30 『法国の秘密』

 アダムとニーナが見つめる方角から、闇から溶け出したような一団が出てきた。

 全員が揃いの仮面にローブをつけ、帯剣している。

 

 (……どう見ても盗賊って雰囲気じゃなさそうだな)


 不気味なほど統率された動きで距離を詰めて来る集団の動きは、明らかに訓練されたものだった。


 「ティア! クロエ! シルヴィ! 気をつけろ!」

 「ええ! わかってるわ」

 「は、はい!」

 「はい!」


 警戒を呼びかけられたティア達が立ち上がった。クロエとシルヴィは、念のために持たせた剣の柄に手を置いている。


 「お前ら、誰だ!」

 「……」


 大声で集団に呼びかけてみるが、答えは無い。


 「ケータさん、気を付けてください! 奴らは強いです」


 さらに声を掛けようとした啓太を、アダムが引き留めた。


 「アダム、何か知っているのか?」

 

 説明している時間が無いため、アダムは無言で頷く。 


 「クロエとシルヴィは下がってエレナを守ってやれ」

 「「はい!」」


 啓太は視界の端で、剣を抜いたクロエとシルヴィがエレナの前に庇うようにして立つのを確認した。


 「来る……!」


 ニーナが言うのと同時に、これまでじりじりと距離を詰めていた集団が駆けだした。


 (あの人数で来られるとヤバいな……)


 両脇でアダムとニーナが剣を抜く気配を感じ、啓太も剣を抜いた。


 「……!?」


 啓太の抜いた剣を見て、ぴたりと集団の足が止まる。

 暗い夜の闇の中において眩しいばかりの青白い光を放つ刀身は、なるほど警戒に値するものだろう。


 「これ以上近づいたら斬るぞ!」

 

 啓太は切っ先を集団に向けてゆっくりと揺らしながら、声を張り上げた。


 (実際は羊皮紙一枚切れないような鈍らだけど、ハッタリに使う分には便利だな)


 見た目だけなら脅しの効果は十分。いい買い物をしたようだ。


 じりっ。

 啓太の剣を警戒し、集団が少し後ずさった。それに合わせて、啓太も少しずつ前に出ていく。


 じりっ、じりっ――


 「ケータ! 危ない!」

 「うおっ!」


 ティアの叫びを聞いて、啓太はとっさに身をかがめた。


 ヒュン――

 頭の上ギリギリを、風切り音が通過していく。


 (あぶねぇえええええ! 弓矢は卑怯だろ!)


 どうやら接近戦は危険だと判断した襲撃者側が、矢を射かけたようだった。

 身をかがめるのが少し遅かったら、どうなっていたことやら。

 恐ろしさで、背中がじんわりと汗ばむ。


 「また来ます! 気を付けてください!」

 「ああ、わかってる!」


 アダムの言う通り、すでに集団の内半分は剣を弓に持ち替えており、ぎりぎりと弦を引き絞り始めていた。。

 先ほど啓太が矢をよけたのを見て、遠距離攻撃が有効だと確信したのだろう。


 (来る……!)


 一斉に弦をはじく音が、啓太の所まで届いたような気がした。

 それに続き、風切り音を伴いながら大量の矢がスローモーションで降り注ぐ光景が――


 「『アウラ』!」


 ティアの詠唱とともに、啓太の頭上を暴風が駆け抜けた。

 大量の矢は、まとめて遥か彼方まで吹き飛ばされたようだ。


 「ちょっと! ケータを狙うなんて、許せないわ!」


 ぷりぷり怒りながら、ティアは掌を突き出したまま一歩前に出た。

 さすが啓太陣営の火力担当。こういう場面ではとても頼りになる。


 「ケータ、こいつら吹き飛ばしていい?」

 「あ、ああ、頼む。だが、できれば正体を知りたいから死なない程度にな」

 「わかったわ」


 小気味よく返事をすると、再びティアの掌に空気が渦巻き始めた。


 その光景を見て、じりじりと仮面の集団が後退していく。

 先ほど矢をまとめて吹き飛ばした暴風を見て、ティアとの実力差を図りかねているようだった。


 「それじゃあ、行くわよ! 『アウラ』!」

 「……!」


 ティアの掌から、先ほどよりもはるかに強烈な風が放たれた。

 空気の塊が地面をめくりながら、仮面の集団にまっすぐ向かっていく。


 (これ、普通に死なないか?)


