「お前、なに読んでんの?」

「能動的な罪と罰」とありすは端的に答える。

僕がありすの部屋にノックもせずに入ると、ありすはそれに対して異義を唱えず、真剣な面持ちで読書に励んでいた。

「あれ?お前その本いつだったか正確には覚えてないけど、読み終わったとか言ってなかったっけ?」これに対してありすは、「うん、五回は読んだかな。今は六回目、になるのかな」

そんなに面白い本なのか。

「本っていうのはさ、ワインみたいに寝かせると熟成されて読めば読むほど面白くなっていくのよ。いや、熟成されるのは本じゃなくて読み手の方なのかな」

含蓄のある言葉だな。

「で?お兄ちゃんは私に何か用があるの?」本から視線を逸らさずにありすは訊いてくる。

「用がなければ会いに来たら駄目なのか?」まるで恋人のような台詞である。

「いや、いいけどさ。あ、私が読み終わってからでいいならこの本貸そうか?お兄ちゃんの好きそうな内容だし」

「それ、洋書だろ?僕、洋書は読まないことにしてるんだ。だって和訳する作家によって、内容が変わってしまうだろ。そういうの嫌なんだよ」

「それは食わず嫌いと偏見だと思うけどね。まあ、読みたくないなら無理強いはしないよ」とありすは呆れるでもなく淡々と言う。

「因みに聞くけどさ、明日死ぬと宣告されたとしてだよ、お前はその最後の日に何をする?」

「話に脈絡がないねー。うーん、でもちょっと興味深い質問だね。最後の日か。私は家族で一緒に過ごせれば、何をしてようが何処に行こうがそれだけで十分かな」

殊勝なことを言うじゃねーか。

「お兄ちゃんは、どうなのさ」

「お前がいてくれれば、それで十分さー!」と僕はありすの後ろから抱きついた。

「きゃーっ!」ありすは必死に抵抗する。ふふふ、男女間には腕力の差が歴然とあるのだ。この抱擁を解く術は今のお前にはない!

と思っていたら、頭突きと裏拳が同時に僕の顔面に炸裂した。それをまともに受けて僕は絨毯の上で悶絶する。

「この変態!セクハラは他人にだけ適用される犯罪じゃないのよ!」ありすは激昂した。「さあ!言わなきゃならないことがあるでしょ!さあ!さあ!」

「お前の結構、大きいね?」

「最悪の弁明だな!」

出てけ、と僕はありすの部屋から追い出されてしまった。ああ、これからはしばらくありすとは冷戦状態になるな。だけど、それを補って余るほどの成果を上げることが出来たことに僕は満足していた。

愛してるぜ、我が妹よ。そこには最低の兄の姿があった。

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