21 『開戦前夜』

 啓太とクロエがカルノー商会との交渉を終えた翌日――


 「おお、ケータ殿!久しぶりだな!」


 翌朝、啓太とクロエが王宮の廊下を歩いていると、近衛隊隊長のギュスターヴが声を掛けてきた。

 朝早いというのに、既に全身を鎧で固めている。


 「ギュスターヴか。忙しそうだな」


 ギュスターヴの後ろでは、大勢の近衛隊メンバーが荷物を運んでいた。

 啓太の視線に気づき、ギュスターヴが肩をすくめる。


 「念のためとはいえ、久しぶりの大規模派兵だ。装備や食料の用意に貴族たちへの派兵依頼と、やることばかりだよ」

 「そうか、それは悪いことをしたな」

 「とんでもない!」


 ギュスターヴの顔が真剣になった。


 「ケータ殿のおかげで、我が国は帝国から奇襲されるという危機を回避できた。感謝してもしきれないぐらいだ」

 

 そう言って、ギュスターヴはニカっと笑った。


 「この国は久しく平和だったからな、中々我々兵士の出番が無かった。だからこそ皆気合が入っているよ」


 チラッと後ろの仲間たちを見ながら放たれたギュスターヴの言葉には、国を守る事への誇りが浮かんでいた。


 「いざとなったら我々が帝国を撃退してくれよう。だから、ケータ殿も安心して交渉に行ってきてくれ」

 「心強いな。ありがとう」


 ギュスターヴは返答の代わりに、啓太に向かってウィンクをした。


 「ときに、そのお嬢さんはあの時の――」

 「はい、その節はお世話になりました」


 クロエが丁寧に頭を下げた。


 「あの時はどうなる事かと思ったが、ずいぶんと元気になったようだな」

 「ケータ様のおかげです」


 そう言ってほほ笑むクロエの顔と、啓太の顔を見比べた後、ギュスターヴがニヤニヤしながら言った。


 「ケータ殿もすみに置けませんな。私の弟が神父をやっているから、もし結婚式を挙げるなら言ってくれよ」

 「余計なお世話だ」


 その後しばらく、廊下には三人の笑い声が響いた。


***


 その日の午後、啓太とクロエはラグランジュ商会を訪ねた。


 「……すごいことになっていますね」

 

 ラグランジュ商会の前、いつも行商人たちが列を作っている所の反対側には、何台もの空の荷馬車と馬が並んでいた。

 商会の入口の方を見ていると、次々と商会員と思わしき人が馬に跨っては商会の建物を発っていった。


 「これはこれは、ケータ様にクロエ様」


 商会に入り、受付に取次ぎを頼んですぐ、フィルマンが下りてきた。


 「やあフィルマン。早速、動き出してくれているようだな」

 「もちろんですよ」


 そう言って、フィルマンは口元を緩ませた。


 「この計画が成功すれば、当商会にも莫大な利が転がり込んできます。今は、うちの商会員をほぼ総動員して、事に当たっています」

 「ありがとう。ラグランジュ商会の力無しでは、この計画は成功しないからな」

 「そう言っていただけると、やる気が出ますよ」


 そう言うと、フィルマンは商会の外、荷馬車が並んでいる方向を指さした。


 「まずは、ココス王国から輸入された武器を国中に届けるための荷馬車を用意しています」


 それから、フィルマンの指先が並んだ馬の方に移る。


 「もちろん、実際に武具を運ぶ前には現地の商人に事情を説明し、協力を要請する必要があります。なので今日中に、国中に早馬を飛ばすつもりです」

 「国中ですか!さすがラグランジュ商会さんですね!」


 フィルマンの説明に、クロエが感心したような声を上げた。

 啓太自身も、ここまでラグランジュ商会がネットワークを持っていたのはうれしい誤算だ。


 「そんなに商会員をたくさん送ってしまって、本業の方は大丈夫なのか?」

 「もちろん、最低限の人員は残しています」


 確かに、行商人たちの行列は、普段と変わらずに処理されているように見える。


 「それに、今は目先のもうけを我慢してでも将来の大儲けを手にするべき時ですしね」


 そう言って、フィルマンは啓太とクロエに向かってウィンクした。


 「私達の方の準備は、あと数日で整うでしょう。ケータ様、ココス王国との交渉は頼みましたよ」


***


 それから数日間、啓太達は忙しく働いた。

 啓太とクロエは近衛隊に協力し、帝国の砦の位置や具体的に攻めて来るであろうポイントについて話し合った。

 ラグランジュ商会にも頻繁に足を運び、準備の状況を逐次確認した。


 ティアはティアで、忙しく動き回っているようだった。

 貴族たちに派兵を要請したり、ラグランジュ商会が活動しやすくなるように一時的に通行手形を発行したりと、王女にしかできない仕事をこなしていた。


 そして、啓太達が王都に帰ってから丁度一週間後――


 「みなさーん!帰ってきましたよー!」

 「ただいま」


 シルヴィとニーナが王都に帰還した。


 「シルヴィ!ニーナ!おかえりなさい!」


 二人の姿を見ると、ティアが真っ先に駆け寄った。


 「二人とも、無事帰ってきてくれてよかった。どうだった?」

 「ケータ、交渉は無事まとまりましたよ」


 そう言って、シルヴィがピースした。


 「ココス王国のいくつかの商会が、協力してくれることになった」

 「彼らも、ヘリアンサスでの商売の幅を広げたかったみたいです」


 シルヴィがにっこり笑う。


 「ティア様に書いてもらった親書が効いたみたいで、交渉はとってもスムーズでした」

 