 土も草も巻き込んだ暴風は、そのまま仮面の集団を飲み込んだ。

 猛烈な風が地面にぶつかった衝撃で、砂ぼこりが天高く舞い上がる。


 「あれ?」


 ティアが、首を傾げた。


 「どうした?」

 「……逃げられたみたい」


 土煙が晴れると、仮面の集団は忽然と消えていた。

 ティアが粉々にしたのでなければ、逃走したのだろう。


 「もう、周辺に気配はないですね」

 「よ、よかった……」


 アダムの法国に、クロエが安堵の声を漏らした。


 「いったい、何だったんでしょうね」

 

 シルヴィが、首を傾げる。

 結局あの仮面の集団は、無言のまま逃走してしまった。そのため目的は謎のままだ。


 「誰が狙いだったんだろうな」


 先ほどの様子から、誰かを始末、若しくは誘拐しに来たとみていいだろう。

 狙われる理由があるとしたら、第一王女のティアか。それとも――


 「私はあの連中を知っている」


 刀を鞘に納めながら、ニーナが呟いた。


 「ニーナ、あれは何だ?」

 「あの仮面をつけているのはナジャ法国の隠密部隊」

 

 集団が現れた森の方を凝視したまま、ニーナが答えた。


 「隠密部隊ですか!?」


 シルヴィが、驚きの声を上げた。 


 「シルヴィ、知っているのか?」

 「……はい。確か法国の特殊部隊で、暗殺や他国への破壊工作をしているという噂です」


 暗殺や破壊工作とは、穏やかじゃない。


 「今のところ、ナジャ法国に恨みを買った覚えはないぞ」


 まだ不法入国はしていない。

 もちろん啓太達がナジャ法国に行くことがどこかから洩れて、危険視した法国側が潰しに来た可能性はあるが――


 「アダム。お前はさっき、あいつらのことを知っていると言ったな? 奴らの狙いに何か心当たりはないか?」


 思えば、隠密部隊の襲撃に真っ先に気が付いたのもアダムだった。

 確信は無いが、何か知っている可能性は十分にある。


 「……奴らの狙いは、私達です」


 アダムは、観念したかのように口を開き始めた。


 

 「私とエレナは、元々法国に住んでいました。」


 焚火を囲んだ啓太達に向かって、アダムが口を開いた。

 ちなみに御者は、馬車の中で寝ており騒ぎに全く気が付いていないようだった。平和な奴だ。


 「ご存知かと思いますが、法国は鎖国主義をとっています。ですが、元々は資源が豊富で豊かな国なんですよ。国民も何一つ不自由なく暮らしていました」

 「……『元々は』ってことは何かあったのね?」


 ティアの質問に、アダムは大きくため息をついた。


 「はい。数年前にクーデターが起こりました。宰相だったオリヴェル・イーラが、国王を殺して国を乗っ取ったのです」

 「クーデターですか!? 私はいろんな国で情報を集めていましたが、全く知りませんでした」


 シルヴィが、驚きの声を上げた。

 行商人として様々な国を行き来していた彼女が、クーデターという一大事を知らなかったというのは驚きだろう。


 「シルヴィさん、イーラは徹底的に情報管理を敷いています。元々閉じていた国境の警備をさらに強化して、一切の情報が漏れないようにしたのです」


 クーデターによって国が混乱していることが他国にもれれば、狙われるかもしれない。

 特に国王を殺して置き換わったことが洩れれば、やすやすと他国に戦争の大義名分を与えることになってしまうだろう。

 そう言った意味では、イーラは上手くやったということだ。


 「そのイーラに、私とエレナの命が狙われているのです」

 「宰相に? どうしてだ?」

 

