22 『オロン会談』
帝国から会談受諾の連絡が届いたのは、手紙を出してから五日後だった。
会談場所として指定されたのは、オロンの街北部にある帝国の砦。啓太達が以前プレディガーとゲーベルの会話を盗み聞いたところだ。
(敵の本拠地、といったところだな)
その翌朝、啓太とティアはオロンの街に向かうため、王宮の正門前に用意された馬車に乗り込んだ。
「お二人とも、気を付けてくださいね!」
「ケータ、ティア様。私達は屋敷でよい知らせを待っていますね」
「……幸運を」
見送りに来てくれたクロエ、シルヴィ、ニーナが口々に励ましの言葉を述べてくれる。
「ああ!行ってくる!」
「任せて!」
啓太とティアがそう言葉を返すのと同時に、
「よし、前進!」
近衛隊長ギュスターヴによる出発の掛け声が響いた。
それを合図に、御者台から馬に鞭を入れる音が聞こえる。
(いよいよだな)
啓太達を乗せた馬車は、ゆっくりと動き出した。
オロンに向かうのは二回目だが、今回の旅は前回とは全く異なる。
今回は正式な使者として赴くことになるため、ヘリオスの計らいで啓太とティアには豪華な外交用馬車が用意されていた。
「……ティアはいつもこんな馬車を使っていたのか」
「私は荷馬車の御者台も、好きよ?」
ティアはあっけらかんとしているが、外交用馬車の布張りされた座席はふかふかで、荷馬車の御者台とは天と地ほどの差があった。
舗装されていない街道に出ても、座席のクッションが振動を和らげてくれる。
(一台くらい、移動用にこんな馬車があったら楽だな……)
馬車に加えて、今回はギュスターヴに率いられた十名の近衛隊兵士が護衛についていた。
「この集団を襲撃しようって盗賊は流石にいないだろうな」
窓からは、見え隠れする騎乗した兵士たちを見ながら、啓太はそう言って笑った。。
豪華な馬車と護衛のおかげか、オロンまでの道中は驚くほど順調だった。
途中一泊野営を挟みつつも、近衛隊の精鋭に守られた隊列は何事も無く森を通過しオロンまでたどり着いた。
到着した時点で、帝国との会談の前日。
一行は、オロンの街で一泊することにした。
「ケータ殿、改めて確認だ」
宿屋の中で行われた会談に向けた警備の最終確認中に、ギュスターヴが何度目になるか分からない念押しをしてきた。
「明日、我々は国境線までしか護衛しない。本当にそれでいいんだな?」
啓太は首を縦に振った。
「何度も言っているが、今回の交渉はデリケートなんだ。フル装備の近衛隊が砦に近づいたらそれだけで砦から攻撃されそうだからな」
通常、国家間の会談は、段取りを念入りに整えるために開催のひと月前には通知される。
そのため、会談の設定から開催までの間に、両国でそれぞれ警備の規模や装備についても細かくすり合わせられるのだ。
だが、今回の会談は急遽設定されたものだ。
当然、帝国側とお互いの使者やその警備の規模についてすり合わせる時間は無かった。
(帝国側が自分の砦を指定してきたのも、そのためだろうな)
今回の会談場所が帝国内になった以上、事前の通告なしに兵士たちを伴って入国してしまっては敵対行為として捉えられても仕方がない。
ただでさえ、帝国はヘリアンサス王国に攻め込もうとしているのだ。
「戦争のきっかけになりそうな口実は、できるだけ避けた方がいい」
啓太は、警備について最初にギュスターヴに提案した時と同じ言葉を繰り返した。
「うむむ……、啓太殿の言うことには一理ある。だが、それでもやはり心配だな」
ギュスターヴが眉間にしわを寄せた。
一応の納得はしてくれているものの、いまだに腹落ちはしていないらしい。
「帝国がその気なら、会談にやってきたお二人を暗殺することだってできる」
「その時はティアがいるさ。この王女様の火力があれば、襲撃者を返り討ちにしてついでに帝国側の使者を人質にとれる」
啓太は、そう言って横にいるティアの頭を撫でた。
「ケータの言う通りだわ!ギュスターヴ、私の実力は知っているでしょう?安心しなさい!」
ティアが、無い力こぶを作りながら自信たっぷりに言い放つ。
流石のギュスターヴも、肩をすくめて納得するしかなかった。
――翌日、宿屋を発ったヘリアンサス王国一行は、一路帝国との国境に向けて進み始めた。
「我々がお供できるのは、ここまでのようです」
街道から砦に向かう山道がわかれるところで、隊列が止まった。
この分かれ道の先は、帝国領になるはずだ。
「ギュスターヴ、ここまでありがとう。おかげで無事に国境まで来られた」
「ギュスターヴ、本当にご苦労様でした」
啓太とティアは、馬車の窓から馬上のギュスターヴに感謝を述べる。
「ケータ殿、我々はお二人が戻ってくるまでここで待機している。もし何かあったら、ここまで逃げ延びてこいよ」
「ああ、心強い」
そう言葉を交わすと、護衛を残して啓太とティアの乗った馬車は山道を登り始めた。
***
オロン北部、帝国の砦――
啓太は門番の兵士に案内され、会談の会場となる部屋に通された。
「これはこれは、遠い所をようこそ」
ノックをして入室すると、部屋の中では初老の男が待っていた。
見覚えのある男だ。
「こちらこそ、会談の依頼をご承諾いただきありがとう、プレディガー殿」
