41 『再びの帝国』
「これよ!」
呼ばれたところに行くと、ティアは得意げに掌に乗せたものを見せつけてきた。
「……硬貨でしょうか? 大分古そうですね」
シルヴィが首をひねる。
ティアの掌の中で青白いに照らされているのは、小さなコインだった。
ぱっと見ずいぶんと古ぼけ黒ずんでいるように見える。
「どこで見つけたんだ?」
「ここよ! ここに落ちていたの」
そう言ってティアは、足元を指さした。
地面には、少しだけ掘り返されたような跡がある。
「ちょうど私達がここを歩いたときに地面がキラッと光ったの」
「ティア様はさすがでした!」
コインを発見した興奮が冷めていないのか、クロエの口調は熱を帯びている。
「まあ私の観察眼にかかればこんなものよ!」
「はいはい、すごいな」
腰に手を当てどや顔をするティアの頭を撫でてから、啓太は手を差し出した。
「ちょっとその硬貨を見せてくれないか?」
「いいわよ」
啓太は受け取ったコインをしげしげと眺めた。
鈍い銀色のそれは、扱いが雑だったのか全体的に歪んでいる。
中央には女性の横顔が型押しされており、その周囲には文字が――
(っ! これはアルファベットか!)
一部読めない文字もあるが、文字の大部分はアルファベットで構成されていた。
「皆、このコインを見たことあるか?」
「うーん、王国ではこんな古ぼけたコインは使っていないわね」
「私もいろんな国で取引をしてきましたが、こんなコインは見たことが無いですね」
ティアに続いて、一番知っていそうだったシルヴィも首を横に振った。
ニーナとクロエの方を見ると、二人とも無言で首を振っている。
「ナジャ法国のコインである可能性はどうだ?」
「うーん、違うと思います。レジスタンスの拠点で、カルラにこの国のお金を見せてもらいましたがこんな柄じゃなかったです」
行商人出身だけあり、シルヴィはしっかりナジャの貨幣事情もしっかり把握しているようだった。
「もっと昔の硬貨?」
「ニーナ、確かにその線もあると思う。だけど、俺は別の可能性もあるんじゃないかと思ってる」
「別の可能性?」
ティアが首を傾げた。
「このコインは、俺が元いた世界のものかもしれない」
「そうなんですか!?」
クロエが驚きの声を上げた。
「ケータ、どういうこと?」
「この縁の文字を見てくれ。この文字は、俺の元いた世界で使われていたものなんだ」
「確かに、見たことない文字ですね」
コインの裏表をまじまじと見ていたシルヴィがそう言った。
「ということは、また賢者が召喚されたということ?」
「それは違うかもしれないな。このコインはものすごく古いだろ? きっとこの世界に召喚されたのはずっと昔だと思う」
最初は銀色に輝いていたコインが土に埋まり、ここまで黒ずむのにどれくらいの年月が必要なのだろう。
いつからこの洞窟は入り口を閉じていたのだろう。
「俺とシルヴィは向こうの壁に線が沢山刻まれているのを見つけた」
「線?」
ティアが訝し気な顔をする。
「ああ。まるで何かを指折り数えるようにな」
「こんな洞窟の中で数えるものなんて――あっ」
途中まで言いかけて、クロエは何かに気が付いたような声を上げた。
「日数、ですね」
「恐らくな。実際何があったかは分からないが、俺のいた世界から来た奴はこの洞窟の中に閉じこもる必要があったのだろう」
何かに追われていたのか、それとも単純に山の中で遭難してしまい、助けが来るのを待っていたのか。
真実はもはや闇の中だが、この時代よりもはるか前にこの世界に召喚された地球人がいたのは確かなようだった。
***
幸いなことに、吹雪は夜のうちに止んでくれた。
翌朝洞窟を出た啓太達は、快晴の山脈を快調に進み、何事も無く昼過ぎには山頂にたどり着いた。
「恐らくここが国境線ね!」
ようやくたどり着いた山頂を走り回りながら、ティアが楽しそうに言う。
さっきまで上ってきた方角からは山のふもとから広がる広大な森林地帯が、帝国側には森と平坦な田園地帯が交互に点在する光景が見える。
「どうやら無事に法国を脱出できたようだな。ニーナ、追っ手はいそうか?」
「大丈夫。気配はない」
ニーナはそう言って、小さく頷いた。
元々イーラによる追っ手を警戒して慎重に進んできた啓太達だが、山に入ってからは登山に意識を取られ追跡に気を張っていたとは言えない。
それでも幸いなことに、昨日の吹雪のおかげでふもとからの足跡はきっちり消えており、ここまでくれば追跡の心配はほぼないと言っていいだろう。
「ほらティア! ひととおり満喫したら山を下りるぞ。日が暮れるまでにはふもとにたどりつきたい」
「はーい!」
雪にダイブして空を眺めていたティアは、右手を高々と上げて元気な返事をよこした。
下山は上りと比べてはるかに楽だった。
帝国側は法国側に比べて雪があまり深くなく、山頂から少し下ったところで地面が固い土に切り替わった。
「んー! ナジャ法国とは匂いが違うわね!」
鼻を突き出して空気の匂いを嗅ぎながら、ティアは先頭を軽やかな足取りで歩く。
