06 『ポニーテールと地下』

 「二人とも、怪我はない?」


 あっという間に取り押さえた隊長を、いつの間にか取り出したロープで縛りあげた後、汗一つかいていない涼しい顔でが言った。

 

 「助かった。ありがとう」

 「あ、ありがとうございます、ニーナさん」

 

 ニーナと呼ばれたはぺこりと一礼すると、


 「礼には及ばない。これも仕事」


 と言うのだった。


 「ケータ、シルヴィにはさっき名乗ったけど、私の名前はニーナ・ナルヒ」

 「ニーナさんって言うのか。まさか御者さんがこんなに強いとは思わなかったよ」


 ニーナはそんな啓太のわざとらしい言葉に肩をすくめると、こう続けた。


 「もう気付いているだろうけど、私は御者ではない。国王陛下のご命令により、第一王女殿下の身辺警護をしている」

 「なるほどな、王都を出る前からティアの計画は国王にお見通しだったわけだ」

 「ティア様がメイドに身代わりを頼む会話を私が聞いた。それで護衛としてついてきた」


 会話が聞かれてたなんてティアは全く気づいてないんだろうな、と啓太は心の中で苦笑した。


 「て、ティア様は本当に王女様だったんですね!?」

 

 横で聞いていたシルヴィが驚きの声を上げる。そういえば自己紹介の時にごまかしていた。


 「黙ってて悪かった。シルヴィを騙すつもりはなかったんだけど、あそこで騒ぎになってもいいことなかったからな」

 「気にしておりません。それに、どことなく高貴な方なだなとは感じておりました」


 ティアが高貴?シルヴィは何を言っているんだろう。

 少なくともシルヴィの前では猫を被ってなかったと思う。


 「ティア様は噂通り、本当に素敵でお優しい方でした。こんな平民の私の不幸に寄り添っていただき、ともに悲しんでおられました」

 「ティア様は昔からああいう感じ。お忍びで王都に遊びに出ては、よく平民の子ともと分け隔てなく遊んでいた」


 どこか遠くを見つめるニーナの目には、在りし日のティアの姿が浮かんでいることだろう。

 なんとなく啓太には、こそこそと城を抜け出す今よりずっと幼いティアと、それを尾行するニーナの姿が浮かんだ。


 「でもニーナ、その分警護する側は大変だったろ」

 「もちろん」


 言葉とは裏腹に、ニーナの顔は楽しげだ。

 まったく、ティアは愛されている。


 「小さい頃のティア様はそれはそれはお転婆だった。色々エピソードがあるから、聞きたければ話す」

 「是非聞きたいてす!!!」


 シルヴィが勢いよく食いついた。なんとなく、啓太にはシルヴィとニーナは気が合うように見えた。


 「俺も聞きたいな。あのお転婆王女様のエピソード」

 「わかった」


 ニーナは微笑みながら頷くと、話し始めた。


 「あれは今から三年前の冬のこと。ある日、ティア様が――」

 

 「ケータ!シルヴィ!生きてる!?」

 

 唐突に馬小屋に駆け込んできた金髪の王女様によって、ニーナの話は中断された。


 「よかった、二人とも無事ね!屋敷の中はあらかた気絶させてきたわよ」

 

 両手を腰に当ててそんな物騒なことを言う姿からは、逆立ちしたって『高貴』などという単語は出てこないだろう。

 逆光なので顔はよく見えないが、きっといつも通り最高のどや顔をしていることだろう。


 「流石だな。こっちはこいつがまたやってきて大変だったよ」


 そう言って啓太は、足元で縛られて気絶している隊長を指さした。ニーナはいつの間にかまたフードを目深にかぶり、啓太とシルヴィの後ろに立っている。


 (ケータ、シルヴィ、私のことは内密に)

 (はい!ニーナさん!)

