16 『酒は飲んでも飲まれるな』

 太陽が西の地平線にに半分ほど潜った頃――


 宿屋に荷馬車を預けた啓太達は、街の中心部近く、多くの人でごった返す酒場の中にいた。


 「ぷはぁ!おいしいわね!」

 

 口に白い泡を付けながら、ティアが満面の笑みで飲み干したエールのジョッキを掲げる。


 「はしたないぞ」

 「……えいっ!」

 「痛っ!」


 ぽろっとこぼした啓太の言葉を聞き、ティアが机の下でげしっと啓太の足を蹴った。


 「いいじゃないですか、ケータ。今日の目的は旅の疲れを癒すことです。細かいことは気にしないで行きましょう」

 「シルヴィさんの言う通りですよ!ケータさん、じゃんじゃん飲みましょ!」


 そう言いながら、クロエとシルヴィは葡萄酒のジョッキを勢いよく煽った。

 そのままジョッキを空にすると、シルヴィが手を挙げて店員を呼んだ。


 「すみませーん!葡萄酒を四杯追加して下さーい!」

 「はいよ!」

 「頼みすぎだ!……というか四杯って俺も入ってるの?」


 さすが中世、飲酒に対する年齢制限など皆無だ。

 現代基準だと立派な未成年のシルヴィとクロエも、酒場の席に着いた瞬間から葡萄酒をがばがば飲飲んでいた。

 ……というか飲み慣れすぎじゃね?


 「すみませーん!私にも葡萄酒くださーい!」

 「お嬢ちゃんにはまだ早いよ!ほい!エール!」


 見た目が子供過ぎるという理由で、一人だけ葡萄酒の代わりにエールを出されていたティアが便乗しようとするが、あえなく断られた。

 

 「わーん!!ケーター!!私も葡萄酒飲みたーい!!」

 「ティアにはまだ早い!エールで我慢しなさい!」


 とはいえ、ティアが飲んているエールだって味は薄いがアルコールはまあまあ入っている。

 生水が飲めないこの世界では、水分はアルコール入りが標準の様だった。


 「はい!葡萄酒4杯お待ち!」

 

 店員が両手に抱えたジョッキを四つテーブルに置いた。


 「はい、ケータさん!」

 「まだ一杯目を飲み終わっていないんだが……」

 「そんなのするって飲んじゃってくださいよ!後がつかえてますよ!」


 そういうと、クロエは飲みかけの啓太のジョッキを持ち、無理やり口に注ぎ込もうとしてきた。


 「ちょっ、まっ。わかった、飲む!飲むから!」


 慌ててクロエからジョッキを奪い取り、葡萄酒を飲む。

 まさか異世界に来て、未成年の女子にアルハラされるとは思わなかった。


 というかいつの間にやらシルヴィは二杯目を飲み干していた。

 それでも全く顔色が変わっていないところを見るに、啓太とは持って生まれたアルコール分解遺伝子が違うようだ。


 「……ニーナは飲まないのか?」


 啓太がこの状況から助けて貰おうととニーナの方に視線を向けると、ニーナのジョッキの中にはまだなみなみと葡萄酒が残っていった。


 「あー!ニーナ飲んでないじゃないの!」


 目ざといシルヴィが、啓太の視線を追ってニーナの様子に気付く。

 

 「……私は自分のペースで飲む」

 「だめですよ~、ニーナさん。後がつかえます!ごきゅっと行きましょう!」

 「ご、ごきゅっ?」


 至極常識的なことをいうニーナだが、クロエは全く容赦なかった。


 (ニーナ、かわいそうに……)


 シルヴィとクロエの二人掛かりで口をこじ開けられ葡萄酒を注ぎこまれるニーナを見ながら、啓太は心の中でほろりと涙を流す。

 次は自分の番だと察したのも含めて。



 飲み始めてから一時間程経ったころ――


 「うぇーん!ひぐっ、えぐっ!」


 すっかり出来上がったニーナは、机に突っ伏して泣いていた。


 (ニーナは泣き上戸だったのか。それに、アルコールに弱かったんだな……)


 ニーナがあまり葡萄酒を飲もうとしなかった理由に気付き、もっとちゃんとシルヴィとクロエを止めるべきだったと反省する啓太だった。


 「ほーらよしよし、ニーナはいい子ね」

 「ディアざまぁあああ!!!」


 頭を撫でられたニーナが、ティアに飛びつく。そのまま、ティアは聖母のような表情でニーナの頭を撫で続けた。


 「わだじ、でぃあざまのごえいなのに、ぜんぜんおやぐにだでながっだでず……」

 「そんなことないわよ?ニーナはちゃんとやってくれてるわ」


 ……おい、今何かさらっと重要なことカミングアウトしなかったか?