マルゴー大森林とは異なり、帝国側の山道は広葉樹や下草が豊かに茂っており、土と植物の混ざったような青臭い匂いが鼻孔をくすぐった。
そんな山道を半ばピクニックのような気分で下った啓太達は、西の空がほんのり色づいた頃には無事山のふもとまでたどり着いた。
「やっと山を抜けましたね!」
ふもとに降り立ったクロエはそう言うと、ぐっと体を伸ばした。
ティアとシルヴィもその横で伸びている。
「なんだかんだ何日も森の中か山の中にいたからな」
ガブリエラの屋敷を出発したのがずいぶん昔に感じられる。
久しぶりに見る地平線まで続くような平坦な田園地帯は、確かな解放感をもたらしてくれた。
「今夜は久しぶりに暖かいものを食べたいわね。さすがに干し肉だらけの生活は飽きたわ」
「近くに街があればいいんだけどな。帝国内の地図は持っていないから分からないな」
出発前にカルラにも確認したが、残念ながら帝国内の地図は手に入らなかった。
法国と違ってヘリアンサス王国との間で国境を閉ざしているわけではないので、街さえ見つけられれば堂々と地図を購入できる。
「今日は一旦休んで、明日は街を探そう。田園地帯とはいえ農家はいるはずだから、聞き込みをすれば何とかなるだろう」
啓太達は、日が沈む前に夜営に適した草原を見つけ、そこで夜を明かした。
翌朝、日が昇るのと同時に目覚めた啓太達は、見かけた人に聞き込みをしながら田園地帯を進んでいった。
聞き込み担当は、一番外面のよさそうなティアだ。
「すみません、この近くに村や街は無いですか?」
「お前さん達、見かけない顔だな。この道をまっすぐ進んだところにレプトって街があるよ」
「ありがとう!おじいちゃん!」
そんなこんなで、日がてっぺんを越えた時には地平線にレプトの城壁が見えてきた。
「あれがレプトか」
「けっこう大きい街ね!」
高々とした茶色い城壁に囲まれた町は、前に見たオロンの街より一回り程大きそうだ。
「レプトは確か、帝国東部で一番大きな街だったと思います。商業が盛んで、賑やかな街だそうですよ」
メンバーで唯一帝国の事情に通じているシルヴィがそう言った。
「さあ、そうとわかれば早く街に入るわよ! 今夜は久しぶりにふかふかのベットで寝たいわ!」
シルヴィの言葉に、ティアが目を輝かせた。
「そうだな! 今日くらいは思う存分ゆっくり休んでも問題ないだろう!」
「はい、ケータさん! 今夜は飲みましょう!」
クロエも目をキラキラさせる。
まあ、酒は勘弁してほしいが……
「早く行こう」
「さあ! さあ!」
ニーナとシルヴィにもせかされ、啓太達は一路レプトの城門を目指した。
***
「駄目だな。申し訳ないが今は街に入ることは許可できない」
街に入るための荷物検査。
門番の役人は、非常にも啓太達にそう告げた。
「どうしてよ! 私達、何にも怪しいものは持っていないわよ!」
まさかの事態に、ティアが悲鳴を上げた。
怪しいものを持っていないどころか徒歩で来た啓太達に密輸の疑いがかかるとは考えづらい。
「いや、普段は問題ないんだが、昨日東の山脈から不法入国した連中がいたんだよ」
「っ!」
啓太達は、思わず顔を見合わせた。
確かに帝国と法国の間の国境は閉ざされているため、法国側から入ってきた場合は不法入国になってしまう。
不法入国者の捜索で、一時的に警戒レベルが上がったのだろう。
「だから今は通行手形が無い連中は街に入れられないんだよ」
「そんなぁ……」
ティアが、がっくりと肩を落とした。
街に入れなければ、ふかふかのベッドも温かい食事も手に入らない。
「何とかならないんですか?」
シルヴィがダメもとで聞くも、門番は困ったような顔をした。
「うーん……、こればっかりはな。不法入国者が捕まったらまた来てくれよ」
その不法入国者の正体は啓太達なので、いずれにしろほとぼりが冷めるまでは街に入れないということだろう。
(ケータ、ケータ! もういっそ、私の正体バラしちゃう? 流石に今日も野宿なんていやよ)
(それはまずいだろ! どうしてここにいるか説明できない)
(それはそうだけど……)
啓太とティアが声を潜めて話していると、門番はブンブンと手を振った。
「さあ、行った行った! 今日はこの後、中央のお偉いさんが来るんだから忙しいんだよ!」
門番はそう言いながら啓太達を追い立てた。
「仕方ないですね。一旦外に出ましょうか」
「そうだな、シルヴィ」
シルヴィの顔にも、残念そうな表情が浮かんでいた。
街に入れないんじゃどうしようもない。啓太達は、踵を返すと城門から外に出た。
残念ながら、今日も野宿が決定したようだ。
「残念だったな。さて、これからどうしようか――」
そこまで言って、啓太は口をつぐんだ。
城門から続く道。
その道の先から、隊列を組んだ騎士達が城門に向かってくるのが目に入った。
あれが門番の言っていた『お偉いさん』なのだろう。
そして、その中央にいるのは――
「プレディガー!」
帝国宰相、ユリアンプレディガーその人だった。
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