2

 結衣が一生懸命、彼岸花を描いている隣に、ローズマリーのしげみから三毛猫が一匹、のっそりと出てきた。どーんという擬音語が似合う、恰幅かっぷくのいい三毛猫は、九月の半ばに庭に現れるようになった。

「あ、ミケさんだ」

 結衣に、ミケさんと呼ばれた三毛猫はふてぶてしい顔でそっちを見て、のっそりと結衣の隣に横になった。

「ミケさん、今日はひとり? シロさんは一緒じゃないの?」

 いつも、ミケさんは白猫と一緒にやってくる。けれど今日はミケさんだけだった。野良だから決して綺麗とは言えない背中を、結衣は躊躇ためらいもなく撫でた。頭と顎の下をくすぐってやると、ミケさんはごろんとおなかを見せた。

「あ、さては結衣に浮気しちゃう気だなぁ? ミケさんいっけないんだ~ シロさんに言いつけちゃおう」

 なんて言いながら、結衣は楽しそうにミケ

さんのおなかを撫で始めた。動物は心根がいい人を見分ける目を持っていると聞いたことがあるが、確かにそうだと雪彦は思った。

 結衣は、他の兄姉よりもおとなしめで、おっとりした性格だ。実際に、ご近所のおばさんたちからは「一之瀬さんとこのお嬢さん」と呼ばれてたりする。いつもゆっくりしたペースで話し、にこにこと話を聞いてくれる。結衣がいるだけで、場の雰囲気が和むのだ。

 なので、学校での彼女の評価はむろん高い。三者面談でよく聞くのは、結衣がいるクラスは問題を起こさない、らしい。

 とはいえ、やはり彼女も一之瀬家の血を受け継いでいることをうかがえる面を持っていた。

 一度だけ、彼女が大声を出して怒ったことがあった。別のクラスだが、自殺しようとした女子生徒を止めようとしたときだった。いなくなった女子生徒はクラスでの虐めを苦に、入水自殺をしようとしていた。

 そのとき、一番に駆けつけた結衣は今までに聞いたことのないくらいの大声で止め、さらには平手打ちをした。今、その女子生徒は結衣と同じクラスで穏やかに暮らしている。学校での事件ではなかったから、そこまで話題に上らなかった。

 この一件は雪彦も囓っていて、結衣の足となって車を出していた。そのときの結衣の様子を見て、あぁ、彼女も一之瀬家の人間なんだなぁ、とほとほと感心してしまったほどだ。それでいて平然とおっとりな性格でクラスに馴染んでいる結衣は、将来は大物になるかもしれない。

「あ、ほらほら、シロさん来たよ」

 結衣が指した方を見ると、ローズマリーの茂みから、白い猫が出てきて、ミケさんに体当たりをしてきたところだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る