18 『国境』
啓太達を乗せた荷馬車を含む隊列は、カルノー商会を出ると北に向かった。
そのまま、オロンの街の北門をくぐる
「……この馬車は一体どこに向かっているのかしらね」
馬車が北門をくぐりきったタイミングで、ティアがぽつりと呟いた。
門を出た馬車は、そのまま街道に沿って北上していく。
「この道の先には何があるんだ?」
「この先は、帝国との国境」
啓太の質問に、横からニーナが答えた。
「夜中にわざわざ街を出るってことは、間違いなくやましいことがあるな」
「密輸でもするのかしら?」
「それは無いだろう。荷台の中身は行商人たちから買い上げた食料品だぞ?それに、街を出る分には荷物検査も関税もない」
ありふれた食料品を、人目につかず運ぶ理由が思いつかない。
「とりあえず、このまま様子を見よう」
透明化のおかげで姿は見えないが、啓太の言葉にティアとニーナが頷いたのを感じた。
馬車は、途中で街道を逸れ、ごつごつした砂利に覆われた山道に入った。
地面の凹凸に合わせて、啓太達の乗る荷台も激しく揺れる。
「ケータ、もうだめ、吐きそう」
「俺もだ。だが吐くなよ?」
今ここでティアが手を離したら、一瞬でカルノー商会に見つかってしまうだろう。
そうなったら、この調査も台無しだ。
啓太は空いている方の手でティアの背中をさすりながら、こうぼやいた。
「それにしても酷い道だな」
「地図にこの道は載っていなかった。新しい道」
「載っていない?」
ニーナの言葉が少し引っかかる。
「王都で買った地図には、オロンから北に向かう道は街道一本しかなかった」
「街道には関所があるよな?」
「そう」
少しだけ、わかってきたかもしれない。
「ティア、帝国との関係は今どうなんだ?」
「そうね、私の知る限りだと悪くないはずよ?あまり争ったこともないし」
「国境では、荷物検査をしてるのか?」
「確か、ヘリアンサス王国の全ての国境線で同じように出入りを記録しているはずよ」
もしこの馬車が街道以外のルートで帝国に向かっている場合、理由は二つ考えられる。
一つは、通行税を逃れるため。
だが、そもそも相場の倍で買い取った食料品だ。通行税を逃れるためとは考えられない。
「となると、理由は一つしかないな」
「ケータ、わかったの!?」
「ああ。この馬車がこんな道を通っているのは、食料品が帝国に運ばれた事実そのものを隠すためだ」
ケータがそこまで言ったとき、馬車が止まった。
暗闇ではっきりとは見えないが、馬車が止まったすぐ先には高い建物がある。
「あれは何かしら……?」
「近くまで行って、確かめるか」
「賛成。どちらにしろ、馬車を抜け出すなら今がチャンス」
ニーナの言葉に頷くと、啓太達は慎重に馬車を抜け出した。
馬を荷台から外す作業を始めた商会員の横を慎重に通り抜け、建物に接近する。
「これは……、砦か?」
「帝国の砦みたいね」
そう言って、ティアは砦の入口に掲げられた旗を指さした。
深紅の地に金の龍が躍っているあの旗は、帝国軍の証だ。
「カルノー商会が食料を集めて運び込んだのは、帝国の砦か。ビンゴだな」
啓太は自分の仮説が正しかったことを確信した。
「後は、もう少し何か情報を――」
「静かに!誰か出てくる」
啓太の言葉を遮ったニーナの指さす方を見ると、砦の入口から二つの人影が出てきた。
背の低い方の人物は松明を持っているため、暗闇にぼんやりと顔が浮かんでいる。
「プレディガー!」
ティアが驚きの声を上げた。
「知っているのか?」
「帝国の宰相よ。一度だけ、あったことがあるの」
「宰相がこんな国境近くの砦にいるのか」
帝国宰相プレディガ―。そんな大物が来ているなら、これはチャンスだ。
「もう少し近づいて、話を聞こう」
足音を立てないように、ゆっくりと近づいていく。
少しずつ、二人の会話が聞こえてきた。
「……プレディガー、それで食料の方は順調か?」
「はい。予想通り、買取を倍にしたことで、蓄えのペースは上がっております。このままいけば二週間ほどで目標に到達するかと」
「王国にはまだ感づかれてないだろうな?」
「こうして夜中に輸送していますし、問題ないでしょう。『影』の方からも特に情報は来ていません」
明らかに、二人は何か陰謀めいたことを話していた。
ふいに、風が吹き松明の炎がたなびいた。それにより、背の高い方の男の顔が一瞬映し出される。
(! け、ケータ!)
