02 『コンサル一夜物語』
「――それで、貴族たちじゃ何にも解決しなさそうだから、誰かよその人に意見を聞こうと思ったのよ」
少女はそこまでひと息に事情を説明すると、言葉を止めた。
先ほどまでの神々しい美少女はどこへやら。
今はだらしなくベッドに寝そべったまま、投げやりな視線を啓太に送っていた。
適当に投げ出された脚のせいで、ドレスの裾がやや危険なことになっている。
(俺はこんなお子様の下着なんて見ないぞ)
啓太はそっと視線を外すと、少女から今聞いた話を咀嚼した。
***
大陸の中央に位置する大国、ヘリアンサス王国。
建国200年を数えるこの国では、建国時より広大な平地での豊かな農業生産を基にに発展してきた。
気候に恵まれたヘリアンサスでは、常に安定して小麦やぶどうが収穫できる。
そのため、平常時は余剰分を輸出し外貨を獲得、他国が飢饉に陥った時には食料支援をしてきた。
その結果国の威信は高まり、周辺国への発言力も増した。
結果的に、国の支配者である王や領主たる貴族たちの懐は潤い、建国から100年たったころには大陸に並ぶものはいないほどの大国に成長していた。
しかし、どんなに豊かな国でも陰りは生まれる。
豊かな財力に胡坐をかき、王室や貴族たちは際限なく散財し続けた。
一方そのころ、近隣各国では農業技術革命がおこる。
他国の生産量が急増したことにより、いつの間にかヘリアンサスの余剰農作物は売れなくなっていた。
不幸なことに、建国以来農業ばかりに経済を頼っていたヘリアンサスでは他の産業があまり育っていない。
その結果、いつのまにか国の支出と収入が逆転。
国庫は誰も気づかないうちに緩やかに食いつぶされ、気づいてみればほぼ空になっていた。
大国に甘んじ、目先の贅沢を続けるために足元の財務状況を誰も顧ないうちに、いつの間にかヘリアンサスの財政は破綻寸前までいっていたのだ。
もはや国を救うには、起死回生の一手が必要である。
そこで、ヘリアンサス建国以来最も聡明な王族だと目されている、第一王女ティア・ローズ・クラリス・シャリエールが賢者を召喚することになったのだ。
***
「この国の事情はおおむね把握いたしました。理解を深めるために、いくつか質問してもよろしいでしょうか?」
啓太は、
「もちろんよ。あと、私の前ではその堅苦しい話し方やめてちょうだい。肩が凝りそう」
どう見ても肩がこるような年齢じゃないだろ、と心の中で突っ込みみつつ、啓太はうなずいた。
「わかった、ティア様」
「ティアでいいわよ」
「それじゃ、ティア。まず最初の質問だけど、俺をどうやってここに呼んだんだ?」
こういう時はまず本質的な質問からするのが定石だ。
ティアは聞かれるのを待っていたかのように布団から飛び起きるとベッドの上に立ち上がり、啓太をびしっと指さしながら目を輝かせてこう言った。
「それはもちろん、私が召喚したからよ!」
絵にかいたようなドヤ顔だ。何なら鼻からフンス!と鼻息が聞こえた気さえする。
「召喚?えっと、どうして俺を召喚したんだ?」
「それはさっき言ったじゃない。国を救うために『賢者』を召喚したって」
「え?」
「え?」
素っ頓狂な声での俺の返答に、ティアもまた素っ頓狂な声を上げた。心なしか目の輝きが三段階は落ちている。
「ちょ、ちょっとまって。あなた名前は?」
「そういえば名乗ってなかったな。一ノ瀬啓太だ」
金髪のお姫様はそんな啓太の名乗りを聞くと、へなへなとそれは見事に座り込んだ。真っ白な顔がだんだん青ざめていく。
「どうやらその様子だと、当てが外れたようだな」
「そ、そんなはずはないわ!ちゃんと手順通り伝説の賢者ゲーベルを呼び出したもん!」
今度は顔を真っ赤にして主張するティアを啓太は片手で制し、こう言った。
なんだ伝説の賢者ゲーベルって。
「そのゲーベルだかゴーグルだかが誰かは知らないが、俺は賢者なんかじゃないぞ。なにか手順を間違えたんじゃないのか?」
「手順なんて間違えたはずが……あっ」
「『あ』ってなんだ、『あ』って!?」
「ちょっと面倒くさくて何ステップか省略しちゃったのよね。てへっ」
この残念王女は……!どうやらティアは召喚の魔法でめんどくさがり、大事な手順を飛ばしたようだった。はた迷惑すぎる。
「はぁ……。事情は分かったから、とにかく俺を早く元の世界に返してくれよ。こう見えて忙しいんだぞ。そのあとゆっくりとそのゲーベルとかいう賢者を召喚し直せばいいだろ」
