17 『疑惑の街』

 「――さて、困ったな」


 宿屋に戻った啓太達は、部屋で額を突き合わせていた。


 「結局、どこの商会も武具は売っていないって言ってたわね」

 「ええティア様。全滅でした」

 

 そう言って、シルヴィは肩を落とした。


 カルノー商会に武具の仕入れを断られた後、啓太達は手分けしてオロン中の大小の商会を回った。

 しかし、努力の甲斐虚しく、ついに武具を取り扱っていた商会は見つからなかったのだ。


 「うーん、タイミングが悪かったのかしら?たまたま売っていない時に尋ねちゃったとか……」

 「そうだとしても、どこにも売っていないのはおかしいですよね」


 クロエの言う通りだ。

 仕入れのタイミング等があるため、確かにアポなしで行ってすぐに武具が買えるとは限らない。

 だが、街中の商会を探しても買えないのは明らかに以上だ。


 「本当は武具なんて元々なかった?」


 一人だけ腕組みをして壁にもたれかかっていたニーナがそう呟いた。

 ちなみに、二日酔いからは無事に回復している様子だ。


 「だとすると、ラグランジュ商会に嘘をつかれたってことですね?」


 シルヴィがそう言った。 


 「シルヴィ、確かにその線もある。だが、オロンに行くことを選んだのは俺たちだろ」

 「……いわれてみればそうでしたね。それに、彼らが私達を騙す理由が思いつきません」


 なにより、フィルマンの話しぶりには啓太達を騙しているような節は感じられなかった。


 「となると、可能性は二つしかないな」


 そう言って、啓太は指を二本突き出した。


 「まずは、カルノー商会をはじめとしたこの街の商会全部が俺たちに武具の存在を隠している可能性」

 

 そう言いながら、啓太は指を一本折る。

 

 「ケータさん、それは無いかと思います。私たちが手分けして街中の商会を訪ねても、武具の影すら見ていないんですよ?」

 「そうだな、クロエ。昨日街についた俺たちを騙すためだけに、街中の商会が持っていないフリをするよう示し合わせるのは無理があるな」


 啓太はクロエの指摘に笑顔で答えると、二本目の指を折った。


 「となると、可能性は一つだ。この街ではかつて武具を取り扱っていた。だが、今は取り扱っていない」


 ごくり、と誰かが唾をのむ音が聞こえた。


 「問題は、どうして今は武具が取り扱われなくなったか、ですよね」

 「シルヴィは何か理由を考えつくか?」


 聞かれたシルヴィは、首をひねりながら答えた。


 「そうですね……、これまで武具を売っていた売主が、武具を売れなくなったからでしょうか」

 「その可能性はあるな」


 武具を売れなくなった理由にたどり着けば、謎が解けるかもしれない。


 「よし、一旦情報を整理しようか。これまで皆が違和感を感じたことを教えてくれないか」

 

 啓太がそう言って室内を見回すと、シルヴィが手を挙げた。

 

