11 『出発』
ラグランジュ商会の本部は、王都でも数少ない三階建ての建物だった。
通りに面した一階部分は外部から来た一般商人との取引きに、三階は商会員達の書斎や寝室となっている。
そして、その間の二階にはいくつかの豪華な応接室が用意されていた。
「大きな商会ってのは、儲かるんだな」
案内された応接室を見回しながら、啓太が呟いた。
王宮や屋敷のような、柱や壁の豪華な装飾こそないものの、今啓太が腰かけているゆったりとした椅子や、壁にさりげなく飾られている絵画などはおそらく高価なものだ。
むしろ、啓太の基準だと華美な貴族の装飾よりも趣味が良く、好ましく感じられた。
「それほどでもありませんよ。応接室は、我々商会にとっては戦場です。特別重要な取引の際に使うことを目的に設えられていますので」
啓太の正面に座った商会長のフィルマンはそう言ってほほ笑んだ。
(『特別』、か)
啓太はフィルマンの言葉を反芻する。
啓太達の話を聞いた受付の男が連れてきたフィルマンは、啓太とシルヴィを一瞥するなり二人を応接室に通した。
この待遇は、どう考えてもわずか30枚程度の干し肉を売りに来た商人に対するものではないため、何か裏があるはずである。
ちなみに、フィルマンは商人の間ではそこそこ有名らしく、フィルマンとあってからずっとシルヴィは緊張でカチコチに固まっている。
「なるほど、おっしゃる通りですね」
世間話は十分だろう。啓太は本題を切り出した。
「それで、どうして俺たちをそんな特別な部屋に招待したんだ?」
「あなたたちが武具の商売に興味があると聞きましたので。少し、ご相談させていただきたいことがあるのです」
啓太の質問に、フィルマンは身を乗り出した。
「既に聞き及んでいるかもしれませんが、私どもの商会では、王室相手に武具の取引をしております」
「ああ、さっき受付の男から聞いた」
啓太の言葉に、フィルマンが笑顔で頷く。
「それは良かった。それで、私たちは王室に売るための武具を他の街の商人から仕入れているのです。王都には武具工房はありませんからね」
「他の街というと、具体的にはどこだ?」
「いくつかの街と取引させていただいております。少々お待ちを」
そう言いながら立ち上がると、フィルマンは棚から一束の羊皮紙を取り出して戻ってきた。
「こちらが帳簿になります。最近ですとそうですね……、ラヴァンドラやリラ、オロンでしょうか」
「どれも北の方の街ですね」
街の名前を聞いたシルヴィが口をはさんだ。
「おっしゃる通りです。今は冬ですし、特に寒さが厳しい王国北部では作物もあまりとれません。売り物が他にあまりないのでしょう」
「今言った3つの街には武具の工房があるのか?」
「さあ、私達はこの街にやってきた商人から武具を買っているだけですので、そこまでは知りませんね」
武具取引の流れをつかむのが、今回の訪問の目的だ。
啓太は機を見て切り込み反応を見ようとしたが、フィルマンは顔色一つ変えなかった。
(王室と取引をする以上、武具の品質は重要なはずだ。それを知らないはずはないと思うけど)
おそらくフィルマンは、武具の出所を知っていて黙っているのだろう。
さすが王都最大の商会の長、食えない男だ。
これまでの会話を見るに、フィルマンは非常に頭が切れる人物だ。このまま遠回りな会話を続けていても、うっかり重要な情報を漏らすことは期待できないだろう。
とはいえ、ここで事を荒立てるのはあまり望ましくない。
(今は、一旦フィルマンの提案に乗っかるフリをした方がいいだろうな)
「武具の状況は分かった。それで、俺たちに何をさせたいんだ?」
「話が早い方は好きですよ」
桁の言葉に、フィルマンは手をもみながらにっこりと笑った。
「あなた方には、武具を北の街で仕入れて、当商会に売っていただきたいのです」
「仕入れる?今も武具を売りに来る出入りの行商人は沢山いるだろう」
「ええ、もちろんです」
フィルマンはそこで一呼吸入れると、声のトーンを落とした。
「これは内密にしてください。実は、私どもは現在さらなる武具取り扱いの拡大を計画しているんです。これからは王室だけでなく、近隣の貴族たちにも売りたいですしね」
その近隣の貴族の一人が国外追放されたことを知ってか知らずか、フィルマンはウィンクしながらそう言った。
「そういうわけで、あなた達にもぜひ協力をお願いしたいのです。もちろん、タダとは言いません。1セットあたり銀貨500枚で買い取りましょう」
「ぎ、銀貨500枚ですか!?」
フィルマンの言葉に、シルヴィが椅子から飛び上がった。
(銀貨500ってすごいのか?)