「そんな簡単に言わないで!召喚魔法っていうのはね、等価交換なのよ。呼び出すものに釣り合うだけの代償が必要なの!あなたの召喚には、代償としてこの国が建国時から持っていた唯一無二の秘宝を使ったのよ!もう二度と召喚はできないわ!」
「まじかよ」
さらーっととんでもないことを言う王女様だ。どうやら、啓太はこの国の宝と引き換えに呼び出されたようだ。
『等価交換』が何を意味するのかは分からないが、なんとなく自室のベッドの上に金銀財宝が乗っている絵を創造してしまった。
もし行方不明の啓太を捜索しに来た同僚が発見したらどんな顔をするんだろう。
「ああどうしよう……お父様に叱られるわ!賢者はこの国最後の希望なのに……」
ついには頭を抱えて布団の上にうずくまってしまったティアの叫びはだんだんか細くなり、最後には蚊の鳴くようなつぶやきがすすり泣きに変わっていった。
あきらかに、自分は人違いでここに連れてこられた。ならば、至急元の世界に送り返してもらう権利くらいあるはずだ。
賢者とやらを召喚できなかったこの国がどうなっていくのかはわからないが、自分には関係ない。グッドラック。
無責任にもそんなことを考えていた啓太は、ようやく泣きやんだティアに戻してくれるようお願いしようと近づき……
「そうだわ!!!」
突如飛び上がったティアの頭に顎を強打された。
「な、なにを?」
激痛に涙目になりながら啓太が聞くと、ティアは再び取り戻した太陽のようなどや顔で――ただし、泣きはらした目は若干赤く、そして何か良からぬことを企んでいるかのように怪しく輝いているような気もするが――こう言い放った。
「どうせ誰も賢者の顔なんて見たことないわ。あなたが賢者になればいいのよ!」
そんなとんちんかんな事をのたまったティアは、いたずらっ子のようなほほえみを見せた。
***
ローサ城四階謁見の間。ティアに連れてこられた啓太は、生まれて初めて片膝を立ててひざまずきながら、玉座に座る人物の言葉を待っていた。
「よく来てくれた、賢者殿。顔を上げてくれないかね」
かけられた深い声には、人の上に立つ物特有の威厳が感じられる。
顔を上げると、正面には白髪を束ね長いひげをたくわえた人物がいた。
彼がヘリアンサス国王ヘリオスⅡ世だろう。
「わたしが国王ヘリオスだ。そなたの名前を聞かせてくれないだろうか」
「はい陛下。私は――」
「お父様、彼はケータというそうです」
口を開きかけた啓太を遮ったのは、ティアだった。啓太に余計なことを言わせまいとする意志が感じられる。彼女の方を見ると、顔に笑顔を張り付けたまま、目線で啓太にプレッシャーをかけていた。
(わ・か・っ・て・る・わ・ね・?)
口パクでそんなことを言っている。器用なものだ。
『いい?最後の頼みの綱で呼び出したあなたが賢者じゃないとわかったら、国が混乱するの。それに私の評判も下がるわ。どうせ召喚のやり直しなんてできないだから、あなたは賢者の振りをしなさい。それしかないわ』
『元の世界に戻りたい?それならしっかり賢者らしい働きをして私を助けて。言っておくけど、召喚されたあなたは私に逆らえないわよ!元の世界に戻せるのも私だけなの!もしケータのおかげでこの国が立てなおったら、その時は私が戻してあげるわ』
『とにかく、いまからお父様のところに報告に行くから、ボロが出ないようにしなさい!変なことを言ったら承知しないわよ!』
先ほどマシンガンのようにティアに言われた台詞を思い出しながら、啓太は心の中で苦笑した。
「なるほど、ケータ殿か。思ったより若いな」
「自分は、まだまだ未熟者ですので」
ティアの顔を見ないようにして、啓太は悪びれずにそういった。こういった場合はまず相手の期待値をコントロールするのが重要だと、これまでの経験でわかっている。とりあえずは駆け出し賢者ぐらいのぐらいの印象を持たせておかないと、あとで困る。
「なるほどなるほど……」
顎に手を当てたままケータの顔を覗き込んだ王は、一人得心が言ったかのように大きくうなずいた。なんとなく啓太には、王が『さすが賢者殿ともなると視野が広く、常に向上心を持っている』などと余計なことを考えているような気がした。嫌な予感だ。
「してケータ殿。時間が無いゆえに早速本題に入らせてもらいたい。事情は娘から聞いたかね?」
「はい。この国が置かれている状況について、大雑把には伺っております」
「それで、ケータ殿はまずどうすればいいと思う?」
視界の端でティアが手をぱたぱたさせながらうろたえているのが見えた。
どうやら彼女は国王がここでいきなり啓太に知恵を求めるとは思ってなかったようだ。啓太は身振り手振りで、おそらくなんとかごまかしてと器用に伝えてくるティアから目を外し、王の質問への返答を考えた。