 ちなみに、ティアに気が付いた様子は全くなかった。


 「びえーん!ひぐっ!」

 「よいよーし。ケータ!屋敷に帰ったらニーナを飼っていい!?」

 「お前は何を言ってるんだよ……。ニーナは羊じゃないぞ」


 変なところでティアの母性本能が刺激されたようだった。


 「クロエ、十杯目行くわよ!」

 「望むところです!シルヴィさん!」


 テーブルの反対側では、クロエとシルヴィがペースを落とさずにひたすら葡萄酒を飲んでいた。


 (……カオスだ)


 こんな状況はこれまで経験したことが無い。

 いったいどう収集をつけたものか、啓太が頭を抱えた時――


 「楽しそうだな」


 ふいに、ジョッキを持った若い男が割り込んできた。

 

 (やばい、どうしよう)


 啓太達の最終目的は武具の商流の調査だ。

 それが終わるまでは、誰かに不自然に思われるような行動は慎まなくてはいけない。


 (……こんな時、シルヴィがいたら任せられてのに……)


 ちらっとシルヴィを見たが、葡萄酒を飲むのに忙しそうだ。

 

 (ここは空気を読んで合わせるしかないな)

 

 そんな情けない決意をすると、啓太は男の一挙手一投足を見逃すまいと意識を集中させた。

 

 男は啓太に微笑みかけながら右手のジョッキを掲げた。啓太もそれに合わせて自らのジョッキを掲げる。


 「「乾杯」」


 二つの杯が音を鳴らした。どうやらこれは正解だったようだ。


 「俺はメルキオール、この街で鍛冶職人をやっている」


 そう言って、メルキオールは空いている手を差し出してきた。


 「俺はケータだ。商人をしている」


 啓太はその手を取り、握手した。滑らかな手だった。


 「ケータたちは行商人か?」

 「ああ、わかるのか?」

 「この街じゃあまり見かけない顔だからな」


 そう言って、メルキオールはウィンクした。


 「でもうらやましいな、こんなに沢山女を連れて旅するなんて楽しいだろ」

 「……ほんとにそう思うか?」


 啓太の言葉にメルキオールはテーブルを見回すと、


 「……撤回するよ。お前も大変だな」

 

 と言って肩をすくめた。


 「それで、どこから来たんだ?」

 「王都の方だな」

 「おいおい、ずいぶん遠くから来たんだな。あの森を抜けてきたのかよ」

 「何とかなったよ」


 ニーナを胸に抱いて頭を撫で続けているティアの方をちらりと見て、啓太は答えた。


 「この街には何を売りに?」

 「干し肉とかだな」

 「そいつは有難いね!この街は、元々冬になると食料が取れないからな。干し肉を売ってくれるのはありがたいぜ」

 

 メルキオールは啓太の肩をばしばしと叩きながら言った。

 傷が塞がっているとはいえ、切られた左肩をたたかれるのは心臓に悪いぞ。


 「で、どこの商会に売るか決まったのか?」

 「まだだ。どこが大きいか知ってるか?」

 「そうだな……、この街だとカルノー商会が大きいかな?」

 「カルノー商会?」

 「町の北門すぐそばにある、でっかい建物だよ」


 そう言って、メルキオールは、酒場の壁を指さした。


 「この方向にまっすぐ進めばつくはずだ」

 「なるほど、助かったよ」

 「一緒に酒を飲んだ中だろ?あんたは干し肉が売れて儲かる、俺らはつまみの干し肉が増えて嬉しい」


 そう言って、メルキオールはにかっと笑った。


 「儲かったら、明日もここに来いよ。情報量代わりに酒をいっぱい奢ってくれればそれでいいさ」


***


 翌日の早朝。

 宿屋を出た啓太達は、荷馬車に乗って街の北門に向かっていた。


 「あれがカルノー商会か」


 門の近くに、ひときわ大きい二階建ての建物が見えてきた。その周囲には、何台もの荷馬車が既にならんている。


 「間違いないわね。ケータに教えてくれた昨日のメル何とかって人に感謝しないとね」

 「そうだな。あの規模なら武具も取り扱っていそうだ」


 二日酔いでずっしり重い頭で頷くと、啓太は馬車を進めた。

 ちなみにニーナは結局酔いつぶれてしまい、今は宿屋で寝ている。


 (あんなに飲んだのにケロッとしているシルヴィとクロエは本当化け物だな)

