36

地震があった街の惨状は、惨憺たるものだった。ビルは倒れ、アスファルトの道は陥没し、そこかしこで泣き声や呻き声が聞こえる。しかし、僕たちにはそれらに心を痛めている余裕はなかった。


「レベッカ、あの創世の塔までタクシーで行くことはできなさそうだな」

この街の様子を見ると、交通機関は使えそうもない。ここから塔までは距離があるが、徒歩でいくしかなさそうだ。

「勘違いしてるようだけどよ、少年。あの創世の塔は、視認できてはいるけれど、この世界に存在はしていないのさ」

レベッカが言っている意味を僕は計りかねた。どういうことだ?と僕が訊ねると、レベッカはスーツのポケットから眼鏡を寄越した。見るとそれは、ビジョンシステムだった。

現世と常世の狭間を見ることができる代物。ビジョンシステム。

「あの創世の塔の入り口は、時空を越えた場所にあるゲートと呼ばれる場所からしか行けねーのさ」レベッカは続ける。「そのゲートも人間には見えねーんだよ。そこでビジョンシステムが必要ってわけさ」

つまり、この世ならざる場所にあの創世の塔があるってことらしい。この目に塔が見えてるってのに不思議なことだ。

「それじゃあ、行こうぜ、少年、ムー」

レベッカの足取りに迷いはなかった。まるで、あらかじめゲートの場所がわかっているというように。いや、わかっているんだろう、レベッカは。そしてムーくんも。


しばらく荒廃した街を僕たちは歩いた。

これが黒崎がもたらした世界なのか。飢えも争いもない楽園に導くだって?ふざけるな。ここで犠牲になっている人たちにお前は同じことが言えるのかよ。

そんなことを思っていると、前を歩くレベッカとムーくんの足が止まった。

「ここがゲートだぜ、少年」

そこは、教会だった。あの地震があったというのに、損壊らしいものが見受けられない、綺麗なものだ。物は試しと僕はビジョンシステムを外してみる。すると、そこにはなにもなかった。更地だ。

しばし、僕はぽかーんと、他人が見たらさぞかし間抜けな顔をしていたことだろう。

レベッカとムーくんは、そんな僕に気づくこともなく、教会に入っていくので、僕は小走りになりながらもその背を追った。

なかに入ると、中央の奥まったところに祭壇があった。その前には、十字架に磔にされた聖女の像がある。僕のなかの教会のイメージとさして違いはない。

「レベッカ、本当にここがゲートってやつなのか?」これは愚問だった。ビジョンシステムを通していなければ、存在もしていないのだから。現世と常世の狭間。それはそういうことだ。

レベッカは、その祭壇に向かって、祝詞のようなものを呟く。日本語ではない。いや、それはこの世界のどの言語でもないものだったかもしれない。

祝詞をあげ終わると、教会全体が揺れた。


しばらくの浮遊感を感じ、それはまるでエレベーターのそれだ、揺れが収まると、レベッカは「着いたぜ、世界の果てに」とウインクするのだった。

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