37

僕は、周囲をぐるりと見回した。そこはまだゲートと呼ばれる教会のなかで、とても時空を越えた場所だとは思えなかった。

レベッカは、ぎいい、と教会の扉を手で押し開ける。瞬間、ただならぬ気配が僕の側まで押し寄せた。

黒崎だ、と僕の内なる声が漏れたように感じたが、それは言葉にならず虚空に消えただけだった。


塔のなかは、灯りらしいものはなかったが、不思議と明るかった。しかし、上を見上げても、天井は闇に溶け、見渡すことができない、はるか高い場所にあるらしい。

そんなことを思っていると、圧倒的な殺意が僕の身を襲った。そして、比喩でもなんでもなく、それは襲ってきた。

日本刀が振り下ろされた、とわかったとき、僕は反射的にごろごろ、と無様に横に転がっていた。気づけば、僕はレベッカの腕のなかにいた。

周防。黒崎を庇護するもの。この感覚は、記憶に新しい。

周防は、刀をぶん、と振り、こちらにその切っ先を向ける。

「前の続きを始めましょうか」

その声には感情らしきものが欠落していた。不思議とまだ見ても会ってもいない黒崎もこの周防という女と同類なんだろうな、とぼんやり思った。

「レベッカ、おにーさん、ここはぼくに任せて、あなたたちは奴を!」

ムーくんが叫ぶ、と同時に周防は刀を構え、僕たちとの距離を一気に詰めてきた。

ぎいん、と刃物同士のぶつかり音がなる。

ムーくんは、右手に握ったナイフで周防の太刀を受け止めていた。

「わりーな、ムー」レベッカは、叫ぶ。「黒崎はこの先だ、覚悟を決めるしかねーぜ、少年!」

僕とレベッカは、このだだっ広い空間のその先にある螺旋階段を目指し走った。後ろは振り向かない。ムーくんひとりに周防は任せた。それは短い期間で紡いできた信頼によるところが大きい。


階段を駆け上がり、しばらくして、また広い空間に出た。それは圧倒的だった。

圧倒的な殺意。あの周防と同等、いやそれ以上の殺意の結晶だ。

「へえ、この気配、レベッカか」黒い髪の少年は言う。「それに面白いやつを連れているじゃねーか、レベッカ」

少年は、僕の方を見ながら、しかしその両目は閉じられていた。

「このときを待っていたぜ、黒崎っ!」

そう叫ぶレベッカは、まるで愛しい人との待ち遠しかったデートの日をようやく迎えたというように笑っていたのだった。凄惨に。

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