53 『過去と未来』
「六人は、三日三晩話し合いました。禁術を使うための生贄には誰がふさわしいか」
「まさか……!」
アダムの言葉に、ガブリエラがハッと口に手を当てた。
彼女が何を想像したのか、それは啓太にもよくわかった。
「はい、ヴァーヴロヴァー候の想像通りです。その術で造られる道具の能力は、当然生贄となった人物の実力に左右されます」
当時のナジャ法国にいた彼ら以外の住民は、魔法も使えず力もなく知恵も無い人々だ。
そうなれば、必然的に六人の中から生贄を選ぶ必要が出て来る。
「じゃあ、それで再び争いがおきたんだな?」
「いえ、その逆です」
……逆?
「彼らはもうお互いに争いあうことに疲れ切っていました。六人の内二人が、すぐに生贄に名乗り出たのです」
「そうか……」
きっと六人は、疲れていたのだろう。
初めは異世界から来たということで団結していたのが、いつの間にか袂を分かって争うようになった。
そして気がつけば、たった六人だけになっていたのだ。これ以上数を減らすことに彼ら自身が耐えられなかったはずだ。
「名乗り出た二人は、学者と軍人だったと伝わっています」
淡々と語るアダム。
一旦言葉を切ると、アダムは机の上に置かれた本を取り上げた。
「学者だった男はその英知を結集して本の形に」
続いて、啓太の剣を指さすアダム。
「そして軍人だった男は、その力を剣の形に造り変えられました」
「その禁術は、具体的にはどういった類の者なんだ?」
「私もよくわかりませんが、魂を絞り出して結晶化する類のものだと聞いています」
恐ろしい術だ。
「出来上がった二つの道具は、彼らが想像していた以上の力を秘めていました」
「確かに、俺のこの剣にはとんでもない力が秘められていたな」
啓太は城内に入った直後、近衛隊の戦闘での一幕を思い出す。
あの時感じた力の奔流は尋常ではなかったが、こうして背景を聞くとなるほど、と納得できる。
「ええ。そして、この『英知の書』は必要な道しるべを与えてくれます」
「道しるべ?」
「はい。かみ砕いて言うと、今その人に必要なアドバイスが自動的に表れる本です」
「……それは強力だな」
きっとイーラは、『英知の書』のアドバイスに従って権力をつけてきたのだろう。
何度も啓太達の行動を先読みし、裏を取ってきたあの狡猾さはこの本に支えられてきたのだろう。
「いずれにしろ、残った四人の男たちは二つの道具を使って異民族を無事に追い払いました」
「追い払った後、その後四人はどうなったの?」
ガブリエラが尋ねる。
「ヴァーヴロヴァー候、あなたもご存知のようにナジャ法国の初代国王として記録に残っているのはたった一人です」
「……ということは」
「はい」
アダムの表情には、悲しそうな色が浮かんでいた。
「たった四人になってしまった彼らは、これ以上の争いを防ぐ道を選びました。三人が国を出て西に旅立ったのです。そうして残ったたった一人が、ナジャ法国初代国王として即位しました」
なんとなく、西に旅立ったという三人が何をしたのかがわかる気がした。
きっと、彼らは彼らで魔法を使って新たな国造りに励んだのだろう。
「それからのナジャの歴史は、ヴァーヴロヴァー候やカルラ殿もよく知っている通りです。王家が二つの道具を使うことは二度とありませんでした。そして初代国王は国境を閉ざし、外からの干渉を防いだのです」
ナジャ法国が、ヘリアンサスやシレーネと異なった文化を持っているのは、きっとその初代国王が様々な知識を授けたからなのだろう。
「で、イーラはその『英知の書』を盗み出したんだな」
「ええ、そうなんです」
剣の方は、啓太のように異世界から来た人物以外が降っても実力を発揮しないようにできているため、衆目にさらしても問題が無い。
ガブリエラが昔見たという記憶も本物だろう。
(それがどうしてヘリアンサスの武器屋に流れ着いたかは謎だが、あれをもし盗んだ泥棒がいても切れない剣なんて美術的価値しかないからな。適当なところに二束三文で売り払ってもおかしくない)
「さて、これであらかたの話は終わりましたね」
長々と語り終えたアダムは、そう言うと椅子に再び腰かけた。