 「武具が無いことを除くと、どの商会もやたら食料品を買い取っていたことでしょうか」

 「カルノー商会以外の買取金額はどうだった?」

 「私が訪ねたところでそれとなく聞いたんですが、どこも相場の倍の値段を出していましたよ。そりゃ皆さん食料ばかり売りに来ますよ」


 シルヴィがわざとらしく肩をすくめた。

 確かに、幾ら冬とはいえ食料品を倍の値段を出してでも商会が買い漁っているのはおかしい。


 「ありがとう、シルヴィ。他にはないか」

 「はい、ケータさん!」


 クロエが立ち上がった。


 「今回の件と関係あるのかはわかりませんが、森の中でケータさんを襲った襲撃者も関係あるかもしれません」

 「彼らは屋敷からずっとつけてきていた。我々の旅を事前に知っていたはずだ」


 クロエの言葉をニーナが補足した。


 「クロエ、ニーナ、ありがとう。確かに、それも忘れちゃいけない。オロンへの旅の途中の出来事だし、無関係じゃないだろう」


 啓太を襲ったあの襲撃者のことを思い出すと、正直今でも若干左肩が痛む。

 肩をバッサリいかれて殺されかけたんだ。若干トラウマになっても非難はされまい。

 ティアがまとめて燃やしたせいで聞けなかったが、奴らの目的は気になる。


 「今まで皆が言ってくれたことをまとめよう。今のところ、解かなきゃいけない謎は三つだ」


 そう言って、今度は指を三本出した。


 「まず一つ。なぜ最近この街の商会は武具を取り扱わなくなったのか」


 啓太が指を一本折る。


 「二つ。なぜこの街の商会は割高な値段で大量の食糧を買い集めているのか」


 二本目の指を折る。


 「そして三つ。なぜあの襲撃者達は俺たちを襲ったのか」


 三本目の指を折った。

 一見すると、この三つの謎は全く関係ないようにも見える。

 だが、啓太には全ての謎が繋がっているような直観があった。

 『なぜ』を突き詰めていけば、答えにたどり着けるかもしれない。


 (『わからなくなったら『なぜ?』と五回は自分に問いかけろ』、入社直後によく言われた言葉だな)


 啓太は、今はもう戻れない日本にいた頃のある先輩の言葉を思い出し、懐かしさに頬を緩めた。


 「ケータ、私もいいかしら?」


 唐突に、ティアが手を挙げた。

 いつも自信満々の彼女にしては珍しく自信なさげな表情をしている。


 「どうした?」

 「あまり関係ないかもしれないけど」


 ティアは、ためらいながらそう前置きした。


 「昨日酒場でケータに話しかけてきた男がいたでしょ?」

 「ああ、メルキオール、とかいうやつだったな」

 「あの人、どこかで見たことあるのよ。ケータ、何か変な事聞かれたりした?」

 「いや、普通の世間話しかしなかったぞ」


 確かに、メルキオールとした会話はただの世間話だった。

 だが、内心啓太はメルキオールのことを最初から訝しんでいた。

 わざわざ啓太達に話しかけてきたのもそうだが、何よりもの違和感は握手をしたときだ。


 ――鍛冶職人にしては、やけに滑らかな手だったな。


***


 オロンの街を見下ろすシレーネ帝国の砦の中。

 政府高官の滞在用に用意された寝室にいたプレディガーは、ドアがノックされる音を聞いた。


 「どうぞ」

 「失礼する」


 ドアを開けて入ってきたのは賢者ゲーベルだった。


 「おお、賢者どの!」


 プレディガーは、手を挙げて例をする。


 「私の提案は、順調のようだな」

 「それはもう、賢者様にご提案頂いた施策ですから、抜かりはありませんよ」


 そう言って、プレディガーはにっこりと笑った。


 「無事にオロンの街から全ての武具を撤収しました。食料の方も、順調です」

 「そうか」


 ゲーベルは、満足そうに頷いた。


 「何とか王国のあいつらが見つける前に撤収できたようだな」

 「そうですね。あの刺客たちはあちらの偽賢者を始末することはできなかったのですが、奴らの到着を一日送らせた功績は大きいです」

 「できれば、食料を集め終わるまでは遠ざけておきたかった」


 ゲーベルは、眉間にしわを寄せながらそう言った。


 「奴らが感づきますかね?」

 「わからない。だが、あのケータとかいう奴は、本物だ」

 「どうしてわかるんですか?」


 プレディガーは、啓太を高評価するゲーベルをいぶかしんだ。

 質問に対し、ゲーベルは一呼吸おいてから答えた。


 「昨日奴と話した」

 「偽賢者と接触したのですか!?」

 「問題ない。偽名を名乗ったし、世間話しかしていない」

 「それならどうして、彼が本物だと見抜けたんですか?」


 プレディガーの質問に答えずに、ゲーベルは無言で右手を差し出してきた。


 「……なんですか、それ?」

 「それが普通の反応だろうな」


 ゲーベルが納得したかのように頷いた。


 「プレディガー殿、奴ははるかに文明の進んだ世界から来たのかもしれない」


 そう言いながら、ゲーベルは昨晩の酒場での啓太とのやり取りを思い出していた。

 ――あいつはな。


***


 少し欠けた月が、山脈の向こうからオロンの街を照らしている。

 誰もが寝静まった真夜中、裏路地を進む三つの影があった。


 「ケータ!もう少しゆっくり歩いてよ!早すぎるわ!」

 「こんなところで警備に見つかったら厄介だろ? さっさと目的地まで行くぞ」

 「ティア様、ケータの言う通り。今日は月が出ているから、通りにいると目立つ」


 影の正体は、啓太、ティア、ニーナの三人。声を落として会話をしながら、街の北に向かって歩いていた。

 三人の目的地は、カルノー商会だった。


 

