24 『賢者に間違えられましたが、何とか国を立て直しました!』

 ヘリアンサス王国王都ローサ――


 帝国との会談が終わって一週間後、王宮の謁見室に啓太達はいた。


 「ケータ殿、シルヴィ殿、ニーナ殿、それにクロエ殿」


 玉座に腰かけた、国王ヘリオスⅡ世が啓太達の名前を呼ぶ。


 「この度は、本当にご苦労じゃった」

 「ありがとうございます」


 深々と、頭を下げる。

 国王はそれを見て威厳たっぷりに頷くと、今度は自分の横に目線をやった。


 「ティア、もちろんお前もだ」

 「……ありがとうございますっ! お父様」


 砦から無事に帰還した啓太とティアは、再び近衛隊の警護の元、二日かけて王都まで戻ってきた。

 帝国側と共同で作成した条約の草案を見た王は、すぐにこれを承諾。

 正式な条約を結ぶ運びとなった。


 同時に、国王から二日前に国境線上で帝国兵とのわずかな小競り合いがあったこと、帝国側が一日で手を引いたことを告げられた。

 

 約束通り、ゲーベルが手をまわしてくれたようだ。


 「先ほど、我が国は正式にシレーネ帝国と通商条約を結んだ。これも全て、ケータ殿達のおかげだ」

 「っ! やったわね!」


 国王の言葉に、壇上でティアがガッツポーズをした。


 「陛下、これで帝国と王国の間の関税や通行税は――」

 「うむ、一月後から全て取り払われることになる」


 啓太の言葉を、ヘリオスが肯定した。

 

 「これで、我が国の経済、ひいては王室の財政も上向くじゃろう」


 あごひげを手で撫でつけながらヘリオスは顔を綻ばせた。



 啓太は、オロンから帝都に帰る馬車の中でのティアとの会話を思い出した。


 『今回の一連の騒動は、結果的にヘリアンサス王国に三つのメリットをもたらすことになるな』 

 『三つ?』

 『ああ』


 啓太はそう言って、指を一本出した。


 『まず一つ、これは当然戦争の回避だ』

 『もし気が付かずに奇襲を受けてたら、ヤバいことになってたわね……』


 ティアが腕を組んで頷く。


 『そして二つ目。関税の撤廃だ』


 そう言って、啓太は二本目の指を出した。


 『関税の撤廃は、帝国と王国の双方にメリットがある』

 『確か……、商業が活発になる、かしら?』

 『ああ。今ヘリアンサスは農作物を税として取っているが、これからは貨幣経済になる』


 何とか現金を得ようとしていたガストンの顔がふと浮かんだ。

 農作物が売れなくなった今、王室や貴族も直接現金を税としてとった方が都合がいいだろう。


 『貨幣経済の中心は、商人だ。そのためにも、王国はこれから商業を推奨していった方がいいな』


 今の王室や貴族達は、あまり商業経済の機微が分からない。

 ラグランジュ商会のフィルマンとは、これから親密に付き合っていくべきだろう。


 『そして、三つ目。これはほとんど偶然の副産物なんだが――』


 啓太は最後の指を出す。


 『シルヴィのおかげで、武具の新しい仕入れ先が見つかった』

 『そういえば、元々は武具の出費を減らすのが目的だったわね』


 ティアはそう言ってほほ笑むと、肩をすくめた。

 

 『これからは、帝国とココス王国の両方から、武具を買えばいい。商人たちに競争させ、より安い方を買うことを心がければ、武具の購入価格は下がるだろう』

 『いずれは、王国内でも武具が作れるようになるといいわね』

 『……ああ』



 あの時ティアと話したことは、国王にも伝わっていることだろう。

 どれも、すぐに効果が出るものではないが、ヘリアンサス王国にとっては大きな一歩のはずだ。


 「それでだ」


 ヘリオスが玉座から身を乗り出した。


 「この国のために尽力してくれたケータ殿達には、国から褒美をやらないとな」

 「褒美ですか?」

 「期待していいぞ?」

 

