28 『呪いの剣』

 「毎度ありがとうございました。またご贔屓にしてください」


 ラグランジュ商会での買い物が終わった後、フィルマンはわざわざ建物の入り口まで見送りに出てきてくれた。

 見事なVIP待遇である。


 「ああ、そのうちまた来る」

 「フィルマン、またね!」


 深々と頭を下げるフィルマンに手を振ると、啓太とティアは再び荷馬車に乗り込んだ。


 「うーん、いい買い物ができたわね!」


 ティアが、購入したモノでパンパンに膨らんだ布袋を愛おしそうに撫でながら言った。


 「さすが王都一のラグランジュ商会、一通り揃ったな」


 啓太達がラグランジュ商会に来た目的は、今回の旅で必要となる旅行用品を購入するためだった。

 水筒に火打石、野営用の天幕など、どれも本格的な旅には欠かせないものだ。


 (隣の国まで行くのに数日かけようってんだから、つくづく大変な世界だよな)


 一日あれば地球の裏側までたどり着ける世界から来た啓太は、ついついそんなことを思ってしう。


 「それにしても、買い物って本当に楽しいわね! 出されたお茶も果物もすごくおいしかったわ!」

 「……そうだな」


 ティアは、買い物を接待か何かと勘違いしたかのようなことを言った。

 フィルマンに一発で正体を見抜かれたことなどつゆ知らず、ティアは味を思い出しながら頬に手を当ててうっとりとしていた。

 ティアが第一王女その人だと見抜いたフィルマンは、お得意の啓太にすら出さないような最高級の紅茶や、冬のこの時期は大変高価な果物まで出してきた。


 (差し詰め、王家とのパイプを強化するための投資といったところか)


 強かなフィルマンならやりかねないが、残念ながらその忖度は天然なティアには伝わっていない。

 ……かわいそうに。


 そんなことを考えつつ王都の通りをのんびりと荷馬車で進んでいると、紅茶と果物の味を思い出すのに飽きたティアが声を掛けてきた。


 「ケータ、買い物はこれで終わり?」

 「ああ、一応シルヴィのリストは全部買ったはずだ」


 そう言いながら、啓太は懐からメモを取り出す。

 このメモは、昨日シルヴィが書き出してくれた旅行の必需品リストだった。


 「えーっと……。火打石は買ったし、食料は屋敷にいくらでもある」


 啓太は指でリストをなぞりながら、一行一行確認する。

 どうやら買い漏らしはなさそうだ。


 「ちょっとそれ見せてくれる?」

 「ああ、いいぞ」


 啓太はそう言って、ティアにリストを渡した。


 「ふむふむ……。ケータ、このリスト大事なものが入ってないわね」

 「大事なもの?」


 旅慣れたシルヴィが書き漏らすことなんてあるのだろうか。


 「武器よ、武器!」

 

 そう言って、ティアは啓太をビシッと指さした。


 (……なるほど、武器か)


 確かに、ティアの指摘には一理ある。

 今回の旅はオロンに向かった時とは比べ物にならないほどの危険が想定されるのだ。

 最低限身を守れるような短剣ぐらいは持っておいて損はない気がする。


 「確かに、それは盲点だった。お手柄だティア」

 「へへーん! 当然よ!」


 帽子の上からティアの頭を撫でると、ティアは得意げに笑った。


 「とはいえ、武器なんてどこで買うんだ? この前の帝国の一件もあったし。王都には店なんてなさそうだが……」

 

 帝国の陰謀はついえたはずだが、今も輸入した武具は最優先で軍の方に回っているはずだ。


 「何もそんな軍用の鎧や剣を買うわけじゃないでしょ? 護身用の剣ぐらいなら、確か王宮の近くで売っている店があったはずよ」

 「詳しいな」

 「そりゃあ、昔からよくお城を抜け出し――げふんげふん。お、王女として当然の知識よ!」


 全く取り繕えてないぞ。


 「わかったわかった。それなら、ティアの言うその店に行ってみよう」

 

 そう言うと、啓太は王宮の方角に向けて荷馬車を走らせた。


***


 「……ここか」

 