「そうですね……」
ここが正念場である。こういう場合は、とにかく初対面の印象が重要であり、ここでいかに自分が有能で信頼できる人物であるかを見せる必要がある。したがって、何か一つでもいいから王を感心させるようなことを言わなくてはいけないのだ。
(まるで初対面のクライアント相手の打ち合わせだな)
心の中で苦笑いした啓太は、わずか二年弱しかないコンサルタントとしてのキャリアを思い出しながら、脳内で回答を組み立てていった。
「陛下、まずはこの国の課題をしっかりと洗い出す必要があるかと思います。表面的に見えている財政上の課題だけではなく、その背景に何があるのかをしっかり分析してから対策を立てなくては根本的な解決にはなりません」
「なるほど、ケータ殿。お主の言うことはもっともじゃな。して、どのように進めればよい?」
「はい。これは国の根幹にかかわる重要なプロジェクトです。したがって、変革のための専属チームを作ってはいかがでしょうか」
「なるほどな、それでは貴族たちに手を貸すよう私の方から声を掛けよう」
「恐れながら陛下、それは少し待っていただけないでしょうか。このような変革においては、なるべく属性が異なる人々を集めてチームを作った方がうまくいくのです。貴族だけでは物事の一側面しか見えない可能性がございますので……。例えば、農業や商業に携わる方も巻き込むべきだと存じます」
ほう、と息を吐くと王は目を細めた。顔に浮かぶ感心の色が啓太の回答が刺さったことを如実に示している。
「流石は賢者様、私にはそのような考えは思いつきもしなかったであろう。これなら安心して任せられそうじゃ」
「恐れ入ります、陛下」
「私は次の予定が入っているのでここで失礼するが、あとの細かい所は娘と相談して詰めてくれないか?もちろん、私もできる限りの手助けをしよう。必要な時はいつでも声をかけてくれ」
そこまで言うと王は玉座から立ち上がり、あっという間に供の騎士達と共に謁見室を出て行ってしまった。
***
「ケータ!あなたすごいのね!」
部屋に戻ると開口一番、ティアがそんなことを言ってきた。
「ちょっと似たような仕事をしたことがあるだけだよ」
そうぼかしながら言うと、啓太はソファに腰かけた。
(めっっっっちゃ緊張した!)
対面した国王の威圧感は想像以上であり、脇に控える大勢の騎士や謁見室の豪勢なしつらえも相まって、少しでも油断すると空気に飲まれてしまいそうだった。正直、声の震えがばれなかったのは本当に幸運だ。
「お父様がいきなりあんなことを聞いたときは正直、終わったと思ったわ。あなたがあそこまでできるのは計算外ね。本当に賢者じゃないのよね……?」
そんな軽口をたたきながらベッドに腰かけたティアは靴を脱ぎ散らかすと、だらしなく寝っ転がった。相変わらずドレスの裾が甘い。
とりあえず、何とか第一関門は突破したようだ。国王はすっかり啓太のことを賢者だと思い込んいる。
「なあ」
「なあに?」
ぶっきらぼうに彼女に声をかけた。ティアに最初感じていた神々しさはどこへ消えたのやら、今啓太の目に映るのは何とか自らの失敗をごまかせてほっとしている残念王女だ。
「この改革がうまくいったら、俺は元の世界に帰れるんだよな」
「そうよ。あなたがちゃんと働いてくれれば、帰してあげる」
残念王女のそんな言葉を聞くと、啓太は肩をすくめた。
啓太が元の世界に帰るためには、なんとしてもこの国の改革を成功させなくてはいけない。
資本主義経済もなければ情報技術など皆無に等しいこの世界で、国の財政を立て直す。
正直、具体的な改革のイメージなど全くなかった。
それでも、21世紀の日本に生き、そこでいくつかの企業改革を進めてきた経験――あくまでも下っ端としてだが――が啓太にはある。
きっとこの世界にも通用するものがあるだろう。それぐらい前向きになってもバチは当たらない。
(これはもう覚悟をきめて、本格的に取り組むべきだな。どうせ日本にいてもやりたい事なんて無かったんだし)
啓太がそんな決意を固めていると、ふとティアが頭を持ち上げてこう言った。
「まずはチーム作りよね。商人の方はあまり心当たりがないけど、農業に詳しい人材なら一人探すのに協力してくれそうな当てがあるわ!」
相変わらずのどや顔を啓太に向けたティアは、
「私が連れて行ってあげるから安心しなさい!」
そんなことをいうのであった。
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