 国王はいたずらっぽく微笑むと、玉座から立ち上がった。


 「今回の一件で尽力してくれた全員に、報酬として一人あたり金貨百枚を支給しよう」

 「き、金貨百枚ですか!?」


 驚きのあまり、シルヴィが声を上げた。

 金貨百枚あれば、数年は遊んで暮らせる。相当な大盤振る舞いだろう。


 「それだけ、君たちが国にもたらしてくれた利益は大きい」

 「あ、ありがとうございます」


 シルヴィは、そう言って深々と頭を下げた。


 「それから、それぞれに追加で褒美を用意した」


 ヘリオスは玉座から降りると、跪くシルヴィの目の前まで歩いてきた。


 「まずは、シルヴィ殿」

 「はい!」


 シルヴィが顔を上げる。


 「ココス王国との交渉のとりまとめ、ご苦労だった」

 「とんでもございません」

 「ティアから聞いたのだが……、ご両親のことは残念だったな」

 「……はい」


 馬車を襲撃された時を思い出したのだろう。シルヴィの顔が曇った。


 「あれは我が国の領内で、我が国の貴族が引き起こした事件だ。まずは正式に謝罪させてほしい」


 ヘリオスが、深々と頭を下げた。

 誰が相手でも分け隔てなく接するところは、ティアそっくりだ。


 「そ、そんな! 陛下、顔をお上げください」

 

 国王に頭を下げられたシルヴィが慌てる。


 「国として、補償をしたいと思っている」


 そう言いながら顔を上げると、ヘリオスは言葉を続けた。


 「シルヴィ殿には、この国全土で使える無期限の通行手形を授与したい」

 「っ! ありがとうございます!」


 シルヴィの顔がほころんだ。

 これでシルヴィは、いつでも好きな街に行って商売ができる。

 それだけではなく、どこに行って商売をしても税金を取られることはない。


 「商人にとっては、夢のような褒美です」

 「うむ」


 満足そうに頷くと、国王はニーナの前に歩を進めた。


 「ニーナ・ナルヒ! 今回、君には何回も護衛として働いてもらった」

 「……それが仕事」


 下を向いたまま、ニーナが呟く。


 「それでもだ。特に、ケータ殿とシルヴィ殿の命を救った功績は大きい」


 ……本来一番守らなくてはいけないティアの名前が無いが、仕方ない。


 「そこで、ニーナ殿を正式に騎士に任命したい」

 「……!」


 ニーナが勢いよく顔を上げた。

 いつもポーカーフェイスな彼女にしては珍しく、顔に驚きの表情が浮かんでいる。


 「受けてくれるかね?」

 「……勿論」

 

 孤児として拾われ、ティアの護衛として働き続けたニーナ。

 その努力が、ついに報われた形だ。


 「感謝する……!」


 心なしか、ニーナの眼には涙がうっすら浮かんでいた。


 「さて――」


 ニーナが落ち着いたのを見て、ヘリオスはクロエの前に移った。


 「クロエ殿、そなたも本当によく働いてくれた」

 「あ、ありがとうございます」

 「ミアレ村については、私も心を痛めているよ」


 ヘリオスは、苦々しくそう言った。

 ガストンが拉致したミアレ村の住人たちがどこに移送されたのかは、まだ明らかになっていない。


 「そこで、拉致された村民たちの捜索と救出に、国として人員を出そうと思うが、どうかね?」

 「そ、それは! 是非お願いします! 村の皆さんを探してください!」

 「全力を尽くすと約束しよう。これは我が国の威信にも関わるからな」


 最後に、ヘリオスは啓太の前に立った。


 「さて、ケータ殿」

 「はい」


 啓太は顔を上げ、まっすぐにヘリオスの眼を見る。

 優しく、温かい眼だった。


 「賢者としてのお主の働きについては、もはや言うまでもないだろう」

 「……ありがとうございます。こちらこそ、陛下のご理解とご支援に感謝します」


 啓太は、心の底からの感謝を込めて深々と頭を下げた。

 啓太達が無事に帝国の計画を挫き、その侵略を食い止めることができたのも、ひとえにヘリオスが全幅の信頼を寄せてくれたからだ。


 「そこでだ、ケータ殿。お主には子爵の爵位を授け、正式に旧マンサール領の領主としたい」

 