 (わかったよ。顔が割れたら尾行しづらいもんな)


 ひそひそ声で話す啓太達を気にも留めず、ティアは隊長が縛られている縄を引っ張って確認した。


 「ティア、それでこれからどうするんだ?何とか屋敷内は制圧できたけど、ガストンの罪を白日の下にさらすには、王都まで連れて行った方がいいだろ?さすがに俺の言葉だけだと証拠にならない。でも、これだけの大人数を王都まで連れてくのは無理だぞ」

 「うーん、そうね……。どうしましょう?いざとなればロープで全員縛って、馬車で引きずっていくけど」


 ここに悪魔がいた。


 「いや、さすがにそれはまずいだろ――ん?」


 ふと、遠くから蹄の音が聞こえてきた。同時に、鎧兜のぶつかるようなガチャンガチャンという音も聞こえる。


 「騎兵っぽいな。ガストンの援軍か?」

 「連絡する暇なんてなかったはずだから、こんなに早く来るはずはないと思うけど……」


 そういうとティアは、いつでも魔法が発動できるように両手を前に突き出し、ガストン邸の門を睨んだ。

 シルヴィは不安そうに体をこわばらせると、啓太の後ろに隠れた。

 一人、ニーナだけは平然と棒立ちしている。


 (大丈夫。彼らは味方)


 啓太の耳に顔を近づけたニーナにそんなことを囁かれた啓太はが聞き返そうとしたとき、足音が止まり、正門の外から大きな声が聞こえてきた。


 「ガストン・マンサール子爵殿!私は王国近衛隊隊長のギュスターヴ・チュレンヌだ!近衛隊の兵士30名と来た!至急、この門を開けてください!」


***


 「シルヴィを見つけたときに、私が呼んだ。連絡の魔法だけは得意だから」

 

 ガストン邸の庭園にあったベンチに腰掛けた啓太は、隣に座ったニーナにネタ晴らしをしてもらった。相変わらず、フードを目深にかぶったままだ。


 「あの時にはもうガストンの件を見抜いていたのか?」

 「まさか。でも念のため、近衛隊を呼んだ」

 「それなら最初から近衛隊ごとくればよかったじゃないか?」

 「ティア様は強い。あなたも見たでしょう?大抵の動物や盗賊なら簡単に追い払えるから、普段は私一人で十分」

 「なるほどな」


 会話が終わり、啓太とニーナは日が傾きかけた茜色の空をじっと眺めた。

 

 ガストン邸に到着した近衛隊は、ティアの魔法で気絶していた兵士たちを縛り上げた。今は、ガストン子爵への尋問を行っているところだろう。

 シルヴィは被害者として、別に話を聞かれている。

 そしてティアは――


 「いいですか、ティア様。何度も言っておりますが、勝手に王宮の外に出てはいけません。危険です」

 「いいじゃない、別に!王宮の中にいたって退屈なんだもん。今回だってなんともなかったでしょ!」


 近衛隊隊長、ギュスターヴと口論していた。


 「ギュスターヴ様はティア様が小さいときからずっと傍で警護していた」


 ぽつりとニーナがつぶやく。

 

 「ティアは愛されてるんだな」


 ギュスターヴがティアを見る目は、どことなく娘を見守る父親のようにも見えた。


 「賢者殿!少しよろしいでしょうか!」


 一人の近衛隊兵士が、啓太達の座るベンチまでやってきた。


 「どうしました?」

 「はい、念のために屋敷を捜索していたのですが、屋敷の裏に地下室への入口を発見したのです」

 「地下室?」

 「はい。草木で巧妙に隠されておりました。それで、今から中を調べようかと思いますが、見落としが無いように賢者殿にも来て頂けないでしょうか?」

 

 ***

 

 啓太とニーナが兵士に案内されたのは、屋敷の裏にぽっかり空いた穴の前だった。

 穴の中には地下へと続く階段がある。


 「ついて来てください」


 火のついた松明を持った兵士に続き、階段を下りる。すぐに、鍵のかかった扉の前にたどり着いた。


 「下がって」


 啓太と兵士を下がらせると、ニーナはサッと扉に切りかかった。

 カランと小気味いい音と共に、切り落とされた南京錠が地面に落ちた。


 「流石だな、ニーナ」

 