 ティアに案内されたのは、王宮の裏門正面にある小さな店だった。

 正門付近に立ち並ぶ出店とは異なり、こちらの裏門には何処か古くすすけたような店がひしめき合っている。


 「懐かしいわね。いつも、裏門を出る度にこの店を見かけたからよく覚えているわ」


 腕組みをしてうんうんと頷くティア。

 ……なぜいつも裏門から王宮を出ていたのかは聞かないでおこう。


 「ごめんください」


 気を取り直すと、啓太は重い木の扉を押した。


 武器屋の室内は、外観を裏切らないすすぼけ方だった。

 小さな明り取り用の窓しかついてないために部屋全体が薄暗く、ほとんど客が来ないからなのか床やカウンターにはうっすらと埃が積もっている。

 

 「……らっしゃい」


 店主と思われる男が、カウンター越しに声を掛けてきた。

 

 「何をお探しで?」

 「ああ、少し武器を探していてな」

 「……武器ですか」


 そう呟くと、店主は啓太の顔を凝視した。


 「旦那に武器の使い方がわかるんですかい?」


 筋肉があまりついていない啓太のひ弱な腕を見ながら、店主がそうぼやく。


 「たしかに、ケータは戦闘訓練を受けてはいないわね」


 よこからティアが口を挟んだ。


 「でも、今回剣を買う目的はあくまでも護身用なの。最低限剣を差していることがわかればいいから、適当に安いのをちょうだい」

 「そういうことでしたら。しばしお待ちを」


 ティアの言葉に納得したのか、店主がカウンターの下に潜った。


 (ティア、流石に剣を振り回すくらい俺にもできると思うんだが……)

 (ケータ、剣を持ったことも無いんでしょ。あれめちゃくちゃ重いわよ! 私なんか持ち上げるので精いっぱい)

 (まじか)


 手持無沙汰になった啓太とティアがひそひそ話をしていると、


 「となると、ここら辺ですかね」


 と言って、店主がカウンターの下から埃を被った木箱を取り出した。


 「うわぁ……、これは」


 木箱を覗き込んだ啓太は、思わず声を出してしまう。

 店主が取り出した木箱には、古く埃を被った剣が乱雑に突っ込まれていた。


 「この箱の中の剣でしたら、ひとつ銀貨一枚でお譲りしますよ」

 「本当か!?」


 啓太の食いつきに、店主はこくりと頷いた。

 いくらボロくても、剣は剣。銀貨一枚で購入できるなら儲けもんだ。


 「ティア、俺はこの中から選ぼうと思う。手伝ってくれ」

 「任せなさい!」


 そう言うと、ティアは木箱の中に手を突っ込んだ。


 「ケータ、これなんてどう?」

 

 ティアが、一本の剣を取り出す。

 シンプルだが柄や鞘に傷は無く、見た目は問題なさそうだ。


 「おお! どれどれ――」


 啓太はティアから剣を受け取ると、鞘から刀身を引き抜いた。

 ……現れたのは、全体が茶色く錆びた刀身だった。


 「いや、流石にこれはないだろ」


 そう言って、啓太はその剣を脇にどけた。



 ――そこからは、もはや流れ作業の様相を呈していた。


 「ケータ、これは!?」

 「おお! かっこいい―― って、折れてるじゃん!」


 「こっちなんてどうかしら?」

 「鞘が無いのは危なくてちょっと……」


 ティアが次々と木箱から剣を取り出しては、啓太がダメ出しをする。

 店主が叩き売るのもさもありなん、この木箱に入っている剣は護身用の役にも立たないようなガラクタだった。


 「……次が最後の一本ね」


 ティアが疲れ切った声で、木箱の底から取り出した最後の一振りを啓太に渡した。


 「っ! これは……!」


 ――美しい剣だった。

 不思議な光を放つ薄水色の鞘には、複雑な文様の装飾が施されていた。

 柄には掘られたレリーフは龍だろうか。


 「うわぁ……」


 ゆっくりと剣を鞘から引き抜くと、ティアが驚嘆のため息をついた。


 その刀身は一点の曇りもなく鏡のように磨き込まれており、見たところ一つの刃こぼれもない。

 その輝きにより、心なしか刀身が柄と同じ薄水色の光を放っているようにも見えた。


 「よっと」


 試しに振ってみると、その剣は驚くほど軽かった。


 「これはすごい剣だな。店主、間違ってこの木箱に入れたのか?」


 剣を鞘に戻しながら、啓太が尋ねる。

 この薄水色の剣は、どう見ても木箱の中に入っていた他の剣とはモノが違うため、店主が間違って入れたんだろうと考えての発言だったが――

 

