てきた。
噂通り、マネージャーをしている女子生徒はとても可愛く男子達はマネージャーに目を奪われているようだった。
しばらく色んな部活が紹介され私は興味がなく体育館の窓の外を見ていた。
「次は演劇部です。」
私はその一言でステージに視線を戻した。
袖からは見知った人達が出てきて、軽く劇の紹介をして始まった。
内容としてはいじめの話だった。
香織さんがいじめられ役。双葉さんが助ける役。
あとの3人がいじめ役。
『やめて!私は!やってない!』
『嘘つかないで!私たちは見てたのよ!』
『嘘つきにはこれがお似合いよ!』
そう言った雪音さんの手にはバケツが握られていた。
中は何が入っているか見えなかった。
『許して欲しいならこれを被りなさい。』
『綺麗になれるわね。』
3人はそう言いながら倒れた香織さんを無理やり立たせバケツを無理やり持たせた。
フラフラと立ち上がり両手でバケツを持った香織さんは中を見てすぐに表情が変わった。
私はその瞬間を見た。
人は本当に絶望した時こんな顔をするのだろう。
『早くしなよ。』
『なんなら私たちが手伝ってやろうか?』
『しっかり持ってなさいよ。』
3人はせーのと声を合わせながらかおりさんの持ったバケツを頭の上でひっくり返した。
その途端、体育館は悲鳴に包まれた。
香織さんの頭、顔、服、あらゆる所には見た目の気持ち悪い虫が大量に着いていた。
よく見るとそれは本物のようで、うねうねと動いていた。
女子たちの悲鳴は収まらず、ステージ近くにいた生徒たちはみんな直ぐに離れた。
しかし2、3年生は動揺もせず、先生達も静かに見守って、泣いている生徒たちをゆっくり落ち着かせていた。
『ほぉら、やっぱり似合ってるわ。』
『しっかり受け取ってね。』
『次はないから。』
そう言って3人はステージ袖へとはけていった。
入れ替わるように双葉さんが登場して香織さんに駆け寄った。
『大丈夫!?』
香織さんは黙って俯いている。
双葉さんはかおりさんに着いている虫をゆっくりと素手で取っていく。
私はその動き一つ一つに魅入ってしまう。
あらかた虫を終えたあたりで香織さんは顔を上げた。
その顔は、正気を失ったような、何もかもを諦めたような、しそうな顔をしていた。
生きている人間にあんな表情ができるのか。
私は香織さんから目が離せなくなった。
『大丈夫。ありがとう。』
力なくそう言って笑った香織さんはまたフラフラしながら袖へはけていった。
「はい!ということで、びっくりした方もいたかもしれませんが、私たち演劇部はリアル感を出すべく、偽物は一切使いません。これに耐えられない役者はいらないので演劇部希望の方は覚悟してから来てくださいね。」
双葉さんはくるりと可憐にターンをして笑顔でそう言って袖へはけていった。
虫たちは残りの3人が急いで回収していた。
私の頭の中はさっきの顔をした香織さんが占領していた。
「これが、感動。」
初めての経験でそして、知らない間に私は笑っていた。
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