5

 助手席に座る結衣は、窓の外を静かに見ていた。膝の上に大きめのトートバッグが鎮座している。彼女の髪を結っているリボンと同じオレンジ色のタータンチェック柄だ。先日の誕生日に姉からのプレゼントで贈られたこのバッグを、たいそう気に入り、出かける時はいつもこのバッグを使っていた。中にはいつも使っているクロッキー帳と、たくさんの鉛筆が入っていることだろう。

 最近ではスマホやパッドでデジタルイラストを描ける時代だが、結衣は絵の具やパステルや色鉛筆で描くことを好んだ。たまにさかえの画材屋に出向き、鉛筆を数種類ずつ購入するほどだ。正直、2H、HB、Bと言われても雪彦にはどれも同じ黒色に見えるのだが、彼女にしてみれば色合いも描き味もまったく違うらしい。

 色鉛筆も彼女にかかれば十二色では足りないと言う。彼女の部屋には大きなケースに入った六十色の色鉛筆たちが鎮座している。それらを見事に使い分けるのだから、たいしたものだ。彼女の目はいったいどうなっているのだろう。

 絵の具の赤色一つをとっても、いろんな名前があるのだと楽しそうに教えてくれたのが、彼岸花を描いていたつい今朝のことだ。赤い絵の具に、白、黄色、青、紫と、それぞれ混ぜ合わせて、目の前にある彼岸花の色を再現していく。それがとても楽しいのだと。アイスを食べているときと同じように頬を紅潮させて言っていた。

 それじゃあ、その頬と同じ色はどうやったら出来る? と悪戯心で聞いてみると、「変なこと言わないで!」と恥ずかしそうに真っ赤になって怒られた。

「…………ふふっ」

「なに笑ってるの?」

「なんでもないよ」

「うそ」

「ほんと」

 攻防を繰り返しているうちに、半田中央インターチェンジの看板が見えてきた。料金所を通過して県道265号に入る。もうすぐ着くよ、と声を掛ければまた窓の外に視線を移した。今度は少し身を乗り出している。

 彼岸花目当てだろうか、車道は少し混んでいたが、難なく進めた。市街地の合間に田畑が広がる道を走っていると、ちらほらと『新美南吉記念館』『南吉の生家』と看板が立っている。

「新美南吉、だって」

 看板を見た結衣が声を上げた。

「ここの生まれらしいね」

「小学生の時に、国語で『ごんぎつね』やったよ」

「……あぁ、俺もそれくらいの頃にやった覚えがあるよ」

 結衣の無邪気な声とは裏腹に、『ごんぎつね』の内容を思い出して、雪彦はどんな顔をしていいのかわからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る