10 『干し肉と商人』
「――全員資料には目を通したか?」
啓太は応接室を見回し、皆が頷くのを確認した。
かくれんぼをした翌日、前々から依頼していた王国の財政資料が屋敷に届いた。
現在は、それを受けた会議を開いている。
「王国の歳入と歳出の両方があったと思うが、個人的にはまず歳入から手を付けるべきだと思う」
「どうして?」
啓太の正面に座っているティアが、疑問を呈した。
「ティアはよく知ってると思うが、王国の収入はほとんどが税金だろ?そうポンポンと増税はできないはずだ」
「そうですね。ただでさえ、ここ数年で何回も増税がありましたし」
啓太の左に座るクロエが補足する。ちなみに、クロエが座っている椅子はなぜか啓太の椅子とぴったりくっついていた。
「結局財政を立て直す方法なんて二つしかないんだよ。支出を減らすか、収入を増やすかだ。収入を今すぐに増やせない以上、支出を減らすのが手っ取り早い」
そう言いながら、啓太は手元の資料をめくり、昨年の歳出について書かれた部分を見つけた。
「シルヴィ。行商人としていくつも国を行き来してきたって言ってたよな。これを見て、何か気が付くことはないか?」
「うーん……。私が見たことがあるのはうちの帳簿ぐらいですし、これだけ桁が大きいとよくわかりませんね」
啓太の右で、シルヴィが首をひねった。
「他の国の支出とかは知らないよな?」
「ケータは私のことなんだと思ってるんですか?一行商人にはそう言った情報は流れてこないですよ」
シルヴィが肩をすくめて笑った。
「皆ありがとう。どれだけこの国が使いすぎているのかを把握するためにも、他の国と比較できたらよかったんだが……」
啓太のいた現代ならば、まず似たような国の歳出を参考にし、どれだけ支出を減らせばいいのか目標を立てられたはずだ。
「無いものはしょうがない。今回は支出の大きいものから減らしていこうか」
「一番お金を使ってるのは、軍事費ですね」
資料の一か所を指さしながら、クロエが言う。
「そうだな。ティア、この国は今戦争をしているのか?」
「ここ10年は大きな戦争なんていてないわよ。でも、剣や鎧は古くなったら新しいのを買う必要があるでしょ?」
「なるほど、武具か」
啓太はそう呟きながら、資料をめくっていく。
「ここだな」
軍事費の内訳が乗ったページを見つけた啓太は、中身を確認した。
(売主は、どれも王国内の商会だな。一番大きいのは……ラグランジュ商会か)
「シルヴィ、ラグランジュ商会って知っているか?」
「もちろんです。だって、王都最大の商会ですよ?」
「取引をしたことは?」
「何度かあります。あそこはかなり手広く商売をしているので、王都に来たときは毎回売りに行っていました」
「武具の取引をしたことは?」
「ありませんね。一度父が売ろうとしましたが、断られたことがあります」
「断られた?」
武具は国の軍事力の要だ。見知らぬ行商人からは買えないということかもしれない。
「王国では、武具を作っているのか?」
「聞いたことないわね」
ティアが首をひねる。
「国の武具がどうなのかはわかりませんが、ここの領主様の兵士は外国製の鎧をつけていたと思います。一度、領主様が部下と話しているのを聞きました」
クロエの聞いた話が本当なら、購入している武具は輸入したものだ。
「武具を輸入しているなら、値段が割高になっている可能性もあるな。もっと安く買えるかもしれない」
「なるほど、流石ケータね!早速そのラグ何とか商会ってのをとっちめましょ!」
大きく頷いたティアは、机をバンとたたきながら立ち上がった。
血気盛んすぎるだろ。
「まてまて。何の策もなしに『値段を下げろ!』っていっても商会は大して下げてはくれないだろ」
「ケータの言う通りですよティア様。商人は狡猾です。値段を交渉するなら、何か切り札が必要だと思います」
「シルヴィの言う通りだな。最終的にはラグランジュ商会に値段を下げるように迫るつもりだが、まずは情報収集だ」
啓太とシルヴィに突っ込まれ、ティアはしゅんとして椅子に座りなおした。
せめてもの抵抗なのか、口をすぼめて拗ねてるポーズをとる。
「ケータさん、それでどんな情報を集めればいいんでしょうか?」
「いい質問だ、クロエ」
啓太はクロエの頭を撫でながら、そう言った。
クロエはどうやら頭を撫でられるのが好きらしく、よく啓太にお願いしてくる。
あまりにもしょっちゅう頼まれるため、いつの間にか無意識でクロエの頭を撫でるようになっていた。
(ますます犬だな)
目を閉じて嬉しそうな顔をするクロエに頬を緩ませながら、啓太はそんなことを考えていた。
「まずは、ラグランジュ商会がどこから武器を仕入れているかを調べよう。できれば製造元まで特定したい」
「特定してどうするの?」
口をすぼめたまま、ティアが質問してくる。
「製造元がいくらで売っているのかを突き止めるんだ。その値段を基に交渉の戦略を考えよう」
啓太は言葉を切り、再び応接室を見回す。
皆の目が、まっすぐ啓太を見つめていた。
「よし、まずは王都のラグランジュ商会に行こう!」
***
王都北部の商業地区。
王都を貫く川の両側には、大小様々な商会が集まっている。
「ここですね」
荷馬車の御者台からシルヴィが指さす方を見ると、ひときわ大きな三階建ての建物があった。
門の前には既にたくさんの荷馬車が止まっており、傍の川には何艘ものの船が横づけされている。
すこし眺めている間にも多くの人や荷物ががひっきりなしに出入りしており、この商会の繁盛っぷりが伝わってくる。
「あれがラグランジュ商会か。さすが賑やかだな」