 「いや、そこであってますよ」


 店主はそう言って首を横に振った。


 「ちょっと貸してください」


 そう言って啓太から剣を受け取ると、店主はカウンターの下から羊皮紙を一枚出した。


 「この羊皮紙を持って、手を私の方に突き出してください」

 「わかった」


 啓太は言われた通り羊皮紙を両手で持つと、ピンと張って店主に突き出す。


 「危ないですから動かないでくださいね……。ハァ!」


 掛け声と共に、店主が羊皮紙めがけて剣を振り下ろしてきた。

 いくら何でも薄い羊皮紙一枚だ。仮に刃がついてなくても両断できるだろう――


 バシッ


 「うおっ! っとっと」


 しかし、間の抜けた音と共に啓太の目に飛び込んできたのは、羊皮紙に剣を跳ね返され体制を崩す店主の姿だった。


 「えっ……?」

 「これは、想像以上に酷いわね……」


 想像の斜め上を行く結果に、啓太とティアが絶句する。

 店主は体制を立て直すと、剣を鞘にしまいながらこう言った。


 「旦那、この剣は呪われてるんですよ」

 「呪われてる?」

 「見ての通り、まったく切れないんでさぁ。切れ味が悪いとかそういう次元じゃない」


 確かに、あの鈍らっぷりは呪いの領域だろうな。


 「じゃあ、それをくれ」

 「本気ですか!?」

 「ケータ、あなた正気!?」


 啓太の言葉に、店主とティアが目を見開いた。


 「どうせ俺はもともと剣なんか使えないんだ。見た目だけ強そうだったらそれでいいだろ?」

 「……まあ、ケータがいいならそれでいいけど」


 ティアが渋々認めた。

 切れ味ゼロだろうが、一応見た目だけはとてつもない業物に見えなくもない。

 ハッタリには十分だろう。


 「店主、代金だ」

 「毎度」


 啓太は懐から取り出した銀貨を、店主に渡した。


 「後は、クロエとシルヴィの分ね! 店主さん、軽くて使いやすい剣を追加で二本買いたいんだけど」

 「おいおい、ティア。なんで俺はハッタリ用の剣で、クロエとシルヴィは実用的な剣なんだ」


 ティアの言葉に引っ掛かりを覚えた啓太がそう尋ねると、ティアはあっけらかんとこう言った。


 「あら? あの二人はケータより力もあるわよ。少し教えればある程度は使えるようになると思うわよ」


 ……屋敷に帰ったら、二人と腕相撲だな。


***


 啓太とティアが王都で買い物をしてから二日後――

 啓太達は、屋敷の食堂に集まっていた。


 「よし、皆準備はできたようだな」


 啓太は、旅支度を整えて外套を着こんだティア達を見回した。

 今回は長旅を想定し、皆個人個人が必要な荷物を持っている。さらに、啓太も含めティア以外は全員腰に剣を差していた。


 「計画は頭に入っているな?」

 「はい、バッチリです!」


 啓太の言葉に、シルヴィが胸を張って答えた。


 「念のため復讐するが、今回は国境付近までは乗合馬車で行く」

 「トリオンの街までね!」

 「そうだ、ティア」

 

 ティアの言葉に、啓太は大きく頷いた。


 今回、最終的には法国に不法入国することになる。

 そのため、小回りが利かず目立つ荷馬車を使うわけにはいかなかった。

 幸い、王都から法国との国境に近い街トリオンまでは定期的に乗合馬車が出ており、今回はそれを利用する予定だ。


 「トリオンの街に着いたらしばらく滞在して法国の情報収集を行う」

 「はい! せめて法国のどの街を目指せばいいかわかればいいんですけどね……」


 クロエの言う通り、法国に入国する前にある程度の目安をつけておきたい。

 いくら国境が閉じていても、近くの街には噂ぐらいは流れてくるはずだ。


 「そこからは、徒歩での山越えになると思う」

 「……覚悟はできている」


 啓太の言葉に、ニーナが頷いた。

 ヘリアンサス王国とナジャ法国の間には、東の山脈と呼ばれる山岳地帯がある。

 法国に入国する際には、必ずそこを通らなくてはいけない。


 「よし! 全員大丈夫そうだな」


 何度も皆で話し合って決めたコースだ。きっと上手く行く。


 「それじゃあ、出発だ!」

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