19 『それぞれの役割』

 「みてみて!王都が見えてきたわ!」


 ティアが興奮して指さす方を見ると、地平線上にぼんやりと茜色に染まる王都ローサの城壁が見えてた。

 まだまだ距離はあるが、この分なら日が暮れる前につくだろう。


 オロンを出発してから丸二日間、あっという間の旅だった。


 「行きは色々ありましたけど、帰りはびっくりするぐらい順調でしたね」


 そう言って、クロエはにっこり笑った。

 幸いなことに、復路は天候に恵まれた。もちろん追跡者もおらず、啓太達は何事も無く順調に馬車を走らせることができた。


 「帝国の連中も、今回は力技での解決には懲りたようだな」

 

 ちらっとティアの方を見ながら、啓太が呟いた。

 賢者ゲーベルを要する帝国も、ティアの火力には適わないと、帰り道での襲撃は諦めたようだった。


 「どうした、ティア?」


 いつもならこういう時は精一杯のどや顔をするはずのティアが、意外なことに肩を落としてしょんぼりしている。


 「……結局、帰りはあの羊さん達に会えなかったわね」


 ぽつりと、ティアが呟いた。どうやら、デニスの羊達に会えなかった事に落ち込んでいるようだ。


 オロンからの復路でも、啓太達は往路と同じ村に一泊した。

 宿屋に荷物を置いた瞬間にデニス(というより羊達だが)を探しに飛び出したティアだったが、残念ながらデニスが村を離れているタイミングだったようで、見つけることができなかったのだ。


 (確かに、ティアは往路でデニスと最初にあった時から羊たちにメロメロだったな)


 啓太は、ティアの頭に手を置くと、優しく声を掛けた。


 「全部終わったら、屋敷でも羊を飼おう」

 「本当!?」


 ティアの顔がぱっと明るくなった。


 「本当だ。だが、その前にちゃんとやるべき仕事を片付けないとな」


 啓太はティアの頭から手を離すと、先行するニーナとシルヴィの馬車を呼び止めた。


 「ニーナ!シルヴィ!一旦止まってくれ」

 「はい!わかりました!」


 ニーナの返事と共に、目の前の馬車がスピードを落とし始め、道の端に止まった。

 啓太達も、その横に馬車を止めた。


 それぞれの馬車の御者台から降り、啓太達は草むらの上で車座になった。


 「よし、いよいよ王都に戻ってきた」


 ティア達の顔を見回しながら、啓太が切り出した。


 「これからどうすればいいかは、オロンの宿屋で相談した通りだ」

 

 全員が、力強く頷いた。


 「改めて確認しよう。戦争を回避するためには、王国に武具が十分にある事を見せつける必要がある。帝国が輸出を止めても全く堪えていないこともな」

 「帝国は、ヘリアンサス内で武具が不足したタイミングで攻めてこようとしているのよね?」

 「その通りだ、ティア。だから、我々は一カ月以内に帝国以外から武具を手に入れるルートを確保する必要がある」


 啓太はそこで一呼吸置いた。


 「ここからは、別行動だ。それぞれ何をすべきかは大丈夫だな?」


 シルヴィが、口を開いた。


 「開戦まであまり猶予がありませんし、私とニーナは王都には寄らずそのまま先に進みます」

 「申し訳ないが危険な旅になるかもしれない。ニーナ、シルヴィを頼んだぞ」


 啓太の言葉に、ニーナが剣の柄を撫でながら無言で頷いた。


 ニーナとシルヴィは、これから啓太達と別れて南のココス王国に向かう予定である。

 ココス王国はヘリアンサス王国と今のところ友好的であり、かつ商業も盛んな国だ。

 そこでシルヴィの人脈を辿り、必要な武具を仕入れる段取りをつけることが二人の目標だった。

 もちろん、万が一帝国側に動きを読まれてしまえば、道中で襲われる危険性が高い。

 そのため、護衛としてニーナが同行する。


 「私とケータさんは、ラグランジュ商会ですね」

 「そうだ。フィルマンの説得には、クロエの協力が必要だ。頼んだぞ」

 「はい!」


 啓太とクロエは、王都に入りラグランジュ商会に向かう予定だった。

 仮にニーナとシルヴィが武具を売ってくれる商人を抑えても、それを王国まで運ぶ手段が必要である。

 そのためには、王都最大の商会であり国中にネットワークを持つラグランジュ商会に協力してもらうのが一番いいだろう。


 「ケータ、私は一旦王宮に戻るわね」

 「ああ。国王の説得は、お前にしかできない仕事だ」


 国王への状況説明と、計画への協力依頼はティアの仕事だ。

 武具を仕入れるためにはまとまった資金が必要だし、戦争が回避できなかった時に備えて軍を展開する必要もある。


 「この国には、もう戦争をするだけの財が無いわ」


 ティアが、悔しそうな表情で語った。


 「だからこそ、この戦争は絶対に回避しなくちゃいけないの! 危険を承知で協力してくれる皆には、心から感謝しているわ」


 珍しく殊勝な様子で、ティアが言葉を紡ぐ。


 「皆、これまでこんな王女について来てくれてありがとう。終わったら、国として必ず褒美を渡すわ。だから、最後まで協力してちょうだい」


 そこで言葉を切ったティアは、自信なさげな表情で回りを見回した。

 なんだかんだ言って、ティアもまだ子供だ。色々不安になることもあるんだろう。

 

