23 『二人の賢者』

 「なっ……!」

 

 部屋の中心に突如姿を現したティアの姿を見て、プレディガーとゲーベルは言葉を失った。

 今まさに啓太に切りかかろうとしていた帝国兵たちも、剣を振り上げた姿勢のままで固まる。


 「ケータ、こいつらやっつけちゃっていいのよね?」

 「ああ。だが、あの二人は気絶させるなよ? 話し合いができなくなる」


 ティアは、啓太が指さしたプレディガーとゲーベルをちらりと見ると、頷いた。


 「『アウラ』!」

 

 ティアの掌から生成された暴風は、一瞬で帝国兵たちを蹂躙した。


 「て、ティア!やりすぎじゃないか?」

 「手加減はちゃんとしたわよ!」


 吹き飛ばされ、ご丁寧に壁際に積み重ねられた帝国兵たちは、皆だらしなく伸びた。

 ティア的には、これでも手加減をしたらしい。


 「えっと――」


 兵士たちが気絶したのを遠目で確認してから、ティアが掌をプレディガーに向けた。


 「ケータ、こいつも吹き飛ばしていい? ケータを襲わせる指示を出してたし」

 「……やめてやれ。そいつがいないと話し合いができないからな」

 「そう」


 ティアが残念そうに手を降ろした。


 「さて――」


 あっけにとられたままのプレディガーとゲーベルに向き直り、啓太が口を開いた。


 「形勢逆転だな」

 「そ、そうはいかないぞ」

 

 ティアを横目でちらちら見ながら、プレディガーがまくし立てた。


 「こんなことをしてももう遅いぞ! 帝国は止まらない!」

 「どういうことだ?」


 眉を顰めた啓太の質問に答えたのは、ゲーベルだった。


 「ケータ、既に帝国軍は動いているんだよ」

 「……奇襲か」


 会談中にヘリアンサス王国が安心したところを狙って少人数で奇襲する。

 確かに悪くない手ではある。だが――


 「そう来る可能性も考えて、こちらも事前に大軍を国境線近くに配備している。奇襲は失敗だな」

 「ば、馬鹿な!? 武具もない王国がどうやって……」


 プレディガーの言葉には、明らかな狼狽の色があった。

 どうやら、オロンの街を発ってからの啓太達の動きは、帝国側も知らなかったようだ。


 「武具なら沢山あるわよ! ね、ケータ?」


 腰に手を当てたティアが、得意げに言い放った。


 「ああ。帝国が武具の輸出を止めたのにはとっくに気付いていたさ。今は別ルートで武具を仕入れている」

 「あぁ……」


 啓太の言葉に、プレディガーとゲーベルはがっくり肩を落とした。

 

 「……我々の負けだな」


 ややあって、ゲーベルが白旗を上げた。さすがにこれ以上、帝国側には切れるカードが無いようだ。


 「プレディガー、力になれずすまなかった」

 「ゲーベル殿……」


 ゲーベルの謝罪を聞き、プレディガーも観念したようだ。


 「……ケータ殿が一枚も二枚も上手だったな。さあ、我々を捕らえるなら捕らえてくれ!」

 「そんなことはしない」

 「ケータ!こいつらを、野放しにするの!? あなたを傷つけた奴らもこいつらの部下よ!」


 ティアが息巻いた。


 (他人のために本気で怒ってくれるのがこの王女様の一番いい所だな)


 啓太はティアに優しく微笑み抱えながら、頭を撫でた。


 「ティアの気持ちはうれしいよ。だけどな、俺たちは国のことを考えなくてはいけない」

 「国のこと?」

 「ああ。ここでこいつらを捕らえても、帝国の反感を買うだけだ。まずは話を聞こうじゃないか」


 そう言って、啓太は指を一本突き出した。


 「俺たちの要求はただ一つ、情報だ。帝国の経済が立ち行かなくなった理由を聞かせてくれ」

 「……わかった」


 プレディガーはぽつりぽつりと語り始めた。


 今から三十年前まで、シレーネは大陸北方に無数に存在する小国のうちの一つに過ぎなかった。

 それを変えたのは、まだ国王を名乗っていた頃の先代皇帝だ。

 