 あっけ取られていた兵士だが、すぐに気を取り直すと扉を押し開けた。

 扉の向こうには、さらに階段がらせん状に続いていた。松明の火をかざしても、奥までは見通せない。


 「ここから先は危険そうですね。」

 「ニーナがいるから大丈夫でしょう。俺とニーナで先に中を調べるので、あなたは応援を呼んでください。思ったより中は広そうです」


 はい、と返事をした兵士からロウソクを受け取ると、啓太とニーナは地下室に踏み込んだ。


 「酷い匂いだな」


 扉の向こう側へ一歩踏み出した途端、人間の汗のような、腐った食べ物のような饐えた臭いが襲ってきた。

 啓太は鼻をつまみながら、ひんやりとした石造りの壁に手をあててらせん階段を慎重に下りていく。ランタンを持ったニーナが先導する。


 「これはかなり深いな」

 「そろそろ底につく。気を付けて」


 階段の底には、3畳ほどのスペースがあった。暗闇に慣れてきた啓太の目は、正面の扉を捉えた。

 扉自体は最初の扉よりも大きく、石造りの重厚なものだった。しかし、鍵は先ほどと同じ南京錠だ。

 ニーナは、先ほどと同じ要領で鍵を切り落とした。


 「いくぞ。いいか?」

 「大丈夫」

 「「せーのっ!」」


 (これは…… )


 二人で力を合わせて押し開けた扉の先に広がっていたのは、広大な地下牢だった。


 「こりゃすごい」

 「貴族の屋敷には代替地下牢があるから、ある程度予想はしていた。でもここまで広いのは想定外」


 ニーナの言う通り、貴族が地下牢を持っているのは決しておかしいことではない。

 しかし、入り口が隠されていたのは引っかかる。


 「見て。このパンまだ腐っていない」


 ニーナが、房の一つの床に転がっていたパンを見せてきた。

 松明の光に照らされたそれは固く、おそらく黒パンだろう。確かに傷んではなさそうだ。

 他の房ものぞいてみたが、幾つか同じようなパンが転がっているのを発見した。


 「ということは最近までここに少なくない人数が収容されていたってことだな。ニーア、最近この領内で何か大きな事件が起きたとか聞いたことはないか?」

 「ない。この辺りは平和な田園地帯。もう何年も大きな事件は報告されていない」

 「なるほどな。じゃあ、なんでこんなにたくさん人が収容されてたんだろうか」


 疑問の答えを探るべく、啓太とティアはさらに地下牢を進んでいった。


 「床に転がっている毛布には小さいのと大きいのがあるな」

 「子供もここにいたってこと?本当ならひどい話」

 「まったくだ」


 房の床から拾い上げた布を放り投げると、啓太は苦々しくそう吐き捨てた。

 

 「行き止まり」


 地下牢の端までたどり着くと、ニーナはそう言って立ち止まった。松明に照らされた壁には、入り口同様の扉がついている。


 「駄目。こちら側には鍵がついていないから開けられない」 

 「外からしか開けられないようになっているんだろう。でも大丈夫、その扉の向こうに何があるかは大体わかっているから。一旦戻って、応援が来るのを待とう。大勢で探した方が証拠が見つかると思う」

 「ケータ、ここは一体何に使われてたの?」


 ニーナが首をかしげて質問してきた。


 「それは――」


 そこまで言って、啓太は口を閉じた。

 何か言おうとするニーナを手で制すると、扉近くの一つの房に目を凝らす。他の房とは異なり、その房だけ


 「ニーナ、あそこの房の鍵、開けられる?」

 「任せて」


 啓太の意図をくみ取ったニーナは、三度南京錠を切り落とした。


 狭い房の隅に、毛布に包まれるようにして横たわるがある。

 啓太はそっと近づくと、毛布の上から手でそれに触れた。

 

 「収容者だ」


 毛布越しに感じられた感触は、中に包まれたものが人間であることを伝えてきた。

 扉の鍵が閉められていたということは、少なくとも最後にガストン邸の者が見回りに来たときは生きていたはずだ。

 

 (さすがに死体を見るのは勇気がいるな。頼むから生きていてくれよ……)


 そうして毛布をめくると、その下からボロ布をまとった少女が現れた。

 過酷な環境に置かれていたのだろう。

 少女の全身は擦り傷だらけで、手足には縄の跡が生々しく残っている。


 「まだ生きてる」


 少女の脈をとったニーナがそう告げてきた。

 

 「よかった」


 啓太はホッと胸をなでおろした。何とか間に合ったようだ。


 「ん……」


 松明の光が眩しかったのだろうか、少女がゆっくりと目を開けた。


 「大丈夫。私たちは味方」


 ニーナが優しく声を掛ける。


 「色々つらかっただろう。だがもう安心して――」

 「……私から離れてくださいっ!」


 少女は、か細い声でそう言って啓太の手を払いのけると、


 「ごほっ……」


 と口を押えて咳こんだ。


 開いた少女の手は、どす黒い血で濡れていた。

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