(ああ、俺も気付いた)
背の高い男の顔は、昨晩酒場で啓太に話しかけてきた男そのものだった。
(メルキオール……! あいつ、何ものだ)
帝国の宰相という高い地位にいるプレディガーがへりくだる相手だ。只者じゃないだろう。
一言一句聞き逃すまいと、啓太は再びプレディガーとメルキオールの会話に意識を傾けた。
「武具の方はどうだ?」
ティアが、くいくいと啓太の腕を引っ張る。
わかっている。いよいよ本題だ。
「計画通り、全ての商会から引き上げました。これで、王国への武器の商流は止まります」
「それはいい。王国が気付くまでどれくらいかかると思う?」
「これまでの王宮への納品ペースで言うと、一カ月といったところでしょうか」
「十分だな。それなら決行は一カ月後がいいだろう」
風が強くなってきた。
松明に照らされたメルキオールが鷹揚に頷くのが見える。
それを見たプレディガーが、こう言った。
「すべてはあなたの思惑通りですね。
啓太達の時間が止まったような気がした。
(賢者ゲーベル?あれが本物の賢者ゲーベルなのか?)
(そ、そうみたいね。どうやら、帝国に先を越されていたみたいね)
見えなくとも、ティアが横でダラダラと冷や汗をかいているのが手に取るようにわかる。
(先を越されていた?どういうこと?)
(ニーナ、詳しくは帰ったら話す)
まあ、ニーナなら頼めば黙っていてくれるだろう。
ティアの失態は貴族連中にバレなければ問題ないはずだ。
「それで、詳しい計画についてなんですが―― どうされました?」
プレディガーが言葉を切り、ゲーベルの様子をうかがっている。
ゲーベルは、無言で
「ちょっと失礼する」
そう言いながら、プレディガーが啓太達に向かってゆっくり歩いてきた。
(やばいやばいやばい。透明化が見破られている!?)
啓太の心臓が早鐘を打つ。ティアとニーナも、息を殺してじっとしていた。
「ふむ……」
そう呟きながら、ゲーベルが何かを探すように空間を掻いた。
一回、二回。
「誰かの気配がしたんだが、どうやら気のせいだったようだ」
啓太のほんの目と鼻の先の距離まで来て、ゲーベルは引き返した。
(危ねぇえええ!)
