20 『交渉』
――拝啓 ラグランジュ商会フィルマン様
突然のお手紙、失礼いたします。
私は、ヘリアンサス王国第一王女、ティアと申します。
この度、王家として、フィルマン様のお力をお借りしたく、ご連絡差し上げました。
本当は私が直接商会へ伺えればよかったのですが、多忙のため今回はお手紙にて失礼いたします。
詳しい話は、この手紙をフィルマン様に届けた二人、ケータとクロエに伺ってください。
彼らには、私から本件についての全権を任せておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
追伸 別件ですが、健康的な羊を仕入れるルートをご存知でしたら教えてください。
ティア・ローズ・クラリス・シャリエール
敬具
「なるほど、王家からの依頼ですか」
ティアからの手紙を読み終わったフィルマンが、顔を上げた。
「ああ。そこに書いてある通り、今回俺たちは王家の代理人として来ている」
「……確かに署名は本物のようですね」
封筒の裏をしげしげと眺めてから、フィルマンが頷いた。
今回、ラグランジュ商会との交渉にあたり、啓太はティアに親書を頼んだ。
そもそもが国の存亡にに関わるような計画である以上、一介の行商人としてではラグランジュ商会を動かせないと踏んだのだ。
「ちなみに、なぜ羊なのでしょうか?」
「……それは気にしないでくれ」
ティアは親書を書き上げるとさっさと封をしたため、彼女が余計な一文を書き加えていたのには気づけなかった。
だが、全て事がうまくいったらラグランジュ商会に羊を依頼してもいいかもしれない。
「さて、ケータ様。今回のあなた方のお立場はよくわかりました。詳しい話を聞かせて頂けないでしょうか?」
「もちろんだ。この部屋は盗み聞きの心配は無いな?」
「ええ、もちろんですとも。情報の管理も商売成功の秘訣ですよ」
そう言って、フィルマンはいたずらっぽく笑った。
「それもそうだな。最小限の情報以外は明かさない方がいい。武具の出所とかな?」
「ほぅ……」
フィルマンの顔に感心の色が浮かんだ。
「ケータ様。あなたは私が思っているより聡明な方のようですね」
「話というのは、その武具のことなんだ」
そう言って、啓太は武具に関してオロンの街で見聞きしたことをフィルマンに話した。
「……なるほど、帝国は武具の供給を止めたと」
「ああ。そして、王国内で武具が不足したタイミングで攻めて来るつもりだ」
「上手い手ですね」
フィルマンは、肩をすくめた。
「さすが、狡猾だよ。いつから戦争まで計画していたのかは分からないけどな」
「ケータ様の話を聞く限り、おそらく最初は金儲けだけが目的だったのでしょう」
フィルマンが、腕を組んでそう言った。
帝国の計画は、大きく二段階に分かれていた。
第一段階は、王都内での武具のシェアを上げること。
軍事大国である帝国には、たくさんの武具工房があり、武具の生産量も多い。
そのため、周辺各国の中でも最も安い値段で武具を輸出できた。
「最も、ただ安いだけではヘリアンサス王国内のシェアを大きく奪うことはできなかっただろうけどな」
「我々商人も、うまく利用されたということですね」
帝国は、王国内の商人たちを促し、裏で談合させていたのだ。
安い価格で武具を仕入れた商人たちが次に考えることは、いかにして高く売るかだ。
価格競争で利ざやが減るのを防ぐためには、最終的な販売価格をそろえれば良いだけだ。
「この談合の一番上流にいた商人たちに、帝国の息がかかっていたようだ」
啓太は、オロンの北にあった砦に、いそいそと食料を運んでいたカルノー商会の面々の顔を思い出しながら言った。
「我々としては、談合に乗るためには彼らから仕入れるしかありません。その結果、王都内の全ての武具が帝国製になってしまったのですね」
すべての武具を帝国から購入するようになり、それが一番儲かるようになれば当然、他の国から武具を購入する必要がなくなる。
だが、一度失われた商流を作り直すのは、困難を極めるものだ。再び、一から人脈、輸送経路、売り先を構築しなくてはいけない。
「当初の計画では、ある程度この方法で武具を売り続けた後に、輸出価格を釣り上げて利益を増やすつもりだったんだろうな」
「談合のおかげでそもそもが割高で売っているものですし、値上げされても文句は言えないでしょう」
「だが、彼らはここ最近で計画を変更したようだ」
ようやく本題にたどり着いた。
「帝国は今、戦争の前準備としてヘリアンサス内を武具不足にさせようとしている」
啓太は、フィルマンの瞳をまっすぐに見つめた。
「戦争を防ぐためにも、ラグランジュ商会には二週間で新たな武具の仕入れルートを作って欲しいんだ」
「事情は分かりました」
フィルマンはそう言って、椅子に深く座りなおした。
「じゃあ――」
「ですが今すぐに協力するとは言えませんね」
「どうしてですか!?」
今までおとなしく座っていたクロエが、声を上げた。
「クロエ様、新しい仕入れ先を見つけるのは、簡単ではないんですよ」
フィルマンが諭すように言葉を続ける。