 ヘリオスはそう言って、穏やかな表情で笑った。


 「これからも、どうかこの国を頼む」


***


 王宮での国王との面会を終えた啓太達は、用意された馬車に乗りこむと、一路屋敷を目指した。


 「見て、ケータ! 屋敷が見えてきたわ!」


 茜色に染まる地平線を指さして、ティアが興奮気味に言った。


 「ああ、そうみたいだな」


 啓太の眼も、窓越しに懐かしい屋敷のシルエットを捕らえた。

 あの屋敷で過ごした時間はそんなに長くないはずなのに、なんだか懐かしい気持ちが湧き上がってくる。


 「……というかティア。お前は王宮に残らなくてよかったのか?」

 

 なぜか当然のような顔をして馬車に乗りこんでいるティアだった。


 「ここ二週間は、王女としての仕事をちゃんとやったもの! お父様も許してくれたわ」


 そう言って、ティアが得意げにピースする。 


 「ティア様は、また泣いて駄々をこねていましたね」

 「ちょ、ちょっとシルヴィ! それは言わないでって口止めしいたでしょ!」


 シルヴィの指摘に、ティアの顔が真っ赤になった。


 (ヘリオスは、娘に弱そうだもんな……)


 国王の前でイヤイヤ駄々をこねるティアの姿を想像して、啓太は苦笑した。


 「全く、お前は」

 「……なによ」


 いつものように、口をとがらせてこちらを睨むティア。


 「相変わらずだな」

 

 そう言って、啓太は口元を緩ませた。


 「むぅ……」


 啓太に笑われ、ティアが口をさらに尖らせる。

 

 「お二人ともその辺にしませんか? ほら、屋敷の前にいるのはセシルさんとポールさんじゃないですか?」


 反対側の窓から景色を見ていたクロエが、笑いながらそう言った。

 言われて屋敷の前の人影に目を凝らすと、確かにセシルとポールに見える。

 馬車が近づくのを見て、出迎えに出てきてくれたのだろう。


 「もうすぐ到着する」

 

 一人で御者台に座っているニーナが、そう声を掛けてきた。


 「久しぶりの我が家だな」


 啓太は思わずそう口に出した。


 「皆も父上から報酬金をもらったし、今日は宴会ね! セシルとポールに行って、食糧庫からお酒と食べ物を出してもらわなきゃ!」


 楽しそうにそう言ったティアの眼は、きらきらと輝いていた。

 

 個人的には、宴会はいいが葡萄酒は遠慮したい。


 (オロンの街の酒場での出来事は、まだトラウマとしてしっかり覚えているぞ)


 「さあ、ケータ! 屋敷に着いたら、食堂まで競争よ」

 「お前なぁ――」


 到着が待ちきれずにうきうきするティアをたしなめようと、口を開いた瞬間だった


 啓太は、突然体を強く上に引かれる感触を感じた。

 

 「な……っ!」


 同時に、急激に意識が遠のいていく。


 「け、ケータ!?」

 「ケータさん、なんだか薄くなって……」


 視界の端で、シルヴィとクロエの驚く表情が見えた。


 「け、ケータ。あなたもしかして……」


 ティアの悲しそうな声がどこかで聞こえる。


 (……そういうことか)


 ティアの言葉で、啓太は何が起きたかを悟った。

 どうやら、この世界に召喚された際の契約を完遂してしまったらしい。


 「……皆、どうやらここでお別れのようだ」

 「そ、そんな!?」

 「ケータさん!?」


 目に涙を浮かべて、ティアとクロエがしがみついてきた。


 「ケータ、元の世界に帰ってしまうのですか?」

 「シルヴィ、俺がこの世界に呼ばれたのは、ヘリアンサス王国を立て直すためなんだ」


 強烈な眠気と闘いながら、啓太は言葉を続ける。


 「それを達成した以上、もうここにはいられない」


 ゲーベルも、帝国との契約が切れた瞬間に、元の時代に戻った。

 同じことが自分にも起こっただけだ。


 視界に徐々に靄がかかっていくようだった。

 自分の手を見下ろすと、すでに半透明になっている。


 いつの間にか、ティア達のすすり泣きもずいぶん遠くから聞こえるようになっていた。

 

 (……ここまでか)


 もう啓太がここに留まるのも限界のようだ。

 想像していたよりは唐突だったが、それも仕方がない。


 「……後は頼んだぞ」



 辛うじて絞り出したその言葉だけを残して、一ノ瀬啓太は馬車から姿を消した。

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