05 『謎解きはディナーの前に』

 「っな――」


 突然の指摘に、ガストンは声を詰まらせた。


 「ケータ、どういうことなの!?」

 

 ティアがぎゅっと啓太の袖をつかみ、不安そうに訪ねてきた。洋服越しに震えが伝わってくる。


 (大丈夫だから)


 そっとティアに耳打ちすると、啓太はガストンに向き合った。自信があるように見せるため、背筋はぴんと伸ばす。


 「さて――」


 これじゃコンサルじゃなくて名探偵だな、と心の中で思う。

 さあ、解決編だ。


 「まず最初に私が違和感を感じたのは、子爵、あなたの発言なんです」

 「私の?ど、どういうことですか?」

 

 「あなたは私に、『ここ数年あまり麦が取れなかった』とおっしゃりましたね。でも、少しおかしいんですよ」

 「何がおかしいんですか?あなた方はミアレ村の様子を見たでしょう。民は困窮しております」


 横でティアがガストンの言葉にハッと口に手を当てると、確かにとつぶやきながらうんうんと頷き始めた。

 お前が言いくるめられてどうする。


 「私たちはここに来る途中、畑の様子を見てきました。春小麦と冬小麦、そして休耕地がきれいにわかれていましたよ」

 「それがどうしたというのです」

 「――本当に民が困窮するほど作物が取れなくなっているのなら、のんびり土地を休ませている場合ではないんじゃないですか?」

 「そ、それは……」


 ガストンがしどろもどろになるのを見て、啓太は追い打ちをかけた。


 「民が困窮しているのは作物が取れないからではなく、単にあなたの贅沢が過ぎるからでしょう。さびれた農村と普通の農地しか持たない子爵が、こんな豪勢な屋敷に住んでたくさんの私兵を抱えているのは少しおかしいですよね」


 「ぜ、贅沢して何が悪い!この土地も、領民も私のものだ。私が自分の所有物から絞り取ったところでお前のようなのにとがめられる筋合いはない!」


 ついに化けの皮がはがれたガストンは、顔を真っ赤にし、こぶしを振り上げながら怒鳴りはじめた。


 「あんたね、そんなことで貴族として恥ずかしくないの!」


 ティアの言葉には王女としてのやりきれなさがこもっていた。


 「うるさい!メイド風情が!」

 「この――」


 啓太は言いかえそうとするティアを制した。まだ謎解きは終わっていない。


 「たしかに、子爵のおっしゃる通りですね。税金は領主の権利ですから」

 「ちょ、ちょっとケータ!」


 (いいから任せてくれ)


 渋々黙ったティアは、再び啓太の袖をつかんでおとなしくなった。


 「しかし、子爵も大変ですね。最近はどの国も豊作で、麦なんて売れないでしょう」

 「何が言いたい」

 「こんな立派なお屋敷にたくさんの兵士を維持するには、たくさんお金がかかるでしょう。税金として麦を搾り取ったところでたかが知れていますし、村人が貨幣をたくさん持っているとも思えませんしね。」


 ***


 「今回のはじまりは、あなたがある行商人に香辛料の仕入れを依頼するところから始まっています。香辛料は高く売れますから、あわよくば育てようとでもしたんでしょうね」

 「さて、あなたは予定通り香辛料を手に入れることに成功しました。しかしここで一つ困ったことが起きた」

 「行商人たちが代わりに何かを売って欲しいと言ってきた。彼らは常に何かしらの商品を運びながら移動する。あなたはそれを知らなかったんです」

 

 ガストンの顔に浮かぶ動揺を見て、啓太は自分の考えの正しさを確信した。


 「ところが、あなたには売るものがない。身の回りの贅沢品を除くと、この領地にはせいぜい麦しかありませんからね。運んできた香辛料と釣り合う価値の麦となると、一行商人の馬車にはとても収まらないでしょう」

 「仕方なく、あなたは何も売るものがないと告げた。あなたにとって、これはかなりまずいことだったのですね」

 「貴族にとって、面子は大事です。一行商人に売るものすら領地に無いという噂が立つと困ります。おそらく、その行商人から王都に向かうと聞いたのでしょう。王都までその噂が広まってはなおさらまずいですからね」

 

