42 『懐かしの王都』
レプト中心部にある集会施設。
街が成立した時に建てられたこの歴史ある建物は、これまで主に街の重要な会議や要人の接待に使われてきた。
その建物の二階に設けられた会議室で、啓太達はプレディガーと机を囲んでいた。
「久しぶりだな、プレディガー」
「ケータ殿こそ。まさかこんなところで会うとはな」
最後にあったのは、オロンの街近くの砦で
その時を思い出したのか、プレディガーはちらりとティアに視線を移した。
「ティア殿下も、相変わらず飛び回っているようだな」
「えへへ、ぶい!」
ティアは、満面の笑みでピースサインを作った。謎に得意気だ。
(いや、褒められてないと思うが)
ティアがご機嫌なので、深くは突っ込まないことにした。
「それで、いったいどうしてこの街へ来たんだ? ここは帝国でも東のはずれだぞ」
軽い挨拶が終わり、プレディガーが本題を切り出した。
(さて、正直に言っていいものか)
これはヘリアンサスとナジャの問題であるため、そうやすやすと帝国に伝えていいものではない気がする。
だが一方で、帝国の協力が得られればかなり心強いのも事実だ。
啓太が仲間たちを見回すと、皆一様に頷いた。
帝国がヘリアンサスの友好国となった今、話してしまっても問題ないということだろう。
「実は――」
啓太達は、王国を出発してからの出来事をかいつまんでプレディガーに話して聞かせた。
クロエが住んでいたミアレ村の住人が消えたこと、どうやらナジャ法国に捕まっていること、ナジャ法国では奴隷商シモンに支えられたイーラがクーデターを起こしたこと。
「――というわけで、我々は法国に捕らえられた王国民を救うためにも戦力を集めている所なんです」
一気にすべてを語り終えた啓太は、そこで一息ついた。
「ふむ、なるほどな」
話を聞き終えたプレディガーは椅子に深く座りなおすと、大きく息を吐いた。
そのまま腕を組んで考え込んでいる様子を見るに、今聞いた内容を咀嚼しているのだろう。
「ケータ殿達は既に気付いていると思うが、我々はかつてマンサール子爵を味方に取り込もうとしていた時期があった」
「まんさーる……、ああ! あいつね!」
一拍置いてから、ティアが思い出したようにぽんと手を打つ。
ティア一人にぼこぼこにされた挙句、国外追放されたあの領主のことをすっかり忘れていたらしい。
「我々は彼を支援しつつ監視もしていたのだが、ある時を境にごっそり領民が減ったんだよ」
「それって……」
「おそらくそのシモンとかいう奴隷商に売ったんだろうな。実は、同じような事件は帝国内でもちょこちょこ起きてる」
そう言ったプレディガーの表情は、苦々しげだった。
「あいつ、帝国にも手を広げていたのか」
「ああ、東の方の村でかなりの民が消えているという。今回私がレプトに来たのも、この事件の調査が目的なんだよ」
そう言うと、プレディガーは立ち上がった。
「よし! 今回の件、帝国としても協力しよう」
「本当!?」
「この件は他人事じゃあない。それに、我々にもメリットが沢山あるからな」
プレディガーはそう言ってにやりと笑った。
帝国が今回の一件に噛むことにあ、大きく三つのメリットが存在する。
一つ目は、捕らえられた自国民の奪還。これにより、皇帝の求心力も増すだろう。
二つ目は、閉ざされていた法国の国境を開くことにより、帝国からの輸出販路が開ける可能性がある事。
そして三つ目は――
「なにより、せっかく友好関係を結んだヘリアンサス王国とシレーネ帝国による協働作戦となる。両国の関係をより密にするいい機会だな」
***
翌朝、啓太達は久しぶりの馬車に揺られてレプトの街を出発した。
あの後、啓太達は夜中までプレディガーと作戦の詳細を詰めた。
帝国が協力してくれることになったため、かなり有利に事を進められそうだ。
その結果を携えて、啓太達は懐かしのヘリアンサス王国王都ローサに向かっていた。
「それにしても、プレディガーは太っ腹よね! こんな立派な馬車を貸してくれるなんて!」
車窓を眺めながら、ティアが楽しそうに言った。
王都に戻る啓太達に、プレディガーは街で一番豪華な馬車を貸してくれた。
二頭立ての馬にひかれた馬車はしっかりクッションの聞いた座席が据え付けられており、ガブリエラの所有する馬車に比べてもそん色ない程の乗り心地である。
(そりゃ、他国とはいえ王位継承順位一位の王女だからな。これくらいの待遇はするだろうが)
最近野宿をしすぎたからなのか、すっかり王女としての自覚が失われているティアだった。
「二頭立の馬車は流石に速いですね!」
ティアとは反対側の窓から外を眺めながら、シルヴィが興奮した声を出した。
言われてみると確かに、景色の流れるスピードが心なしか速い気がする。
どうやら馬車を引く馬も、かなり訓練された優秀なのを見繕ってくれたようだ。
「このスピードならあっという間に王都につきそうだな」
「オロンの街まで二日、そこから王都までは一日といったところでしょうか」