 啓太の質問に、しかしアダムは首を横に振った。


 「すみませんが、その質問には答えられません。奴らを撃退してくれたあなた方を信用していない訳ではないですが、なるべく隠しておきたくて……」

 「そうか、わかった。詮索はしないさ」


 申し訳なさそうに頭を下げるアダムを見て、啓太はそれ以上の追及をやめた。

 知ってしまうと啓太達も狙われる可能性があるため、ある意味自分たちの身を守るためにもなるだろう。


 「ありがとうございます」


 アダムは、深々と頭を下げた。


 「ということは、あなたたちはナジャ法国に戻ろうとしているのね?」

 「はい。一度は国から逃げ出しましたが、法国内でイーラに反抗する勢力が力を伸ばし始めていると聞きました。我々も国に戻り、その勢力に合流しようかと思ってます」


 (ケータ! これ、私達も一緒についてった方がいいんじゃないかしら?)

 (たしかに、そうだな)

 

 啓太達も、アダム達と同様に法国に侵入しようとしている。

 たしかに、元法国国民であるアダムとエレナの案内があった方がスムーズだろう。


 啓太はティアにひとつ頷くと、アダムに声を掛けた。


 「アダム、実は俺たちも法国に用があるんだ」

 「そうなんですか!?」


 アダムが驚いて顔を上げた。


 「クーデターとは関係ないが、少し追っている人物がいるんだ。だから、法国に入国するまでは一緒に行かないか?」

 

 啓太の提案に、アダムはエレナと目くばせをしてから頷いた。


 「それはぜひお願いします。先ほどの戦闘を見る限り、皆さんと一緒にいた方が安全そうです」

 「俺たちも、アダムとエレナがいた方が簡単に法国に入国できるしな。お互い様だ」


 そう言って、お互いに微笑みあうアダムと啓太。

 同行の契約は成立した。


 (……まあ、戦力になるのはティアとニーナだけなんだが)


 「そうと決まれば、私達はもう一心同体ね!」

 

 啓太達の様子をみて、ティアが満面の笑みを顔に浮かべた。


 「さあエレナ、こっちに来て! 最初に見た時からあなたと親睦を深めたかったのよ!」


***


 翌日。

 湖のほとりを出発した馬車は何事も無く順調に進み、日が沈む前にトリオンの街についた。


 その日の夜は七人で宿をとり、二日にわたる乗合馬車で凝り固まった体を休めた。


 そして翌朝――


 「さあ、行くわよ!」


 宿の前で、ティアが元気よく宣言する。

 いよいよ、東の山脈を越えて法国にむかう旅路の始まりだ。


 街から山脈のふもとまでは、森の中ののどかな小道を通った。


 「エレナ、昨日の夜のご飯はおいしかったわね!」

 「うん! あんなに大きなお肉は初めて食べた」


 木漏れ日がゆれる細い道を、いつの間にかすっかり打ち解けたティアとエレナが談笑しながら歩いている。


 「お二人とも、とっても仲良しですね」

 

 そんな二人の少し後ろを歩きながら、クロエが嬉しそうに言った。

 

 「おんなじぐらいの年だからな。何か通じるものがあるんだろう」


 単純にティアのコミュ力がすごいだけな説もあるが。

 ちなみに、二人の友誼に一番驚いているのはアダムだった。


 「エレナがあんなに楽しそうに人と話すのははじめて見ました。一体ティアさんは何者なんですか?」

 「……さあ? 見た通りの奴だが」


 少なくとも、王女には見えないだろう。



 歩き始めて一時間程経った頃、唐突に森が途切れた。

 ここからはごつごつした岩場の続く山道に入る。


 「……あれを登るんですね」


 眼前にそびえる東の山脈を見上げて、シルヴィが呆けたような声を出した。

 近くで見た山脈は想像以上に高かく、頂上にはうっすらと雪まで積もっている。


 (こんな軽装備で登ったら遭難しかねないな……)


 ここまでは荷物を軽くするため、最低限の防寒着しか携行してこなかった。

 一体どうしたものか――


 「大丈夫です。登らなくても法国に入れますよ」


 啓太の表情を読み取ったのか、アダムがにやりと笑って言った。


 「この山には数カ所、向こう側に通じる洞窟があるんです」


 そう言って、アダムは少し離れた尾根を指さした。


 「そのうちの一つはあそこあるので、そこをくぐっていきましょう」

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