 先代皇帝は王位を継承すると、強力な軍拡と敵対者への容赦ない粛清により国内の諸侯をまとめ上げた。

 国内がまとまると、その後は周辺諸国に次々と戦争を仕掛けていった。

 元々大陸北部の国々の中では力を持っていたのもあり、帝国は連戦連勝する。

 併合した国からも兵士を取り込むことで強大な軍事力を築き上げると、わずか十年ほどで大陸北部を統一した。


 「その結果様々な国の技術や文化を取り入れることができ、我が国の経済は豊かになった」


 昔を思い出しているのか、遠い目をしながらプレディガーが語り続ける。


 元々独自の産業や文化をもつ国々をまとめ上げたことで、それらが帝国内に共有されるようになった。

 帝国は手工業やライ麦の生産を全土で強化し、経済的に急成長を遂げた

 しかし、急拡大した経済は、躓くのも早かった。


 「戦時には心強い強力な軍も、平時にはただの金食い虫だ」


 プレディガーが、力なく漏らした。


 「強力すぎる軍隊で、財政が圧迫されたわけだ」

 「その通りだ」


 いくつもの国家を飲み込んで誕生したシレーネ帝国では、国家予算に占める軍事費が莫大なものとなっていた。

 国の成長期には、それでも出費を補うだけの新たな土地や権利が手に入ってきたが、一度安定期に入ると出費だけがかさむ。


 「軍を縮小することはできなかったのか?」

 「それができたらこんなに苦労はしていない」


 帝国は、皇帝が力で有力諸侯を抑えている構造になっている。

 帝室の軍事費を削ることは、すなわちクーデターの危険性も増すということだ。

 

 「帝国を統一してしまった以上、もはや戦う相手がいない。我々には、改革が必要だった」

 「それで、賢者ゲーベルを呼んだのか」

 「ああ、その通りだ」


 ちらりとゲーベルの方に視線をやりながら、プレディガーが答えた。

 結局、帝国も王国と同じような状況だったのだ。

 きっと帝国の状況を見たゲーベルは、そのカンフル剤として王国侵略を画策したのだ。


 「先にゲーベルを呼ばれたから、私の召喚術が失敗したのね!」

 

 ホッとした顔で、ティアが一人うんうんと頷いている。

 

 (いや、お前は普通に手順を飛ばしたって言ってただろ)


 今回ティアが大活躍してくれたことを思い、啓太は心の中で突っ込むだけにとどめておいた。


 「さあ、これで全て話した。後は煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

 

 すべてを語り終えたプレディガーは、疲れた顔で椅子に沈み込んだ。

 

 「それじゃあ――」

 

 啓太はプレディガーの方へ一歩踏み出す。


 「互いの国の未来の話をしようじゃないか」


***


 プレディガー達との話し合いは、日が暮れるまで続いた。


 手工業が盛んな帝国と農業が盛んな王国、どちらも経済・財政が傾いているのは同じだ。

 だからこそ、お互いの間でより商業活動を活発にすることで、互いの不足分を埋めあえるはずだ。


 喧々諤々の議論の後、ようやく両国の条約が形になった。


 「両国間の関税をなくして、モノの動きを活発化させるか」


 プレディガーが感心した声を出した。

 経済を立て直すには、商業を奨励するのが一番いい。

 そのためには、両国間で自由貿易協定を作るのが一番手っ取り早かった。


 「自由貿易か……。俺には到底思いつかなかったな」


 ゲーベルが肩をすくめて苦笑した。


 「いずれモノの移動が活発になれば、国と国の垣根を越えて、大陸全土で協力して経済を発展させられるようになるさ」


 そう言って、啓太はウィンクした。

 