 

 シルヴィやクロエと次に酒場に行くときは気を付けようと、固く心に誓う啓太だった。



 「食料品を積んだ馬車はこちらへ!それ以外はあちらへどうぞ!」


 カルノー商会では、どうやら食料品とそれ以外で列が分けられているようだ。

 道には商会員が一人立っており、近づく荷馬車を誘導していた。

 啓太達の馬車は当然、食料品の列に誘導される。

 

 「シルヴィ、こうやって入り口を分けるのはよくある事なのか?」

 「うーん……。忙しい商会ですと二つ以上窓口を持っていることはよくありますが、種類ごとに列を分けるのは今まで経験したことないですね」


 列に並んでから、隣の馬車の御者台にいるシルヴィに尋ねたが、シルヴィは首をひねった。

 わざわざここまできっちり列整理をしている商会には行ったことが無いようだ。

 

 少し気になるが、理由は中に入ってしまえばわかることかもしれない。


 「それにしても、こっちの列は長いですね」


 御者台から身を乗り出して行列の様子をうかがっていたクロエが、そう言った。

 確かに言われてみると、食料品の列はそれ以外の品の列に比べて二倍以上の長さがある。


 「確かに不自然だな。今は冬だから、どちらかというと食料品の列が短くなりそうだが……」

 「私もそう思います。ぱっと見るに、積んであるのは普通の麦とか干し肉みたいですね」


 周囲の荷馬車の荷台を見ながら、クロエが言った。

 冬のこの時期に、これだけ沢山の農作物を積んだ荷馬車が集まるるのは、違和感がある。


 「何か臭うわね」


 啓太の思考をくみ取ったのか、隣で腕組みをしたティアがぽつりとつぶやいた。

 


 「次の方どうぞー!」

 

 並び始めてから数時間、太陽がすっかり高くなった頃。ようやく啓太達の荷馬車が商会の建物内に招き入れられた。


 「いらっしゃいませ」


 薄暗い部屋に入ると、すぐに帳簿を持った男がやってくる。

 部屋の入口は一つであったため、食料品以外の馬車とは部屋から分けられているようだった。

 視界の端、壁際にはたくさんの荷台が並んでいる。

 

 「なるほど、干し肉と香辛料ですか」


 荷台の幌をめくりながら、男がそう言った。

 男はそのまま干し肉を一枚持ち上げると、匂いを嗅ぐ。


 「少し湿ってますね」

 「ああ、ここに来る途中雨に打たれた。問題あるのか?」

 「いえいえ、品質に問題はありませんでした」


 そう言って、男は干し肉を荷台に戻した。


 「香辛料の方の鑑定は少しお待ちください。干し肉の方はそうですね……、一つ銀貨8枚でどうでしょう?」

 「銀貨8枚ですか!?」


 男の提案に驚いたシルヴィが叫んだ。

 同じ干し肉は、王都では一つ銀貨4枚だった。

 それがこのオロンの街では倍の値段で売れるとは、驚きだ。


 「はい。ご不満ですか?」

 「いや、大丈夫だ。その値段で売ろう」

 「ありがとうございます」


 男は恭しく一礼した。取引成立だ。


 男が指示を出すと、商会の下働き達がてきぱきと啓太達の馬車から干し肉を運び出していく。

 下働き達は、壁際の荷台の一つに干し肉を積んでいった。


 「それで、代わりの商品を仕入れたいんだが」

 

 下働き達の動きを眺めながら、啓太が切り出した。


 「もちろんですとも!何なりとお申し付けください。何がよろしいですかな?布でしょうか?それとも鉱石でしょうか?」

 「武具なんてどうだ?」


 啓太の言葉を聞いた瞬間、男の目がすっと細くなった。


 「武具ですか」


 男は、手元の帳簿をぱらぱらとめくると、


 「お役に立てず申し訳ございません。現在、当商会では武具の取り扱いをしていないのですよ」


 と申し訳なさそうに言った。

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