 さすが、第一王女直筆の親書は効果的なようだ。

 啓太は、得意げな表情をしているティアをちらっと見た。


 「武具は、いつ頃用意できそうか?」

 「幸いなことに、ココス王国内の商会は大量に武具の在庫を抱えていました。直ぐにでも、輸送を開始できるそうです」

 「帝国の計画によって、ヘリアンサスで武具を売れなくなったからな」


 不幸中の幸いだ。


 「既にラグランジュ商会には報告した」

 「流石だな、ニーナ」


 ラグランジュ商会は、ココスでの交渉がまとまり次第すぐ動けるように、国境付近の街で多くの荷馬車を確保してくれていた。

 これで、数日のうちに王都内に武具が運び込まれるだろう。


 「よし」


 啓太は、ゆっくりと全員の顔を見回した。


 「俺たちの計画は、今のところ上手くいったようだ。帝国の想定とは裏腹に、俺たちには十分武具がある」

 「あとは、それを帝国に分からせるだけね!」

 「ティアの言う通りだ。だが、ただ単純に『俺たちには武具があります!』といっても、帝国が引いてくれない可能性もある」

 「それじゃあ――」


 「だからこそ、直接帝国の上層部と話し合いをする必要があるんだ」


 静まり返った部屋の中で、啓太は大きく息を吸って言葉を続けた。


 「帝国が今攻めて来るのは、好機だからだ。だが、それは帝国がヘリアンサスを攻撃する理由じゃない」

 「……理由って?」


 ティアの言葉に、啓太は首を振る。


 「残念だけど、今は分からない。こればかりは話し合いの場で上手く聞き出すしかないだろうな」

 「話し合いが勝負ってことね」


 啓太は、ティアの言葉に頷いた。


 「皆、これまで本当によく頑張ってくれた。おかげで、かなりいいところまで来ていると思う」


 「だから、後は俺に任せてくれ」


***


 シルヴィとニーナが王都に戻ってきてから一週間後。


 オロンの北側にある帝国の砦に滞在している、帝国宰相プレディガーの部屋の扉がノックされた。


 「プレディガー様!お手紙が届いております」

 「ご苦労」


 プレディガーは、見張りの兵士から手紙を受け取ると、差出人の名前を見た。


 「……ヘリアンサス国王ヘリオス・ジョエル・ジャン・シャリエールⅡ世」


 差出人は、まさかのヘリアンサス国王だった。

 

 「すまないが、ゲーベル殿を呼んできてくれないか?」

 「かしこまりました」


 見張りの兵士は、恭しく一礼すると部屋を出ていった。


 (こちらの計画が感ずかれたかもしれないな)


 手紙の内容は、国家間会談の設定依頼だったが、特に理由などは言及されていない。

 それ自体通常あり得ないことだ。

 それに加え、この手紙は今この瞬間にプレディガーがいる砦に直接届けられたのだ。


 (俺がここにいることを知っているものは帝国内でもそうそういないはずだ。王国も、何らかの手段でこちら側の情報を握っているということか……?)


 「プレディガー、どうした?」


 ドアがノックされ、ゲーベルが大股で部屋に入ってきた。


 「ゲーベル殿、これを」

 「これは?」

 「ヘリアンサス王国国王からの手紙です。つい今しがた届いたものです」


 プレディガーの言葉に、ゲーベルの顔が険しくなった。

 プレディガーから奪い取るようにして手紙を取ると、険しい表情のまま目を通す。


 「……どう思います?」

 「まず間違いなく、我々が戦争を始めようとしていることはバレただろう」

 「やはりそうですか……」


 ため息をつくと、プレディガーは力なく背もたれによりかかった。


 「計画が全てバレたと考えた方がいいでしょうか?」

 「そうとも言えない。仮に全て看破していれば、何かしら手紙に書いてくるような気もする」


 顎に手を当てながら、ゲーベルが首を傾げた。

 確かに、今のところプレディガーたちの計画は上手くいっていた。

 食料は、想定を上回るペースで順調に集まってきている。

 武具についても、ヘリアンサス王国につながる全ての街道の監視を強化しており、帝国から輸出されたという報告は今のところなかった。


 「となりますと、こちらの兵の動きを察知されたのでしょうか?」

 「可能性はあるな。ヘリアンサス王国だって馬鹿じゃない、国境線近くの砦に出入りする馬車や兵士の数が増えてくればこちらの動きを察するだろうな」


 その線が濃厚だろうな、とプレディガーは頷いた。


 「それで、その手紙の扱いはどうすればいいでしょうか?」

 「いずれにしても、帝国の存亡は今回のヘリアンサス侵略にかかっているんだ。戦争をやめるわけにはいかない」

 「それでは、会談を断るわけですね」


 プレディガーの言葉に、ゲーベルは首を振った。


 「いや、時間稼ぎにはなるだろう。それに、会談中は向こうも油断するだろう?」

 「……なるほど、奇襲を掛ける好機ですね」


 ヘリアンサス側がこの会談で何を要求してくるかは分からない。

 だが、国と国の会談中は、警戒がおろそかになるはずだ。


 「それでは、帝国の一部精鋭部隊を、会談までに密かに王国内へ送り込みましょう」

 「それがいい。王国側も会談を要求した以上、会談が終わるまでは動き出せないからな。戦争は初動が一番大事だ」

 「わかりました。それでは帝都にいる陛下に至急伝令をやり、会談と進軍の許可を取り付けましょう」


 ヘリアンサス王国に当初の計画を悟られたのは誤算だった。

 だが、それはこれからの新しい計画で挽回すればいい。


 「いよいよ、我々の計画も最終局面だな」


 ゲーベルが重々しく言った。


 ――帝国の存亡は、全てこの会談にかかっている。

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