「アダム、ありがとう」
そう言ってエレナ――ナジャ法国第一王女が立ち上がった。
「じゃあ、これからの話をしよっか」
***
決着がついてから二週間。
諸々の事後処理を無事に終えた啓太達は、アルコを発ってヘリアンサス王国との国境に向かった。
「ケータ、一旦お別れね」
「元気でやりなよ!」
はじめてナジャ法国に入った時に通った洞窟の入口で、啓太とティアはガブリエラとカルラからの別れの挨拶を受けていた。
元々エレナとアダムがこっそり使っていたこの洞窟は、これから両国の間の正式な通行ルートになると言う。
「まあ、俺たちはいったん国に変えるが、これからはもっと気軽に会えるさ」
エレナとティアが中心となって行われた事後処理で、法国は今回イーラ討伐に協力したヘリアンサス王国とシレーネ帝国に国境を開くことを約束した。
今後は、堂々と両国間を行き来できるはずだ。
「そうね」
そう言って、ガブリエラは優し気に微笑む。
前国王の、そして父親の仇であるイーラを捉えたことで、彼女の中で張りつめていたものもほぐされたようだ。
「二人とも、ここまで見送りありがとうな」
啓太は改めて、ガブリエラとカルラに礼を言った。
イーラの残党はあらかた倒しきったとはいえ、マルゴー大森林にはまだまだ危険が残っている可能性もある。
そのため、ガブリエラとカルラがそれぞれの兵力を率いて護衛を務めてくれていた。
「私からも、お礼を言うわ」
そう言って、ティアも小さく礼をした。
(ティアが正体を明かした瞬間のエレナ達の反応は面白かったな)
そんなティアの様子を見ながら、啓太は二週間前を少しだけ思い出す。
エレナもガブリエラもカルラも、まさかここまで最前線で身を粉にして働いていた少女が、ヘリアンサス王国の第一王女とは思わなかったのだろう。
貴族のガブリエラなど、一瞬泡を吹いて倒れるんじゃないかというぐらい驚いていた。
だが――
「ティア様もお元気で」
「ガブリエラ、『様』はやめてって言ったでしょ? くすぐったいわ」
「……ティアさんもお元気で」
「うん!」
なんだかんだ上手く収まったと言えるだろう。
「カルラも、そのうち王国に遊びに来てね! お世話になった分のお返しはさせてもらうわ」
「そうね、ティア」
カルラが呼称を変えないのは、彼女なりの気遣いなのだろう。
「じゃあ、行くわね。ケータ、挨拶を済ませたら馬車に乗っておいで」
そう言って、ティアは一足先に馬車の中に消えていった。
啓太への気遣いのつもりなのだろうか。彼女も成長しているのだ。
「ケータ、その……」
口を開いたガブリエラは、そのまま口ごもる。
それを見て察したカルラは小さく肩を竦めるとスッと距離を取った。
二人きりになったガブリエラは、大きく深呼吸を二つすると、意を決したように口を開いた。
「ケータ、私はあなたに謝らなきゃいけないわ」
「謝る?」
「ええ。あなたを奴隷として縛り付けていたことよ」
少し伏し目がちになりながら、そう言うガブリエラ。
彼女は彼女なりに葛藤があったのだろう。
「ガブリエラ、そんなこと気にする必要はないよ。ガブリエラは何も悪いことをしていない」
奴隷制はナジャ法国の文化だ。
それにいちいち口を出すほど啓太は野暮じゃない。
「でも――」
「それにな」
啓太は何かを言いたそうに口を開くガブリエラの言葉を制する。
「俺はシモンのところから救い出してもらって感謝しているぞ。俺を買ったのがガブリエラでよかったよ」
ガブリエラの屋敷で過ごした時間は決してつらいものではなかった。
むしろ、あの日々は啓太の中でも楽しい思い出として残っている。
「だから、な」
そう言って啓太はガブリエラの頭に手を置いた。
「また遊びに行かせてくれよ。家庭教師の仕事も残ってるしな」
その言葉を聞いたガブリエラの表情がぱぁっと明るくなる。
啓太の言葉に、目尻にうっすら涙を浮かべて、ガブリエラは満面の笑みで応えた。
「うんっ!」
啓太達を乗せた馬車が、懐かしのヘリアンサス王国に向けて走り出す。
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