46 『開戦』
「どういうことだ!」
ナジャ法国首都アルコ、その中心部にある王城には、朝からイーラの怒鳴り声が鳴り響いていた。
「おい、もう一度説明しろ!」
「は、はい」
報告のため謁見室に来ていた兵士が、跪いたままさらに頭を深々と下げてから口を開く。
「先ほど、ヘリアンサス王国とシレーネ帝国の連名で、宣戦布告の知らせが来ました。ちょうど一週間後、我が国に攻め込むとの旨が書かれております!」
「それを貸せ!」
兵士が読み上げていた羊皮紙をひったくるようにして奪うと、イーラは中身に目を通した。
(くそ、本当に宣戦布告と書いてある。正式な書類だな)
宣戦布告の通知書には、確かに正式な書式で具体的な日時や場所が記載されていた。
だが、いったいなぜ急に王国と帝国が手を組んだのか。
(あの二か国については、ある程度の情報収集をしてきた。少なくとも、軍事同盟を結んだという情報は入っていないはずだ)
隠密部隊から上がってきた最新の情報にも、両国の関係が悪化していると書かれていた。それが急に連名で宣戦布告と来たのだから、偽物である可能性が高いのではないか。
手紙の最後には両国君主の署名が書かれてはいるが、残念ながらイーラはこれまでどちらの署名も見たことが無いため、真偽の判断の助けにはならなかった。
「……内容はわかった。ご苦労だったな、もう下がれ」
「はい」
緊張で震えていた兵士は、逃げるように部屋を出ていった。
さて。
イーラは慎重な男だ。
どんな状況においても常に最悪のケースを考え、その回避策を用意し続けてきた。
それは法国の権力を握った今となっても変わらない。
「おい、来てくれ」
イーラは手を三回打つと、短くそれだけ言った。
「ここに」
いつの間にか、イーラの前に一人の男が跪いている。
法国隠密部隊所属の男だった。
「この手紙について聞きたい。既に内容は把握していると思うが、私はまだこれが本物だという確証を持っていない」
もし偽物の手紙に踊らされたとなれば、国家元首としての威信が低下してしまうだろう。
「その件については既に調査を開始しております」
「で、結果は?」
「はい。一週間ほど前、ヘリアンサス王国の王都ローサを帝国皇帝エーベルハルトが訪問しました」
「なんだって!?」
それは初耳である。いつの間に両国は君主同士が直接会談を行うほど接近したというのか。
「そして昨日、王国と帝国それぞれから大兵団が東に向かって進軍を開始したとの情報が入っております」
「んなっ……!」
これで宣戦布告が本物であることがはっきりとした。
どうやって両国が同盟を結んだのかは知らないが、両国揃って法国に攻め入ろうとしているのは事実だ。
「で、向こうの目的は何なんだ?」
「そちらについては現在調査中で判明しておりません」
手紙には何も理由が書かれていなかった。
大義名分が無い以上、これは純然たる侵略である可能性が高い。
侵略だとすると、理由は一つしかない。
(法国でクーデターが起きたことが漏れたな)
政権移行期には、国が不安定になるものだ。有史以来、現政権を倒した革命軍があっさり他国に滅ぼされた事例なぞ枚挙にいとまがない。
だからこそ、イーラは徹底した情報統制によってその事実を隠蔽したのだった。
それが漏れてしまえば、今が攻め時だと思われる。
(情報が漏れた理由はあれしかないだろうな)
一カ月ほど前に王国から侵入した、不法入国者たちだ。
結局マルゴー大森林の中で見失った彼らの行方は、ついぞ分からなかった。
必要な情報を入手してから、無事に王国に帰ったとすれば、宣戦布告の時期とも辻褄が合う。
(くそ、こんなことならもっと大々的に捜索すればよかった)
隠密部隊をフル稼働させていたとはいえ、相手にはとんでもない魔法の使い手がいたとも聞く。いっそ動かして大規模に捜索すべきだったのだろう。
「まあ、理由はこの際置いておこう。向こうが攻めて来るのなら、迎え撃つまでだ。両国の戦力はどれくらいなんだ?」
「目撃情報によると、王国軍が約二十万人、帝国軍が約三十万人の合計五十万人規模だそうです」
「ごじゅ……」
五十万人。それだけの大群が動いているということは、彼らは法国攻めに本気なのだ。
(今俺が直接動かせる兵力はせいぜい二十万人だな……。貴族共に召集をかけなきゃいけない)
イーラ直属でなくとも、国内にはイーラに協力的な貴族が沢山いる。それらの兵量を集めれば、数の上では互角に持ち込めるだろう。
そうなれば、守る側の方が有利となる。
「報告の内容は分かった」
イーラは深々と頷くと、一旦言葉を切る。
そのまま一呼吸おいてから、こう命じた。
「よし、緊急事態だ! 今すぐ全軍に召集を出せ! 貴族達にも兵を出させろ! 敵は西からくる。マルゴー大森林で迎え撃とうじゃないか!」