(破格ですよ!相場の1.5倍ほどもあります!)
まだこの世界の金銭感覚が身についていない啓太は、こっそりとシルヴィに尋ねた。
行商人の彼女の目から見ても、どうやらかなりお得な取引だ。
「フィルマンさん、その値段で武具を買っていただけるのなら文句はない。ぜひ協力させてくれ」
そう告げ、啓太はフィルマンに向き直る。
「だが、一つだけ確認させてもらえないか?」
「何でしょうか?」
「どうして俺たちなんだ?ラグランジュ商会程の規模なら、武具の取引をしたがる商人なんて毎日ごまんといるだろ」
啓太の質問を聞いたフィルマンはわざとらしく肩をすくめると、楽しそうに答えた。
「種を明かすと簡単なのですが、あなたたちがあの干し肉を貴族から仕入れてきたからですよ。私どもとしても貴族の方々とのつながりは貴重です。まして、これから拡大する武具の新しいお客様になっていただけるかもしれませんしね」
そう言って、フィルマンは再びいたずらっぽくウィンクするのだった。
***
「どうだった?」
王都からの帰り、傾き始めた日に照らされた街道を進みながら、啓太はシルヴィに尋ねた。
「流石はフィルマン様、噂通りのやり手でした」
「そうだな。自分たちの情報は必要最小限しか与えず、相手の情報はどんな些細なものでも上手に利用する。交渉が上手な男だ」
先ほどのフィルマンとのやり取りを思い出しながら、啓太はそう言った。
王室の武具を牛耳る巨大商会と聞いて、当初は計略に長けた狡猾な男をイメージしていたが、実際のフィルマンはただ純粋に商売のことを考える根っからの商人であった。
「実際、お互いにとっていい取引でしたよね。ラグランジュ商会は新しい仕入れ先を確保して、商売を拡大できますし、私達は手堅く大金を稼げます」
「ラグランジュ商会としても、どうせ王宮に割高で売ってるんだ。多少買取金額をはずんでも懐は痛まない」
フィルマンのと交わした買取価格の覚書書を眺めながら、啓太はそう言った。
「ただ、俺たちの目的だった武具の出所についてはあまり進展しなかったな」
「仕入れ元の商会に話を聞きに行くしかないでしょうね」
「仕入れ元か。さっきフィルマンが行っていた街の中だと、どこが一番行きやすいんだ?」
「あの中ですと、オロンが一番近いと思います。ちょうど、屋敷から北にまっすぐ行ったところだと思います」
そう言いながら、シルヴィは懐から地図を取り出した。
この地図は、ラグランジュ商会を出た後に、王都で購入したものだ。
人工衛星を用いた精密な地図に慣れている啓太の基準からするとかなり大雑把なものだが、それでも主要な街道と街の位置関係くらいはわかる。
啓太は、シルヴィの横から地図を覗き込んだ。
「ラヴァンドラとリラはずいぶん遠そうだな」
地図の中のラヴァンドラとリラは、いずれも王国の北東、北西の国境線沿いにある。
「そうですね。屋敷からですと、一週間ほどの旅になってしまいます」
シルヴィは、地図一か所――中央やや上を指さした。
「オロンはここですね。途中大きな森を迂回する必要がありますが、それ以外は街道沿いにほぼまっすぐ進めばよさそうです」
「なるほどな。大体どれくらいかかりそうか?」
「この地図の通りですと、急いで二日といったところでしょうか?」
急いで二日ということは、行商人の荷馬車をひいてのんびり走ると三日ほどになる。
それなら許容範囲だろう。
「よし、それならオロンの街にしよう」
***
翌朝――
啓太達は屋敷の前に止められた、二台の荷馬車に乗り込んだ。
先頭の馬車にはニーナとシルヴィ。後続の二代目には啓太とティア、そしてクロエが乗っている。
いつも通り御者の格好に扮しているニーナ以外は皆、粗末な服を着て行商人に扮していた。