***
プレディガーとゲーベルが再び砦に戻ったところで、啓太達はオロンまで戻った。
往路に馬車で通った道のりは、徒歩で下るには思ったより時間がかかったため、三人が透明化を維持したままこっそり門をくぐり、宿屋にたどりついたときには既に東の空が白んでいた。
「皆さん!」
「心配しましたよ!」
シルヴィとクロエが寝ているはずの部屋に入ると、二人は起きていた。
カルノー商会に軽く偵察に行く程度のはずが、一晩丸々かかっていることで心配したようだった。
「遅くなって悪かったな。でも収穫はあったぞ」
それから、啓太達は今回の偵察で明らかになったことをシルヴィとクロエに共有した。
食料を積んだ馬車は帝国の砦に運ばれていたこと。
武具は元々帝国から輸入されており、今は帝国が輸出を止めていること。
そして、帝国が賢者ゲーベルを召喚したこと。
「それでは、ケータ以外の賢者があちらについたということですね」
「ケータさんの方が、よっぽど優れていますよ!向こうの偽賢者をぎゃふんといわせてやりましょう!」
以外にも、シルヴィとクロエはゲーベルの話を聞いてもすんなり受け入れてくれた。
元々賢者ゲーベルを知らなかったというのもあるが。
「ケータ、それで帝国は何をしようとしているんですか?」
「私もまだ聞いてないわ。さあケータ、教えてちょうだい」
シルヴィとティアの言葉で、ニーナとクロエも啓太の方を見た。
「そうだな。今回の新しい情報ではっきりしたんだが――」
啓太は部屋中の視線が自分に集まっているのを感じた。
「――帝国は戦争を始めるつもりらしい」
「戦争!?」
ティアが驚きの声を上げた。
「そうだ。食料を急いでかき集めて、武具の輸出を止めたんだ。これは戦争準備だろう」
「ケータ、一つ聞いていいですか? どうして、戦争準備に武具の輸出を止めるのでしょう。戦費を稼ぐなら貿易は続けた方がいいと思いますが……」
シルヴィが疑問を挟んだ。
「そうだな、武具の輸出を止める理由は二つあると思う」
啓太は指を二本出した。
「まず一つ目。表面的な理由としては、戦争で帝国も大量の武具が必要になる。単純に輸出に回す余力が減ってきているはずだ」
啓太は指を一本折った。
「もう一つは何ですか?」
シルヴィの質問に直ぐには答えず、啓太はティアに向き直った。
「ティア、確か王国は武具のほとんどを王都の商会を通して王都以外から買っているんだよな?」
「ええ、そうよ。王都には武具工房なんて無かったはずよ」
「となると、王国の使用する武具のほとんどが帝国からの輸入である可能性がある」
そこで言葉を切ると、啓太は二本目の指を折った。
「もう一つの理由は、武具の供給を止めることで、王国の戦力を下げることだ」
「ケータ、武具を作っているのは別に帝国だけではない。他の国から輸入すれば問題ないのでは?」
ふいに、今まで黙っていたニーナが尋ねてきた。
「うん、ニーナの疑問はもっともだ。そしてここが一番重要なポイントなんだが――」
啓太は一呼吸入れると、少し声を落として続けた。
「武具の輸入が止まっていることに気付くまでの時間、そこから新しい輸入先を見つけるまでの時間は決して短くはない。帝国はそのすきに攻めて来るつもりだ」
「あっ!それでさっきゲーベルは一カ月で決行だ、って言ってたのね!」
ぽんっ、とティアが手を叩いた。
「恐らく、前々から帝国はヘリアンサス王国内の武具取引を独占するために動いていたんだろう。カルノー商会のように、国境の商会を味方に引き入れ武具を仲介させ、それを王都まで運んだ」
「恐らく、貴族の私兵相手にも武具を売っていたのでしょうね」
「クロエの言う通りだ。いつの間にか、王国内の武具取引は帝国に依存していたのさ」
宿屋の中は、しんと静まり返った。
「元々は金もうけのための商流だったと思う。商人を囲って、共謀して最終価格を同じにすれば割高でも気づかずに買ってしまうだろう」
「今回はそれを使って王国内の武具を減らそうとしているのね」
ティアが肩をすくめた。
「こうなったら仕方ないわね。攻めて来るなら、王国も迎え撃つ準備をしなくちゃ」
そう言うなり、ティアは勢いよく立ち上がる。
「こうしちゃいられないわ!皆、急いで王都に戻るわよ!早く報告して兵を整えないと!」
ティアが、皆に檄を飛ばした。
この決断力は、流石第一王女といったところだろう。だが――
「ティア、ちょっと待ってくれないか?」
「何よ?あまりのんびりしている時間は無いわよ?何ならこっちから先に攻め込んだ方がいいかもしれないわ」
そわそわしながらティアが聞き返してきた。
「もちろん戦争の準備は直ぐにでも進めるべきだろう。だが、宣戦布告まで二週間だけ時間をくれないか?」
啓太は、皆の顔を見回してから、こう続けた。
「まだ戦争は回避できる」
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