一瞬、プレディガーが眉をひそめる。
今回の会談を承諾する帝国の返信には、参加者の情報は書かれていなかった。
そのため、プレディガーは啓太が顔を見ただけで自分の名前を言い当てたことに驚いているはずだ。
「丁寧な挨拶、痛み入るぞ。
プレディガーは、はっきりとした口調でそう言った。
(早速、やり返してきたな)
さすが、帝国宰相である。
今回の会談では、より多く相手の情報を握っている側が優位に立つ。
開始早々ジャブを放った啓太に対して、プレディガーはすぐさま反撃してきた。
(とはいえ、俺が賢者だとバレてることは知っているんだけどな)
カルノー商会の馬車で砦に来た時に耳にした情報の分、啓太が有利なはずだ。
「どうぞ、おかけください」
椅子を手で指し示しながらのプレディガーの言葉に、啓太は礼を言うと腰かけた。
「時にプレディガー殿、今日は一人か?」
「いや、すぐにもう一人来るはずだ」
その言葉と同時に、部屋のドアがノックされた。
ドアを開けて入ってきたのは、今度も見覚えのある若い男だった。
「やあ、久しぶりだな」
「ああ、オロンの酒場以来だな。メルキオール。いや、
プレディガーがギョッとした顔で啓太の顔を見る。
さすがに今度は、プレディガーも動揺を隠せなかったようだ。
「確かに、
ゲーベルは、そう言って顔色一つ変えずに右手を差し出してきた。
「今日はよろしくな」
そう言いながら、啓太はゲーベルの手を握った。
「さて――」
形式的な挨拶が終わり、プレディガーとゲーベルが席に着いた後、啓太が口を開いた。
「お互い、腹の探り合いはこれまでにしよう。率直にこの会談を設定した目的を話したい」
二人の視線が啓太に注がれた。
「今計画しているヘリアンサス王国への派兵を中止してくれないだろうか」
啓太の言葉に一瞬、沈黙が流れる。
口を開いたのはプレディガーだった。
「ふむ……。ケータ殿がどこからその情報を嗅ぎつけたのかは分からないが、それはできない」
「なぜだ?」
「ケータ殿のことだから既に気付いているだろうが、既に軍に召集をかけている。今さら撤収はできないよ」
(今さら撤収できない? どういうことだ?)
啓太はプレディガーの言葉の意味を反芻する。
ティアに聞いた情報の限りだと、帝国は強大な軍事力を背景に成立した国家のはずだ。
王国と異なり、皇帝エーベルハルトの権力は強大で、王国と小競り合いする程度の兵なら臨機応変に動かせるはずだ。
「……目的は、王国そのものか」
「流石賢者殿、ご名答だな」
斜陽国家とはいえ、有力な諸侯の力を結集した王国の軍事力は強力だ。
王国全土を飲み込むためには、帝国とてほぼ全ての兵力を注ぎ込む必要がある。
そこまでして、帝国が王国に攻めて来る理由は――
「帝国の経済は、そんなにヤバいのか?」
「ケータ、まるで見てきたかのように言うじゃないか」
啓太に確信は無かったが、否定をしないゲーベルの言葉が仮説の正しさを示している。
「ゲーベル、これはお前の入れ知恵だな?」
「どうしてそう思う?」
「理由というほどのこともないんだが――」
そう言いながら、啓太は立ち上がった。
「帝国がやろうとしていることは、他国を侵略することによる国内経済の立て直しだ」
これはまるで19世紀、20世紀の帝国主義だった。
主権国家体制すら整っていない国が多いこの世界にはそぐわない。
国を挙げての総力戦をやろうとしているところを見るに、20世紀初頭の問題解決法だ。
「今帝国がやろうとしていることは、この世界にしては進みすぎてるんだよ」
啓太の言葉に、ゲーベルは大きく頷いた。
「なるほど、やはりケータもより文明が進んだ世界から来たのか」
「ゲーベル、俺はおそらくお前よりはさらに進んだ世界から来たぞ」
一瞬、啓太とゲーベルの視線が交錯した。
「プレディガー」
「そうですな、ゲーベル殿」
プレディガーが、ゲーベルと意味深な目くばせをした。
「さて、ケータ」
そう言いながら、ゲーベルが立ち上がった。
その横では、プレディガーも立ち上がる。
「君は少しばかり賢すぎるな」
「どういうことだ?」
「……敵に回したままでは厄介だ」
ゲーベルの言葉を合図に、プレディガーが手を叩いた。
「プレディガー様!」
すぐに部屋の扉が勢いよく開かれ、数名の帝国兵が入ってきた。
「……ここで俺を排除する気か」
「ご名答」
プレディガーの言葉に、兵士たちが啓太を囲むと、剣を抜いた。
「話し合いを続けないか? こんなことをしても俺は殺せないぞ?」
しかし、プレディガーは首を縦に振らなかった。
「ハッタリは結構だ。ケータ殿の実力は分かっている」
森での襲撃事件の顛末を、どこかで聞いたのだろう。
「……そうか、残念だ」
啓太がそう言って肩をすくめるのと、プレディガーが兵士たちに号令を出すのはほぼ同時だった。
「かかれ!」
プレディガーの言葉と共に、啓太を囲っていた帝国兵たちがじりじりと距離を詰めて来る。
「――頼んだぞ、
「やっと出番ね」
啓太の隣から、待ちくたびれたようなティアの声が聞こえてきた。
「『
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