武具への支出を抑えるために、まずはラグランジュ商会の調査から取り掛かることに決めた啓太は、シルヴィをつれて王都に来ていた。
シルヴィは商会と面識があり、かつ商人としての知識もあるため、今回の目的に適任だった。
なお、最後まで自分も行くと駄々をこねたわがまま王女様は、今頃クロエと一緒に屋敷で留守番しているはずだ。
(さすがに今回はついてこなかったな。念のため出発前に馬車を隅々まで調べたし)
昨晩のティアとの壮絶なバトルを思い出して、啓太は心の中で肩をすくめた。
「ケータ、私たちも並びましょうか」
そう言いながら、シルヴィが荷馬車を行列の最後尾に向けて動かしはじめた。
ちなみに、当然啓太は馬車など操縦したことがないので、手綱は全てシルヴィに任せている。
今回、啓太とシルヴィは調査の目的を警戒させないために、行商人に扮している。
そのため、荷台には屋敷の食糧庫で余っていた干し肉を積んである。
「これは、暫くかかりそうだな」
行列の最後尾についた啓太達の前には、すでに10台ほどの荷馬車が順番待ちをしていた。
「むしろ今日は空いている方ですよ」
「まじか」
「商人には、時として我慢が必要なんです」
そう言って、シルヴィはウィンクした。
「暇つぶしに、なにかお話しましょうか」
それから約1時間、シルヴィは御者台で様々な旅の話をしてくれた。
毛皮で大儲けしたこと、雨で道がわからなくなった森の中で遭難しかけたこと、そして相場で大損したことなど。
「――それで、せっかく行商をやめて自分たちのお店を出せるくらいに溜まっていたお金が、すっからかんになったんです」
商売って怖いですね、とシルヴィが首を振った。それでも、思い出を話す彼女の表情は楽し気だった。
「ケータ、そろそろ私達の番ですね」
いつの間にか、啓太達の前にいた荷馬車が消えていた。
「次ー!」
商会の中から、野太い声が聞こえてきた。
啓太とシルヴィは顔を見合わせて頷くと、荷馬車ごと建物の中に入っていった。
「シルヴィさんですね?いつもご贔屓いただきありがとうございます」
商会の中に入ると、受付の男が出迎えた。
「おや、そちらははじめてですね?」
啓太を見た受付の男の目が細くなる。
「夫ですよ」
さらっとシルヴィが告げた。事前の打ち合わせ通りだ。
「おお、それはそれは。それで、今回は干し肉ですか」
「はい、全部で30枚あります」
受付の男は荷台の干し肉を手に取ると、光に透かしたり臭いをかいだりして品質を確かめた。
「一枚あたり銀貨4枚ですな。併せて銀貨120枚でいかがでしょうか?」
「これはとある貴族から買い取ったものです。平民用の肉とはモノが違うはずです」
「なるほどなるほど……」
シルヴィの言葉に、男は腕を組んで少し考えた。
貴族の屋敷から手に入れたのは本当のことだし、一考の余地はあるのだろう。
「それでは全部で銀貨140枚でいかがでしょうか?」
「お願いします」
取引が成立した。
受付の男の指示で、商会の下働き達が荷馬車から干し肉を積み下ろし始める。その間に、男は金を用意しに一旦離れた。
「シルヴィ、さすがだな」
「見様見真似ですよ。それに、今回の目的は金もうけではありませんからね」
「ああ。むしろここからが本番だ」
啓太は気を引き締めなおした。
シルヴィのおかげで、滞りなく干し肉の取引が完了した。これで、商会は啓太達をただの行商人だと思うだろう。
あとは、いかにして武具の情報を聞き出すかだ。
「お待たせしました、こちらが代金です」
戻ってきた男は、銀貨の入った皮袋を持っていた。
「ありがとう。シルヴィ、数えてくれ」
男から受け取った皮袋をシルヴィに渡すと、啓太はさりげなさを装って男に問いかけた。
「ついでに、ここで何か仕入れたいのだが」
「おお!それは大歓迎です。ただ、今は冬の時期なので、農作物などは入荷が無いですよ」
「なるほど……。武具なんかはどうですか?」
「……武具ですか?」
わずかにだが、男の表情がこわばるのを啓太は見逃さなかった。
「はい。南のココス王国や西のデンドロン法国では、いい商売をさせて頂きましたので。是非、ここヘリアンサスでもやりたいのです」
「なるほど。残念ですが、今は当商会では武具を取り扱っていないのです」
「今はとおっしゃいましたか?」
勘定する振りをしながら耳を澄ませていたシルヴィが口をはさむ。
「はい。時々武具が入荷されますが、全て王宮用です」
「その武具は、どこから入荷されているんですか?」
「私にはわかりかねますが、上のものに確認いたしましょうか?」
「頼む」
「……何かあるありそうですね」
男が確認のため消えたのを確認してから、シルヴィが口を開いた。
「入荷した武具を他の商人に売らない理由は何だと思う?」
「そうですね、王宮からそう依頼されているか、若しくはすごく儲かる値段で王宮に売ってるかでしょうか」
「後者っぽいな」
王宮には割高で売れても、値段に敏感な商人は騙せない。
おいしい商売を他の商人に邪魔されないために、武具の売り先を限定しいるというのは納得がいく仮説だ。
(きな臭い香りがプンプンするな)
暫くして、受付の男が、金髪の小ぎれいな男をつれて戻ってきた。
新たな男をみて、横でシルヴィが息をのむ音が聞こえる。
「お初にお目にかかります。私は当商会の会長、フィルマン・ヴァレリー・ラグランジュと申します」
そう挨拶をすると、小ぎれいな男――商会長のフィルマンは、優雅に一例した。
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