45 『ローサ会談』
ヘリアンサス王国首都ローサには、普段固く閉ざされている正門がある。
三階建てのビルほどの高さがある城壁を貫く頑丈な鉄の門は、普段開放しておくには大きすぎるため、そのすぐわきに作られた小さな通用門が通常街への出入りに使われていた。
その日、正門が百年ぶりに解放された。
「うーん、すごいわね! あの門が空いたところなんて私どころか父上も見たことが無いはずよ!」
正門から王宮へまっすぐ続く目抜き通り、その脇に立ちながらティアが目をキラキラさせていった。
「あれだけ大きな門が開くと、解放感がすごいな」
「街の外が良く見えますね」
ティアとは反対側に立つクロエが、王都から続く田園地帯を見ようと首を伸ばした。
王都の目抜き通りは、正門をくぐるとそのまま街道となりまっすぐに田園地帯に吸い込まれていった。
こちらの世界に来てから何度も王都に来ている啓太にとっても、この光景は真新しいものだった。
「それにしてもすごい人だな」
「そりゃそうよ! 百年ぶりに王都に国賓が来るのよ」
目抜き通りの左右は人だかりに埋め尽くされていた。
皆、首を長くして正門の外を窺っている。来る来客を首を長くして待っているのだ。
「人が多すぎて、よく見えませんね」
一生懸命に背伸びをしながら、クロエが口をとがらせる。
確かに、クロエの身長ではあまり人だかりの先が見えないのだろう。
「そう言えばケータ、シルヴィは何処に行ったの?」
「ああ、シルヴィならラグランジュ商会に行ったぞ。なんでも目抜き通りを見下ろせる建物を商会が持っているらしく、そこから見物するらしい」
「ずるいです! 私も行きたかったです!」
珍しく、クロエが声を張り上げた。
「確かに、シルヴィだけ特等席なんて許しがたいわね。ケータ、私達もそっちに行くわよ!」
「いや、良いだろ別に。どうせ、後でもっと近くから見られるぞ」
「それはそれ、これはこれなんです!」
普段こういう時に駄々をこねるのはティアの担当だが、今日はクロエも引き下がらない。
(攻撃力倍増だな)
流石に今から人込みをかき分けてシルヴィと合流するのは非現実的だと言おうと、啓太が口を開きかけた時。
「おー! 来たぞ!」
「見えてきましたわ!」
正門に近い方の人込みから歓声が上がった。
「どうやら、来たみたいだな」
人ごみの頭越し、正門から続く道の先に黒い影が見え始めた。
ぼんやりしていた影たちは王都に近づくたびに形がはっきりとし、それが数台の馬車と百人以上もの騎士であることが見て取れるようになってきた。
「あの馬車の中に、皇帝がいるのか」
「ずいぶんと大人数で来たのね」
「皇帝が他国に行くんだぞ? 今は友好的とはいえかつては対立していたんだ。あれくらいの警備は当然だろう」
王女なのにいつも単身他国に乗り込むティアの方が異常なのは、言うまでもない。
帝国一行は完璧に整えられた隊列のまま正門をくぐると、そのまま目抜き通りを進み始めた。
王都民でごった返す通りでの安全のためなのか、それとも帝国の威信をアピールするためなのかは分からないが、非常にゆっくりとした行軍だ。
「きゃー! 今窓から皇帝陛下のお顔が見えたわよ!」
「俺なんて皇帝と目があったぞ!」
めったにない王都への来客に、住民たちはまさにお祭り騒ぎである。
(それにしても、皇帝エーベルハルト・ゲラルト・ファイト・ライストか。すごい人気だな)
下手したら国王ヘリオスよりも人気があるんじゃないかと邪推してしまうほどの騒がれっぷりだった。こうなった原因が、しばらく前から王都に流れた『皇帝はイケメン』という噂なのは間違いないだろう。
(イケメンなら仕方ないな)
啓太は、心の中であの人のよさそうなヘリオスの顔を思い浮かべて合掌した。
「ケータ、ケータ! 全然見えないわ! 肩車してちょうだい!」
「わ、私もお願いします!」
啓太の両腕が、ティアとクロエに引っ張られた。
「二人とも隊列見物もいいけど、皇帝陛下が到着する前に王宮に戻った方がいいんじゃないか?」
「……そうね」
「……はい」
わかりやすくしょんぼりするティアとクロエの表情に少し罪悪感を覚えてしまった。
しかし、クロエはともかくティアは今回ホスト側だ。客より遅れて到着するわけにはいかないだろう。
心を鬼にした啓太に促され、ティアとクロエは王宮に向かうために人込みをかき分け始めた。
***
「この度は、貴国へのお招きに感謝する」
王宮に到着し会談の会場に通されたエーベルハルトは、開口一番そう言って深々と頭を下げた。
「これはこれは皇帝殿、丁寧なあいさつありがとう。こちらこそ、遠い所からわざわざ来ていただき感謝している」
そう言ってほほ笑みかけるヘリオスに、皇帝の鋭い蒼い眼も少し緩んだ。
「どうぞ、お気軽にエーベルハルトと呼んでくれ」
「わかった、エーベルハルト殿。会談前に、今回の会議への同席者を紹介したいのだが、良いかな?」