レプトの街で購入した帝国の地図を眺めながら、クロエがそう言った。
「途中小さな町や村がいくつもあるので、今日も宿屋に泊まれそうですね」
「本当!?」
宿屋という単語に、ティアが食いついた。よっぽど昨晩久しぶりにベッドで寝たことが嬉しかったのだろう。
「ここから先はずっと大きな街道沿いに進むし、これまでよりずっと楽な旅になりそうだな」
そんなこんなでレプトを出発して三日目の夕方。
ついに、地平線に懐かしの王都が見えてきた。
「ティア! もう着くぞ」
「うーん、むにゃむにゃ……」
旅の疲れでぐっすりと眠りこんでいるティアの肩をゆすると、ティアは目をこすりながら起き上がった。
「ほら、あそこ。王都の城壁が見えるぞ」
寝ぼけ眼のままぼんやりと窓の外を眺めるティア。
ややあって、半開きだった目が見開かれた。
「本当ね、ケータ! ついについたわね!」
「うわぁ、懐かしいですね!」
ティアの横で窓から顔を出したクロエも、歓声を上げた。
いつの間にか最後に王都を出発してから約一カ月が経過していた。まさかここまで長い旅になるとは、啓太ですら思ってなかったことだ。
……それよりも。
「ティア、大丈夫なのか?」
「何が?」
窓から視線を外したティアは、きょとんとした表情になった。
「いくら何でも、流石に一カ月も旅から戻らなかったら心配してるんじゃないか?」
啓太の言葉を聞いたティアの顔が、みるみると青ざめていった。
「ああっ! どうしましょう! お父様、きっと怒ってるわ……」
ティアはそのまま頭を抱え込んでうずくまってしまった。
「実は、そもそも旅に出ることすら言ってなかったのよ」
「嘘だろ!?」
ということは、一国の王女が無断で一カ月いなくなっていたことになる。
なんというか、それはものすごくまずい気がした。
「だって、こんなに長旅になるとは思ってなかったのよ!? それに、もしお父様に正直に言っていたら絶対引き留められていたわ」
「それはそうだが……。まあ、今回ばかりは諦めて怒られるしかないな。どうせ協力を得るには全て話すしかないし」
「そんなっ!」
ふやけた最中のように崩れ落ちたティアを乗せた馬車は、そのまますべるように王都に入っていった。
***
「ティア様!?」
馬車から降りてきたティアの顔を見た瞬間、王宮の門番たちの顔に驚愕の色が浮かんだ。
「おい! 急いで陛下に知らせろ! ティア様が帰って来たぞ!」
「あと、ギュスターヴ殿にもだ! 今すぐ国中に散らばっている捜索隊を引き上げさせろ!」
「さあ、ティア様は直ぐに謁見室へ行ってください! 陛下がすぐに行きますから!」
王宮の衛兵たちがそう言ってせわしなく走り回るのを見て、ティアの顔がさらに青ざめた。
話を聞く限り、見事に行方不明扱いになっていたようだ。
(ギュスターヴ、すまん。お前にだけでもこっそり伝えておくべきだったな)
啓太は、心の中であの気の良い近衛兵団団長に謝罪した。
「さあ、皆さんも! 至急謁見室へ!」
急かす衛兵たちの真に迫った迫力に気圧され、啓太達は半ば転がるようにして謁見室に入った。
「ケータ殿! 久しぶりだな!」
「ギュスターヴ!」
まだ国王が到着していない衛兵室では、鎧を着こんだギュスターヴが待機していた。
啓太の姿を見つけて、手をブンブン振っている。
「ティア様もよくご無事で! 陛下も毎日心を痛めておりましたよ!」
ティアの顔が、さらにバツの悪そうなものに変わった。
「そ、そうね。結構大ごとになっていたみたいね」
「そりゃあそうですよ! 慌てた陛下の命令で、我々も皆ティア様の捜索に駆り出されましたから」
「うっ」
わざとなのか、ギュスターヴの言葉はさらにティアを追い詰めた。
今やティアは一回り小さくなったかのようにしょんぼりしている。
「さあ、陛下が来ますぞ!」
ギュスターヴの合図で、謁見室奥の扉が開く。
逆光の中、ゆったりしたローブを身にまとって立つのは、国王ヘリオスⅡ世その人だった。
「陛下!」
流れるような動きで、ニーナが跪く。啓太達も、それに倣って傅いた。
一カ月も無断で王女を連れまわしたのだ。いくら温厚なヘリオスとはいえ、何か罰を申し渡されるかもしれない。
「ティア……」
国王の声は、わなわなと震えていた。逆光で表情は見えないが――
(怒りを抑えきれない、という感じだな)
「お父様! 聞いてください! これには訳が――」
「そんなことはどうでもいい!」
慌てて言い訳するティアの言葉ヘリオスが大声で遮った。
そのまま、つかつかと啓太達の近くまで歩み寄って来る。
「お父様、ケータ達は関係――」
「ティア! ああ、もう会いたかったぞ! 一カ月もいなくてパパはすっごく心配したんだからな!」
「……お父様?」
啓太が顔を上げると、顔をくしゃくしゃにしながらなりふり構わずティアに抱き着くヘリオスの姿が目に入った。
(国王、威厳ねぇええええええ!)
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