 啓太はここまで言うと一呼吸おき、ガストンをびしっと指さした。


 「だから行商人たちを襲って始末したんです」


 隣でティアが息をのんだ。啓太の袖をつかむ力が強くなる。


 「いくら賢者殿でもそこまでの言いがかりはよして貰おう!何の証拠があるというのですか!」

 「証拠ならあります。生き残りがいるんですよ」

 「そ、そんなはずはない!」

 「どうしてそんなことをいうのですか?まるで確実に全滅させたことを知ってるかのように」

 「うっ」


 「私たちは生き残った方から話を聞きました。いいですか?あの襲撃にはおかしい点が二つあるんです」

 「まず一つ、襲撃者が音もなく切りかかってきた点です。野盗でしたら目的は金銭ですよね?まずは脅して従わせた方が無用な戦闘を避けられると思いませんか?」

 「あれはどう見ても野盗の手口ではありません。そう見せかけようと馬車を壊して火を放ったんでしょうが、あれは間違いなく殺し屋です」


 「二つ目は、その子が見逃されたことなんですよ。野盗なら金目のものが無いか隅々まで探しますよね?ところが襲撃者たちは壊れた馬車の下の彼女を探そうともしなかった。彼女は目立つ服を着ていましたし、もし探していれば気が付くはずです」

 「これは、馬車に積まれた金品も、始末すべき人数も把握しているものの仕業ですよ。生き残った子はまだ幼い。あなたとの商談の場にいなかったから、あなたも彼女の存在を知らなかったのでしょう」

 「さあ、これでもまだ言い訳できますか?」


 隣でティアがぱちぱちと手を打ち始めた。目には『尊敬』の二文字が浮かんでいるように見える。


 「ぜ、全部詭弁だ!それに、いくら賢者とはいえお前は平民。お前の言うことなど誰が信用するか!」

 「本当に想定通りのことをいうやつだな、お前は」

 「な、なんだその態度は!」


 想像通りの開き直り方に辟易しながら肩をすくめた啓太は、ティアの顔を見た。

 啓太の糸をくみ取ったのか、ティアはキラキラした目で頷く。


 「確かに俺はただの平民だよ。正直、賢者って柄でもない。」


 そう言いながら、啓太は胸の皮袋からを取り出すと、ティアに渡した。


 「じゃあこいつの言葉ならみんな信じるんだよな!」

 「お久しぶりですね、マンサール子爵」

 「んなっ……!」


 ティアラをつけたティアは(メイド服は着たままだが)、どや顔でこう言った。


 「この私、ヘリアンサス王国第一王女のティア・フランソワーズ・イヴェット・デュシェーヌが彼の言葉を保証いたしますわ」


 口をぽかんと開けたガストンはそのまま、わなわなと情けなく床に崩れ落ちた。


 (完璧なタイミングね!)

 (へいへい、ありがとう)

 (もっと私に感謝しなさいよ!あなたあのまま手打ちにされてたかもしれないのよ!)


 啓太とティアが小声で話し合っていると、


 「そうだ。こんなところに王女様が来るはずがない……」


 ぶつぶつど不穏なことをガストンが呟き始めた。

 そのまま立ち上がると、屋敷中に広がる大声で、叫び始めた。


 「皆の者ー!助けてくれー!侵入者だー!!!」

 「んなっ!」


 おいおいおい、こいつ完全に開き直ったぞ。啓太の背中を冷たい汗が流れた。

 廊下からのドタドタとした足音がだんだん大きくなってくる。

 

 (まずいな……。ティアが正体を明かせばおとなしくなると思ってた。さすが中世、王の権力が弱い)


 啓太はティアをかばうようにして、部屋の入口に相対した。


 「子爵殿!大丈夫ですか!」

 「よく来てくれた!そこの二人が侵入者だ!ある事ないこと言って、私を貶めようとした!」

 「この二人がですか?」


 部屋入ってきたのは、武装した3人の兵士だった。その中の一人、一番立派な鎧を着た人物――おそらく隊長だろう――はガストンの言葉を聞くと、じろっと啓太達を睨んだ。


 「とりあえずこの二人を捕らえてくれ!それから、馬小屋にある馬車も抑えろ!」

 「かしこまりました!子爵!」


 隊長が目くばせすると、他の二人の兵士は部屋を出ていった。

 武器も何も持っていない啓太とティアなら、一人で十分ということなのだろう。それに、先ほどの足音の数からして、廊下にもたくさん兵士が控えているはずだ。


 「さあ、おとなしくして貰おうか」


 剣を抜いた隊長がじりじりと近づいてくる。

 