 だからこそ――


 「はい!ティア様!ココスの方は任せてください!」

 「必ず役目を果たす」

 「ティア様、絶対に成功させましょうね!」


 シルヴィ、ニーナそしてクロエ。みんなが次々と力強い言葉を述べた。


 「ティア、最後まで皆で一つの目標に向かって進むのがチームってもんだ」

 

 そう言って、啓太はティアの頭を撫でた。


 「絶対にこの計画を成功させよう。全部終わったら――」



 「――屋敷に戻って、またみんなでかくれんぼでもしようぜ」


***

 

 「さて、まずはフィルマンだな」


 ニーナ、シルヴィの馬車と王都の手前で分かれ、王宮でティアを下した啓太とクロエは、その足でラグランジュ商会に向かった。

 二人が商会に着いたときまだ日は暮れておらず、商会の建物周辺には行商人の馬車が並んでいた。


 「今回は商売に来たわけじゃないし、行商人たちがはけるまで暫くまとうか」

 「そうしましょう」


 啓太達は、商会から少し離れた建物の影に馬車を止めた。

 日が暮れれば、商会の営業は終了するはずだ。フィルマンに話をしに行くのは、その後の方が良いだろう。


 「なんだかこうしてケータさんと二人きりなのは初めてかもしれませんね」


 ふと、クロエが口を開いた。


 「確かにそうだな。初めて会った時はニーナがいたし」

 「……そうですね」


 そう答えるクロエの目は、昔のことを思い出したのか、どこか遠くを見つめていた。


 (あの時のクロエはボロボロで、本当に死にかけていたな)


 あの薄暗い地下牢で見つけたときのクロエの様子が思い出される。


 「それから考えると、クロエはずいぶん元気になったよな」


 しみじみと、啓太が呟いた。 


 「ケータさんのおかげですよ」

 「クロエの病気を実際に治したのはティアだけどな」


 啓太の言葉に、クロエが振り返った。

 彼女は啓太の顔をまっすぐな瞳で見つめると、真剣な表情でこう言った。


 「確かに、病気そのものを直していただいたティア様には心の底から感謝しています」


 夕日に照らされたクロエの頬は、心なしか朱が差しているようにも見える。


 「ですが、私が一番感謝しているのはケータさんなんですよ」


 すっ、とクロエの顔が近づいてきた。

 農家の娘とは思えないほど白く透き通った肌や、赤く染まった頬、濡れたまつげが目の前にあった。

 

 (クロエってこんなに綺麗だったのか)


 頭の片隅で、そんなことを思ってしまった。

 

 「あの暗い地下牢で私を見つけ出してくれたのも、私を見捨てずに病気の原因を突き止めてくれたのもケータさんです」


 クロエがさらに顔を近づけてきた。

 クロエの息遣いや、心臓の鼓動すら感じられる気がする。


 「ケータさんは、私にとっての王子様です」


 その言葉と同時に、ふにっ、と柔らかい感触が啓太のくちびるに一瞬触れた。

 啓太の思考が止まる。

 数秒遅れて、それがクロエのくちびるだと気づいた。


 「ケータさん、ありがとうございます」


 はにかみながら、クロエが言った。


 くちびるとくちびるが触れるかどうかの軽いフレンチキスだったが、それでも啓太にとっては人生で初めてのキスだ。

 

 (やべぇええええ!めっちゃドキドキした!)


 まっすぐなまでのクロエの好意を支え切れるほど恋愛経験がない啓太は、顔を真っ赤にしたまま目をそらすしかなかった。


 「……この一件が終わったら、今度は皆で、連れ去られたティアの家族を探そう」


 辛うじて絞りだした啓太の言葉に、クロエはあふれんばかりの笑顔で答えた。


 「はい……!」



 それからなんとなく話題を見つけられずに、啓太とクロエは無言で商会の入口を眺め続けた。

 


 茜色に染まっていた空に夜の紺碧が差し始めた頃、最後の行商人が帰っていった。

 建物からは商会員と思わしき男たちが出てきて、後片付けを始めている。


 「よし、そろそろ行こうか」

 「はい!」


 啓太達は、建物の影から馬車を進めた。


 「すみません、本日の営業はもう終了したんですよ」


 近づいてくる啓太達の馬車を見て、商会員の一人がそう言った。


 「俺たちは商売をしに来たわけではない。フィルマンさんに話があるんだが、呼んでくれないか?」


***


 「おお!これはこれはケータ様」


 啓太達が応接室に通されてすぐ、フィルマンが部屋に入ってきた。


 「おや、そちらの方は?」

 「クロエと申します」


 ぺこり、とクロエが頭を下げた。


 「ケータ様もすみに置けませんね。奥様を置いて別の女性と来るなんて」

 「……わかった上でからかってるだろ」


 フィルマンは、いたずらっぽく微笑んだ。


 「おっしゃる通り冗談ですよ。失礼しました」


 視界の端に、クロエがジト目で啓太を睨んでいるのが見えるが、誤解は後で解こう。


 「――で、本日はどういったご用件で? 武具の件でしょうか?」


 フィルマンの目が、すっと細くなった。

 さすが、商売の話になると真剣だ。


 「武具の件と言えば、武具の件だな」


 そう言いながら、啓太は懐から封筒を取り出した。


 「事情を説明するためにも、まずはこれを読んで欲しい」

 「っ! これは……!」


 封筒を受け取ったフィルマンが、驚きの声を上げた。

 

 封筒の差出人の欄にはこう書いてある。


 「ヘリアンサス王国第一王女、ティア・ローズ・クラリス・シャリエール様からですか」

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