ティアの輝くような金髪はさすがに目を引きすぎるため、帽子を被らせごまかしている
(意外と質素な服も似合うもんだな)
啓太は左隣に座るティアを見ながら、そんなことを思った。
昨晩は大変だった。啓太とシルヴィが屋敷に戻り、オロンまで調査に行くと言った瞬間にティアが駄々をこねたのだ。
『今度こそは私もついていくわ!』
『安心して、変装は得意なの!ちゃんと商人の格好をしていくから!』
いくらなんでも、第一王女を護衛なしで連れまわすのはまずいと啓太が説得したのだが、ティアは
『何言ってるの!ケータも見たでしょ?私は十分強いから問題ないわ!』
と腰に手を当てて仁王立ちしながらどや顔で言ってのけた。
それでも行かせないよう説得を試みたのだが、最終的には
『ひぐっ。私もいーきーたーいー!』
『こう見えて馬車の操縦もできるわ!護衛でも御者でも何でもするから、連れてってよー!』
と泣き始め、収拾がつかなくなったため仕方なく連れていくことにした。
驚くほどプライドが無い王女様である。
幾らティアが強くとも、何かあったら大変である。そのため、今回も御者に扮したニーナが同行することになったのだった。
「皆、準備はいいか?」
啓太の問いかけに両側のティアとクロエが、前の馬車のニーナとシルヴィが頷く。
「よし!それじゃあ出発だ」
啓太の合図で、二台の馬車は街道を進み始めた。
今回、それぞれの馬車の荷台には干し肉と香辛料を積んである。
予定では、商人に扮してこれらをオロンの街で売りさばきそのお金を元手に武具を仕入れる予定だ。
勿論、それはカモフラージュで、武具を購入する際に出所を聞くのが目的だ。
「ケータさん、いい天気ですね!」
啓太の右側に座るクロエが、空を指さして言った。相変わらず、啓太の腕にしっかりとしがみついている。
栄養失調から回復した今、啓太は二の腕に確かな柔らかさを感じていた。
「そ、そうだな。雲一つない空だ」
若干噛みながらも、平静を装ってそう返す。
「うーん、本当にいい旅行日和ね!」
一人だけ旅行気分のティアは御者台から足をぶらんと投げ出しながら、のんきにそんなことをいうのだった。
***
啓太達の馬車が出発したころ、屋敷のふもとのミアレ村には、一台の馬車が止まっていた。
現在は人っ子一人いないこの村で、この馬車を見咎めるものはいない。
「……出発したようだな」
馬車の窓から遠見の魔法を使って屋敷を監視していた男が、車内を振り返りながらそう告げた。
幌に覆われた馬車の荷台には、3人の男女が座っている。
「よし、俺たちも行くか」
幌にもたれかかるようにして座っているひげ面の男が、腕組みしたままそう告げた。
男の体は鋼のような筋肉でおおわれており、顔にある無数の切り傷が威圧感を増している。
「今日は雲一つない快晴よ?あまり近づきすぎるとばれるんじゃないの?」
車内の最後尾に座っている女が、そう尋ねた。
女であることを忘れたようなボサボサの髪に、よれよれの服。
どこかくたびれたような雰囲気のある女だが、その眼だけはギラギラと怪しい光を放っている。
「問題ない。向こうは素人連中だし、俺たちの馬車は普通の荷馬車にしか見えない。それに、万が一にでも見失うわけにはいかないからな」
ひげ面の男は、そう言って女の提案を跳ねのけた。
「よし、行くぞ。計画通り、途中までは見つからずについて行って、あいつらが森を回り込む時に勝負をかける。一気に森に追い立てて、それから一人ずつ始末するぞ」
ひげ面の男の言葉を聞くと、遠見をしていた男は無言で頷き御者台に移動した。
馬に鞭が入る。
三人を乗せた馬車は、啓太達の馬車を追ってゆっくりと街道を進み始めた。
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