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スマホのカメラで広範囲の景色を撮影する者。一眼レフみたいなごついカメラを構えて、しゃがみ込んで一輪を熱心に撮影する者。ポートレートで花と人物を撮影する者。その中で彼岸花のすぐ隣に座り込んでクロッキー帳と三十六色鉛筆の箱を広げている結衣の姿は結構目立った。服が汚れるのも構わず座るから、慌ててハンカチを彼女の下に敷いた。
クリーム色の用紙に
「思ったより早く描くんだね」
「これはね、
要するに手慣らしよ、と結衣は得意げに笑った。
結局、雪彦もそのまま腰を下ろした。息を吸うと、草花と秋の涼風の匂いが肺を満たした。雪彦がまったりとしている横で、結衣は着々とクロッキー帳を埋めていく。並んで座る二人の頭上で、たまに人が足を止めて結衣の手元を覗いてくる。感心する老人がいるならば、雑だの、下手だの、ぼそぼそ言う若い兄ちゃんもいた。雪彦は顔をしかめるが、
「ああいうこと言う人はね、自分が下手だってよくわかってる人なんだよ」
あからさまに聞こえる音量で、朗らかに言うものだから雪彦は肝を冷やし、乾いた笑いで応じた。しばらく結衣に付き合い、その場に留まってから、場所を変えるために立ち上がった。
強く川風が吹くと川沿いに咲いた彼岸花が一斉にざっと音を立てて揺れる。名の通り、
家を出たのがお昼の十三時頃で、ゆったり休み休み歩いているうちに、十五時になっていた。他の人の邪魔にならないように、次は空いたベンチを見つけて腰を下ろし、ここへ来る前に立ち寄ったパン屋の袋とペットボトルのお茶をベンチに並べた。結衣は半熟卵のキーマカレーパンと、八丁味噌キャラメルデニッシュ。雪彦は生ハムとゆず胡椒のベーグルサンドと、ぱりぱりの春巻き皮で包んで揚げたピロシキで小腹を満たした。
「もう少し歩く? それともここで描く?」
ペットボトルのお茶を一口飲んだ彼女は、ここで描きたいと答えた。
ほら、あれ。
そう言ってまっすぐ指差した先。赤い花の波の真ん中に、これまた凛と背伸びをした、真っ白な彼岸花が立っていた。
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