「はい!」
***
「報告します! イーラ率いる法国軍が、西へ進軍を開始しました!」
ナジャ法国、ヴァーヴロヴァー侯爵邸にやってきたレジスタンスの伝達員は、開口一番そう告げた。
「やったわね」
伝達員から細かい情報を含め色々聞きだしたカルラは振り返ると、そう言った。
現在、ガブリエラの屋敷にはガブリエラに加えカルラ、啓太そしてティアが集まっていた。
帝国と王国での仕事を終えた啓太達と、法国北部で勢力拡大に励んだカルラが合流した形だ。
ちなみに、ティアは王国に残るはずだったが、無理やりついて来ていた。
「法国軍の戦力はどれぐらいだって?」
「大体五十万くらいね。予想通りよ」
ガブリエラの協力もあり、事前にイーラ側の戦力の大部分は把握している。
五十万人という兵力は、想定通りだった。
「そのうち、本当にイーラに付き従って戦う気のあるものはどれくらいだ?」
「十万から二十万といったところかしら?」
ガブリエラが指折り数えながら答えた。
これも予想通りだ。
「ということは、作戦が順調にいけば俺たちが戦わずしてイーラ達の軍は自壊するわけだな」
啓太の言葉に、カルラとガブリエラが頷いた。
(うん、戦争は始まる前に勝敗が決まるとはよく言ったものだ)
現状、啓太達の方がイーラより二手も三手も先を言っているのは間違いない。
カルラ、ガブリエラの工作のおかげで、イーラ軍はその内部に半分以上者反乱分子を抱えている。
その上、王国と帝国による宣戦布告により国の西側に暫く釘付けになるだろう。
五十万もの大軍を一週間でそろえて国境線まで展開するのは、かなりの強行軍となる。
これから啓太達が行うこの作戦の
「念のためイーラ軍の同行は逐一報告させるけど、これで作戦を開始できそうね」
「そうだな、カルラ。イーラはどこに?」
「奴が前線に出るわけないでしょ。王城に引きこもってるわよ」
「それなら話が早いな」
有力な戦力をほとんど国境線上に釘付けにし、その間に首都アルコにいるイーラを捉える。
つまるところ、それが啓太達の作戦だった。
「ガブリエラのところにも召集は来たんだろ? 行かなくてよかったのか?」
「私はレジスタンスの討伐という命を継続していることになってるので」
そう言ってガブリエラはウィンクした。
「私の個人戦力として、一万の兵を集めたわ。これだけあれば王城の包囲も容易よ」
「ありがとう。今回の作戦の一番の肝は、ガブリエラの戦力だからな」
いくら兵力を分断しても、用心深いイーラのことだ。自分の身を守るだけの戦力は手元に残しておくはずだ。
そこを突破しなければ、勝機は無い。
「ねえねえ、私は? 私もイーラ軍をけちょんけちょんにするわよ!」
無理やりついてきたこともあり、中々ここ最近の話し合いに入れていないティアが、ここぞとばかりに主張した。
「はいはい。ティアもすごく頼りにしてるぞ」
実際、イーラの手元には隠密部隊のような一騎当千の強者がいる。そこを突破するためには、やはりこちらも一騎当千のティアの力が必要だった。
そう言う意味では、ティアがここまでついて来てくれたのは良かったのかもしれない。
「そう言えば、アダムとエレナからは何か報告が来ているか?」
啓太の質問に、カルラは首を横に振った。
「一度だけ、『全て順調なので作戦は予定通り進めてくれ』という知らせが来たのだけど、それっきりね」
作戦の最後の詰め、新たな女王候補の捜索はアダムとエレナに一任している。
そこが掛けてしまっては、政権交代がうまくいかなくなるかもしれなかった。
「まあ、エレナがそう言うんならそうなんじゃない? どうせあの二人の出番は私達がイーラを捕まえた後なんでしょ? その時になってから考えればいいのよ!」
「……そうだな」
ティアもたまにはいいことを言う。
あまりやきもきしても仕方が無いし、ここは二人を信じるしかないだろう。
ティアは色々と抜けているところもあるが、不思議と人を見る目だけはあるのだ。
「ケータ、大丈夫かしら?」
啓太の心の中を見透かしたように、カルラが尋ねて来た。
「ああ、もちろんだよ」
「そう。じゃあ、いよいよね」
カルラの言葉に、室内にいた全員が頷いた。
「ここからは失敗が許されないわよ」
「ガブリエラこそ、私の足を引っ張らないでよね!」
「ほらほら、二人とも喧嘩しないの。これから一緒に轡を並べることになるのよ」
ティアとガブリエラによる相変わらずの応酬を、カルラが止めた。
なんだかんだ、この三人もいいチームになってきた。
「よし、それなら出発しようか!」
「「「ええ!」」」
啓太の言葉に、三人がこぶしを突き上げる。
敵はアルコにあり、だ。
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