 『三つの謎の内、武具と襲撃者は今すぐには解けないな。まずは食料から調べないか?』


 そう提案した啓太に対して、


 『わかった、私が荷馬車を追跡して行き先を突き止める』

 『はいはーい!私も行くわ!』


 とニーナとティアが協力を申し出たのだった。

 護衛として、ニーナなら隠密行動も可能だろうし、いざとなった時にティアの火力は役に立つ。

 結局、啓太が引率する形で、三人で夜のカルノー商会を偵察することになった。



 「見えてきたな」


 暫く裏路地を進んだ後、表通りに出てきた啓太達の目の前に商会の建物が飛び込んできた。

 真夜中だというのに、建物の外側にはいくつもの明かりが灯っており、周囲を煌々と照らしている。


 「こんな時間なのに明かりがついてるな。シルヴィがいたらこれがおかしいかどうか聞けるんだが……」


 啓太は思わずそう呟いた。

 あまり大人数で忍び込んでも発覚するリスクが上がるだけだ。ということで、シルヴィとクロエは宿屋で留守番していた。


 「よし、それじゃあティア頼んだ」

 「任せなさい!」


 そう言ってティアは胸をたたくと、右手を高く掲げた。


 「『透明クラルス』!」


 その瞬間、ティアの姿が闇に溶け込んだ。


 「ほら、早く!ケータたちも私の手を握りなさい!」


 何もない所からティアの声が聞こえた。

 恐る恐る、啓太が手を伸ばす。


 「ひゃっ!どこ触ってるのよ!」


 一瞬柔らかい感触を手のひらに感じた直後、げしっとティアに蹴られた。


 「見えないんだよ!仕方ないだろ!」


 啓太は気を取り直して、ティアと手をつなぐ。ニーナも、反対側でティアと手をつないだ。


 「これで俺たちの姿も見えないんだよな?」

 「そうよ。二人とも絶対に私と手を離さないでね?魔法が解けるから」

 「わかった」


 返事をしたニーナの方を見ても、石畳の道が見えるだけだ。


 「魔法ってやっぱりすごいんだな」

 「こんな魔法がつかえるのはティア様だけ。特別」


 全く姿が見えなくても、二人に褒められたティアがえっへんと得意げな顔をしているような気がした。


 「さあ、行くぞ」



 手をつないだまま慎重に歩を進めた啓太達は、無事にカルノー商会の前までたどり着いた。

 途中、何人かの商会員とすれ違ったが、まったく気づかれなかった。どうやら、透明化は上手くいっているようだ。


 「昼間入った入口はこっちだったな」


 小声でささやくと、啓太はティアの手を引っ張って室内に入った。

 昼間干し肉を売った部屋には、誰もいなかった。

 室内に照明は無く、辛うじて外の松明の光によって照らされている。


 「干し肉を積み替えた荷馬車は確かこっちだったわね」


 そんなティアの声が聞こえ、続いて手を引かれた。

 手を引かれた方の壁際には、昼間と同様に何台もの荷台が停められている。


 「俺たちの干し肉はこれだな」


 荷馬車の荷台には、啓太達の干し肉など、買い取った食用と思われるものがそのまま積まれていた。

 その中の一台に、自分たちが運んできた干し肉が積んであった。


 「後はこれをどこに運ぶかがわかれば――」


 コツコツ


 その時、部屋の入口から足音が聞こえてきた。それも、一つじゃない。


 (おいおい、どうする!?部屋の入口は一つしかないよな)

 (何とか隙間から出られないかしら?)

 (気付かれずに突破するのは難しい。向こうは足音からすると一人や二人じゃないはず)


 ひそひそ声で慌てて議論する啓太達だが、逃げる間もなくあっという間に、松明を持ったカルノー商会の男たちがぞろぞろと室内に入ってきた。

 何人かは入口を塞ぐようにして立ち、残りが啓太達のいる壁に近づいてくる。 

 これでは逃げ場がない。


 (このままじゃ見つかるぞ!)

 (ええい!イチかバチかよ!荷台に隠れましょ!)


 そう囁くと、ティアが啓太とニーナの手をつかんだまま、干し肉の束の中によじ登った。


(さあ!二人とも早く!)


 ティアに強引に手を引かれ、啓太とニーナも荷台に上がった。

 

 部屋に入ってきた商会員達は、あわただしく荷馬車に馬をつなぎ始めた。

 皆、後ろめたいことでもあるかのように一言も発さず黙々と作業を進めている。 。

 

 ――そして、啓太達を乗せたまま、荷馬車は出発した。

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