「まず、実際に仕入れ先の都市まで人を派遣する必要があります。それだけでも、時間とお金がかかります。交渉がそこでまとまればいいのですが、駄目ならやり直しです」
フィルマンが二本目の指を立てた。
「それから、安定的に武具を仕入れて王都まで運ぶためには、道中の安全が確保されていなくてはいけません。これもまた、検証に時間とお金がかかります」
フィルマンの視線が、クロエから啓太に移った。
「とても二週間では終わらないですよ」
ここまでは、予想通りだ。
「フィルマン、今回そこはあまり問題にならないはずだ」
「どういうことでしょう?」
「今回、並行して別の仲間たちが既に交渉に向かっている」
今頃ココス王国との国境に向けて進んでいるシルヴィとニーナの顔が思い出される。
「うち一人は、現地の商会に人脈があるから、数日でまとまるだろう」
「それは素晴らしい。交渉さえまとまれば、輸送自体は何とかなりそうですね」
フィルマンの言葉に、クロエが目を輝かせた。
「それじゃあ――」
「ですが、これでは私たちに利益が無いんですよ」
フィルマンの表情が、固くなった。
「そんな、あんまりです! 国の存亡がかかっているんですよ!?」
「クロエさん、我々商人は国ではなく利益に仕えているのです」
フィルマンの言うことはもっともだった。
商人にとっては、商売さえできれば国などどこでもよい。特に、ヘリアンサス王国のように国内の商人を保護していないような国ならば、なおさらいつでも他国に鞍替えできる。
(そう来ると思ったよ)
啓太は、内心でほくそ笑んだ。
「フィルマン、それならば利を示そう」
そう言って、啓太は指を三本出した。
「ひとつ。帝国からの供給が止まった今、新たな武具の仕入れルートを開拓すれば今後しばらくは国内で販売を独占できる」
フィルマンの目が細まった。
「ふたつ。こう見えても、俺は王都のすぐそばに領地を持つ領主なんだ。今回の一件が落ち着いたら一緒に商売の話をしよう」
フィルマンの脳内では、労力と利益が天秤にかけられていることだろう。
「そして三つ。王室は、今後こういうことが無いように王国内で今後商売を奨励しようと考えている。その法案作りに参加してもらおう」
「乗りました」
フィルマンが腕組みを解いた。
「流石ケータ様ですね。これだけの利を提示されてしまうと、協力しないわけにはいかないでしょう」
そう言って、フィルマンはにこやかにほほ笑んだ。
***
ラグランジュ商会との交渉を終えた啓太とクロエは、ティアと合流するために王宮に向かった。
「こ、これが王宮ですか……。すごいですね」
門の向こうに広がる広大な庭園と、その先にある豪華な王宮を見てクロエは驚嘆の声を上げた。
「そっか、クロエは初めてだよな」
「はい。本当に中に入れてもらえるんでしょうか?」
緊張で身を固くしたクロエの不安とは裏腹に、啓太達はすんなりと王宮内に迎え入れられた。
賢者(偽)率いる第一王女の仲間なのだ。当然である。
「まずは馬車を止めて、それからティアのところに――」
「ケータ!クロエ!」
唐突に、庭園内にティアの声が響き渡った。
「ティア!?」
「ティア様!?」
声のした方を見ると、王宮の最上階の窓を開けて、ティアがぶんぶんと手を振っていた。
「二人とも、早く上がってらっしゃい!」
「ティア様! 危ないですから中で待っていてください!」
遊びに来た友人を自室の窓から出迎えるような、なんとも気さくな王女様だった。
「二人とも、商会の方はどうだった!?」
部屋にはいると、開口一番ティアが尋ねてきた。
「ばっちりだ。予定通りラグランジュ商会の協力を取り付けてきた」
啓太はそう言って、ティアにピースした。
「ティア様の方はいかがでしたか?」
「私の方も、問題ないわ。父上も、全面的に協力してくれるみたいよ」
「軍の方は?」
「万が一に備えて、ひそかに帝国との国境沿いに兵を集める予定よ」
ティアもうまくやってくれたようだ。
「それで、あの件なんだけど……」
「どうなった?」
ティアは、少しためらいながらも、啓太に告げた。
「お父様にも話した結果、やっぱりケータが行くべきだってことになったわ」
「……そうだろうな」
今回の計画の最終局面。
無事に帝国の計画を阻止することに成功しても、ヘリアンサス王国に武具が十分にある事を示して帝国に兵を引くように交渉する必要がある。
その特使として、啓太が指名されたのだ。
「私も、この役が務まるのはケータだけだと思うわ。でも……」
ティアが言葉を濁した。
特使となった暁には、一人で帝国側との交渉に臨まなくてはいけないのだ。
「危険は承知だ。それでも、これは俺にしかできない」
「私が護衛としてついて行くつもりよ。もう二度と、ケータをあんな目には合わせないわ」
小さなこぶしを握り締めて、ティアが力強く言い放った。
特使として臨む交渉に一国の第一王女が、それも護衛として付き添うのは前代未聞だろう。
この世界に来た当初の啓太なら断っていたはずだ。
だが今の啓太は、ティアの優しさも、意思の強さも知っている。
だからこそ、今啓太が言うべき言葉は一言だけだった。
「頼んだぞ」
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