 (ここまでだな)


 啓太は観念し、手を挙げて降伏しようとした。その時、


 「えい!」

 

 間の抜けたような掛け声とともに、啓太の横を一陣の風が吹き抜けた。

 そして、


 「ぐはっ……!」


 隊長が吹き飛んだ。

 啓太が横を見ると、この現象を引き起こした張本人であろうティアは、両腕を前に突き出したままにっこりと啓太に笑いかけた。


 「言ったでしょ、ケータ。最低限の護身術は学んでいるって」


 どう見ても最低限の護身術レベルではないのだが。

 吹き飛ばされた隊長は、開いた扉から廊下に出た後、窓ガラスを突き破ってそのまま外に消えていた。


 「ひっ……! ま、魔法だと……!」


 兵士たちの登場で元気になっていた子爵は、再び青くなると、ソファの上に崩れ落ちた。


 「ティア、ここは任せていいか!?俺は馬車のシルヴィを見に行く!」

 

 廊下に出て、待ち構えていた兵士たちをティアがまとめて魔法で吹き飛ばしたのを見届けてから、啓太は提案した。

 子爵を逃がすわけにはいかないが、馬車が人質にでも取られたらつらい。兵士たちはどちらかというと子爵を守るほうに数を割くだろうと見越しての提案だった。

 我ながら情けないが、どう考えてもティアの方が強い。


 「わかったわ、ケータ!無理はしないでね」


 そういうと、ティアは吹き飛ばされた兵士が取り落としていった抜き身の剣を啓太に渡した。


 「使えなくても、持ってるだけで脅しにはなると思うから」

 「ありがとう。助かる。お前も早く馬車に来いよ」


 それだけ言うと、啓太は廊下を駆け出した。


***


 幸いなことに、馬車までの道すがらに兵士は一人もいなかった。


 「シルヴィ!大丈夫か!?」

 「ケータさん!?」


 屋敷内部の喧騒にもかかわらず、シルヴィは事態に気付いていなかった。

 どうやらフードを被ったままの御者と並んで御者台に座り、談笑していたようだった。


 「よかった……。二人ともよく聞いてくれ。ここは危険だ」


 シルヴィの表情がこわばる。


 「上にはまだティアがいるが、彼女が下りてきたらすぐに逃げ出したい。御者さん、馬車をすぐに動かせるようにしてくれないか?」


 御者は無言でうなずくと、相変わらずの猫背で、てきぱきと支度をはじめた。


 「ケータさん、一体何があったのですか?」

 「話すと長くなるから手短にいうと――」


 そこまで行ったとき、ガチャンと金属のぶつかる音がした。

 目の前に現れたのは先ほど吹き飛ばされた隊長。顔に擦り傷が見えるが、剣を握った姿を見るにダメージはそこまで受けていないようだ。

 

 (なんてタフな奴だ)


 「ここにはあの魔法使いはいないようだな。悪いがお前らには人質になってもらう。そうしないとあの金髪の嬢ちゃんは止められないからな」


 そういうと、隊長はずかずかと馬車に近づいてきた。一応啓太も剣を持っているが。さすがにこれで止められる相手じゃないだろう。


 「人質は俺だけでいいだろう。この二人は屋敷の中には入っていない。見逃してくれ」


 シルヴィと御者の前に立ちふさがりながら、ダメ元で頼んでみたが、返答はつれなかった。


 「わるいな。それは捕まえてから子爵様が決めることだ。俺には判断できない」

 「そうかよ」

 

 今度こそお手上げだ。ティアがここまでたどり着くにはまだ時間がかかるだろう。さすがにもやし都会っ子と行商人の娘と御者では太刀打ちできない。

 啓太はゆっくりと剣を地面に置くと、両手を上げた。


 「そのままおとなしくいていろよ」


 そう言うと、隊長はにやにやしながらさらに近づいてきた。

 人質は一人で十分だ。下手したら俺はここで切り捨てられるかもな。

 啓太がそんなどこか達観したような思いに支配されそうになった時だった。


 「下がって」


 初めて聞く声がした。

 啓太の後ろから黒い塊が飛び出し、そのまま隊長の剣を弾き飛ばすと、地面に組み伏せる。


 隊長を抑えつけたのフードが、ふわりと風でめくれると、ポニーテールに束ねられた黒髪が現れた。

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