「勿論だ。とはいえ、全員うちの宰相とは面識があるし、私も話は聞いているよ」
そう言いながら、エーベルハルトの視線は啓太とティアを捉えた。
啓太達こそ以前帝国の計画をつぶした張本人なので、しっかり覚えられているらしい。
「それなら話が早いな。早速会談を始めようか」
ヘリオスはそう言って、部屋の中央に置かれた円卓を指し示した。
「そうだな。時間を無駄にしない姿勢は共感するぞ」
そう言うと、エーベルハルトはプレディガーを伴って指定された席に着いた。
啓太達も、同様に卓の前に座る。
ヘリアンサス王国からは国王ヘリオスⅡ世と第一王女ティア、それに加えて啓太、クロエ、シルヴィが。
シレーネ帝国からは皇帝エーベルハルトと宰相プレディガーが。
ここに、歴史上はじめての両国による会談――のちにローサ会談と呼ばれる――が幕を開けた。
「早速だが、まずは私が今日ここに来た理由を説明させてほしい」
最初に口を開いたのはエーベルハルトだった。
「勿論、今回の法国に対する作戦について最終合意をしたいというのが一番大きな理由だ。だが、他にも目的がある」
「ほう、何かな?」
ヘリオスが、興味深そうに身を乗り出した。
エーベルハルトがいきなり切り込んできたのは、啓太にとっても意外だった。
プレディガーと啓太達の間でほぼ話がついていた案件について話すためだけに、わざわざヘリアンサスまで来たとは思わない。間違いなく裏に何か他の目的があるはずだ。
(だが、それを最初から切り出すとはな)
エーベルハルトは前回の一件では辛酸を舐めただけに、今回は話の主導権を握りに来たようだった。
「こちらにいるティア殿下とケータ殿に提案してもらった自由貿易のおかげで、我が国の経済には前向きな風が吹いている」
啓太とティアの方をちらりと見ながら、エーベルハルトは話を続けた。
「それに、今回の作戦だ。私は、これを共同でやる事には大きな意味があると思う」
「両国の関係をより強固にするということかね?」
「その通りだ」
ヘリオスの言葉に、エーベルハルトは大きく頷いた。
「私は、この機会により両国の経済がより広範に連携できればと思っているのだ」
そう言った皇帝は、まっすぐに啓太の方をみて目くばせした。
(なるほど、どこまでも食えない奴だな)
流石大国シレーネ帝国の皇帝、転んでもただでは起きない。
前回啓太達にいいようにやられた意趣返しにと、今回は啓太達の一歩先を見せてきた。
(確かに、そこまで考えては無かったな)
元々今回の法国に対する作戦は捕らわれたミアレ村の住人を救うためだった。
それがガブリエラやカルラを巻き込んだことによっていつの間にか、帝国で起きたクーデター事件の解決が要件に加わった。
自体が複雑化したことによって視野が狭まったと言えばそれまでだが、啓太にとっては今回の帝国と王国のタッグもイーラを倒すための軍事同盟の面しか考えてなかったのだ。
エーベルハルトはその先、両国関係が良好になった上でどのように経済で協働の効果を生み出すのかを考えている。
(負けたよ)
心の中でそう呟いて肩をすくめた啓太を見て、心なしかエーベルハルトの頬が少し緩んだ気がした。
そこからの会談は、順調に進行した。
既にプレディガーとある程度は作戦をすり合わせていたが、両国の君主も入ることによって作戦がより深化していく。
「ヘリオス殿、この『攻めるフリ』というところだが、いっそ同盟を組んで宣戦布告してみてはどうだろう」
「エーベルハルト殿の発想力は流石だな。確かにその方がイーラに与えるプレッシャーが大きくなるだろうな」
「エーベルハルト殿、この機会にいっそ共同で軍の演習を行ってはどうだろうか」
「その案、素晴らしいな。是非やろう」
「そんなことがあったのか。いや、私も若いころは苦労が色々あってな」
「確かヘリオス殿も即位したときは私くらいの年齢だったな」
「それで私が言ってやったんだ。『いや、お前裏切ってるだろ』って」
「ははははは! エーベルハルト殿には全部お見通しだったんだな」
……段々話が逸れたような気がしないでもないが、とにかく会談は大成功だった。
会談が終わるころには椅子を並べてお互いの苦労話を語っていた両君主は、最後にナジャ法国に対する宣戦布告の通知と経済に関するより広範な協力体制構築の共同宣言に署名した。
「これで全部上手く行きそうだな。ヘリオス殿、良い会談をありがとう」
「何を言ってるんだエーベルハルト殿。さあ、さっきの話の続きを聞かせてくれ。私の部屋に年代物の葡萄酒があるからそれを飲みながら、な」
「断る理由が無いな。ユリアン、後は任せたぞ!」
「ケータ殿、細かい所はプレディガー殿と詰めてくれ!」
いつの間にか打ち解けた両君主は、それだけ言い残すと肩を組んで部屋から出ていった。
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