 どっぷりと日が暮れた頃、帝国との今後の方針をまとめた文章が、完成した。


 「うん、これでいいわね!」


 最後に文章の中身を確認したティアが、大きく頷く。


 「父上には、私の方から提案するわ。そっちも頼んだわよ」

 「ああ、ティア殿下。皇帝には私から進言しよう」


 プレディガーが、そう言って胸を張った。


 「プレディガー、ゲーベル。おかげで話がまとまった。ありがとう」

 「ケータ殿、こちらこそありがとう。おかげで帝国は救われそうだ」


 啓太の感謝の言葉に応えるプレディガーの顔には、笑みが浮かんでいた。


 「ティア、急いで王都に帰らないとな」

 「そうね!ギュスターヴ達が街管びれていると思うわ!」


 ティアの言葉に、啓太は国境で待っているギュスターヴ達の姿を思い出す。


 「もう遅い。国境まで帝国側の馬車を貸そうか?」

 「いや、大丈夫だ。ここまで乗ってきた馬車がある」


 プレディガーにそう告げると、啓太とティアは部屋の出口に向かって歩き始めた。


 「ケータ!」

 「ゲーベル、どうした?」


 背中越しに啓太を呼び止めたゲーベルは、


 「少しだけ、二人きりで話がしたい」


 真剣な表情で、そう告げるのだった。


***


 砦の最上階のバルコニー。

 啓太とゲーベルは、手すりに寄りかかりながら無言で夜空を見上げていた。


 群青色の空には、こぼれそうなほど無数の光の粒がきらめいている。


 (ずっと東京にいたからな。こんな星空ははじめてだ)


 思えば、この世界に召喚されてから落ち着いて星空を眺めたのははじめてだった。

 まだ夜が本当に闇に包まれている世界では、星の輝きを遮るものは何もない。


 「……綺麗だな」


 隣で、ゲーベルがぽつりとつぶやいた。


 「俺のいた世界は、夜でも街に明かりが灯っていた。都市部では星がこんなに沢山は見えなかったよ」

 「……俺もだ」


 星空から目を離さずに、啓太が答える。


 「ケータ、君はから来た?」


 唐突に、ゲーベルが尋ねてきた。

 星空から視線を下すと、ゲーベルは真剣な表情で啓太の顔を覗き込んでいる。

 

 「俺は1930年のヨーロッパから来た」

 「なっ……!」


 ――耳を疑った。


 「その顔を見るに、俺の予想は当たっていたようだな」

 

 啓太が驚いた様子がよっぽど面白かったのか、ゲーベルはくつくつと笑った。

 

 「ちなみに、メルキオールの方が本名だ」


 どうやら召喚されたときに話を合わせたクチのようだ。


 「誰が最初に見つけたのかわからないが、あの賢者を呼ぶ儀式は俺たちの世界から人を連れて来る魔法みたいだな」


 メルキオールはそう言いながら、再び星を見上げた。


 「ヘリアンサス王国への侵略に失敗したことで、俺と帝国の契約は終わったようだ」

 「契約?」

 「ああ、この儀式は召喚時にと契約を交わすようになっている。それが達成されるか、失敗した時点で俺たちは元の世界に戻されるのさ」


 メルキオールと帝国の契約は、ヘリアンサス王国の攻略だったのだろう。

 それが達成できなくなった今、彼がここにとどまっている理由は無い。


 「1930年か」


 メルキオールが来た時代を、口にしてみる。

 前年に世界恐慌が起こり、世界はこれから二回目の大戦へと向かっていく。

 大変な時代だ。 


 「……俺は2020年から来た」

 

 ゲーベルの表情に、驚きはなかった。


 「21世紀はいい時代か?」

 「ああ」


 啓太がそう言うと、ゲーベルの顔がほころぶ。


 「俺がこの世界にしてやれることは、やりつくしたと思う。後は、戻って元の世界に貢献しないとな」


 そう言ってウィンクすると、ゲーベルは右手を差し出した。


 「……よろしくな」


 啓太も右手を差し出した。


 二つの手が触れる。

 

 「相変わらず女みたいな手だな。これでよく鍛冶職人だなんて嘘をついたもんだ」

 「そっちこそ、あの時迂闊に握手に応じたたから未来人だってバレバレだったぞ」


 最後にそんな憎まれ口を交わすと、二人は笑いあった。


 「それじゃあ、これで」

 「メルキオール、元気でな」


 瞬きのあと、メルキオールの姿はもうなかった。


 「もう会うことは無いだろうが、いい奴だったな」


 一人だけ取り残されたバルコニーで、啓太はいつまでも星空を見上げていた。

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