3

 ミケさんとシロさんをたっぷりと可愛がってから、また結衣は彼岸花に向き合った。涼しい風が吹いて、庭の草花がいっせいにさざめいた。

 ねぇ知ってる? と結衣はこっちを見ずに言った。

「彼岸花って、根っこに毒を盛ってるんだって」

「え?」

「だから昔、土葬どそうしてたときに、モグラとかがお墓を荒らさないように植えたんですって。だから、お墓には彼岸花がたくさん咲いてるんですって」

「へぇ、そうなんだ。よく知ってるね」

 結衣はふふっ、と嬉しそうに笑むと、その出典は明らかにしないで「世の中には、知ってるようで知らないことって、たくさんあるんだねぇ」と言った。

 そうだね、と雪彦も頷く。

「ひとつ聞いていいかい?」

「ん?」

「なんでまた彼岸花?」

 居間から声を掛けると、結衣は一瞬手を止めて、宙を見た。それからただ、わかんない、と答えた。

「はて、わからないとな?」

「うん。なんとなく……描かなきゃって思ったの」

「ふうん……予感、ってやつかい?」

「そう。予感、ってやつ」

 オウム返しをして、結衣は筆を置いた。立ち上がって両手を組んで、ぐーっと上に背伸びをした。

 四兄妹の中で一際背丈の小さかった結衣だが、最近少しずつ背が伸びてきたように見える。ついこの間気づいたのだが、今では彼女の顔が、肩の辺りにあることに気づいた。初めて雪彦が会ったときは、肩よりうんと下に頭があったはずなのに。

 背伸びをしていた結衣は、そのまま腕をぐるぐると回したり、大きく手を広げてゆらゆらと揺れたりと、独特な体操を始めた。空を見上げてぐるぐる回っていたら、足をもつれさせて、尻餅をついてしまった。

 雪彦もサンダルを履いて庭に出た。手を差し出すと、結衣は素直に手を取って、立ち上がった。

「新しい紅茶、淹れようか」

 そう聞くと結衣はお願いします、と可愛らしく首を傾げた。

「畏まりました、お嬢様」

 新しい茶葉で紅茶を淹れ、今度は砂糖とミルクを足した。彼女はそれを一口飲むと、はぁ、と頬を緩めた。そよそよと風が吹いて、一輪だけ咲いた彼岸花もゆらゆらと揺れた。

「結衣くん、知ってる?」

「ん?」

「彼岸花ってさ、赤いものだけじゃないんだよ」

 そうなの? と結衣がこっちを向いた。

「遺伝子の白化変種で、動物で言うとアルビノみたいなもの。繁殖力が異常に低いものだから、滅多にお目に掛かることができない」

「へぇ……白い彼岸花かぁ」

「見に行く?」と聞くと「見れるの?」と結衣は目を輝かせて雪彦を見上げた。

「デートしよう。うんと可愛く支度しておいで」

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