賢者に間違えられましたが、何とか国を立て直します!~王女に召喚されたコンサルタントが国を改革します~

おうさまペンギン

第一章

01 『コンサルタントは異世界の夢を見る』

 コンサルタントという職業をご存じだろうか。


 高給取りで、毎日合コン三昧。常に横文字を多用し、そしてなんだか忙しそう。ついでにすぐ転職する。

 世間一般のイメージとしては、こんな所ではないだろうか。

 

 いや、そもそも企業対企業――一般的にはBtoBという――の仕事であるため、名前しか知らない人の方が多いかもしれない。


 一ノ瀬啓太いちのせけいたも、入社するまではコンサルがどんな仕事なのかよくわかっていなかったうちの一人だ。

 

 啓太は、目標の無い人間だった。

 決して毎日を自堕落に過ごしてきたわけではない。だが、これまでの24年間の人生では一度も、『やりたいこと』が見つけられていなかった。

 家に近く、自分の成績と合っているという理由で大学を選んだ。

 大学で学びたい事も特になかったため、なんとなく友人と同じ学部を選んだ。

 そして、特にやりたい仕事もなかったため、転職のしやすさで、仕事を選んだ。


 そんな目標無し人間の啓太がコンサルの現実を知ったのは入社後だった。


 コンサルの『忙しい』は、啓太の想像以上だったのだ。

 

 給料は労働時間と見るとそれほど高くなかった。

 毎日深夜まで働くため、合コンに行く時間などどこにもない。


 それに、同期は皆啓太とは全く異なる人種だった。

 彼らは、人生における大目標があり、そのためにコンサルに修行しに来ているのだ。

 そのため、必然的にハードワークを厭わない風潮ができていた。


 啓太も例外ではなく、毎日二時三時まで働き、翌朝六時からまた働く生活を余儀なくされていた。

 別に目標のために修行しているわけでもないのに、付き合わされるのは理不尽この上ない。


 朝六時というと、真冬のこの時期はまだ薄暗い。

 太陽が昇らないうちに出社するというのは、得も言われぬ切なさがあった。


 

 だからこそ――

 

 その日、目覚めた啓太は視界を照らす眩しいばかりの日光に固まってしまったのだ。


 というより、


 (やべぇえええええ!寝坊した!!!!)


 飛び起きた。

 

 今朝は特に重要なクライアントミーティングがある。

 ミーティング自体は10時からだが、寝る前にマネージャーに頼まれた最後の資料修正をする必要がある。

 そのため、昨日の夜は間違いなく6時にアラームをセットした。


 (この明るさ、もう10時も過ぎたか……?)


 間違いなく大遅刻である。

 スマホを開けば、きっと大量のメールと着信が入っているだろう。


 (やべぇ、スマホ開きたくない。これ、下手したらクビだよな……)


 流石に即首にはならないだろうが、間違いなく悪い評価がつくだろう。


 (言い訳はできないし、どうやって穏便に謝るか――)


 そう考えながら枕元のスマホを探っていた啓太の手が、ふと止まった。


 (俺のスマホが無い? いや、それよりも――)


 ようやく回り始めた啓太の脳が、今見えている光景を処理し始めた。


 (ここ、どこだーーー!?)

 

 よく見てみれば、かけていた布団も枕も、啓太の使っていた量販店で購入したものとは全く違う。

 

 (この枕と布団、どう見ても絹だよな……)


 それに手で押した感触からすると布団は羽毛入りだ。

 明らかに高級な寝具だった。


 (これが朝チュンってやつか……?)


 彼女なんていたことないくせに、前向きな啓太だった。

 だが、どんなに思い出してもそう言った記憶など出てこない。


 (昨日は確か、二時まで仕事をして、それからタクシーに乗って――)


 念のため記憶を辿ってみるが、タクシーでまっすぐ帰宅し、マネージャーからの追加タスクに絶望し、そのまま床に就いた以外は思い出せなかった。


 (じゃあ、ここはどこだ?)

 

 とにかく今の状況を確かめるべく、啓太はベッドから降りた。


 (ホテルじゃなさそうだけど……)


 木製の床は、現代のフローリングとは全く異なる模様に木が組み合わされており、重厚感を感じさせる。

 天井を見上げれば、豪華なシャンデリアが据え付けられていた。

 ついでに言えば、啓太が寝ていたベッドは天蓋付きだ。

 ――お姫様かよ。


 どんな高級ホテルだろうと、ここまで手の込んだ内装は用意しないだろう。


 (あとは、窓の外か)


 啓太は明るい光が差し込む窓に近づくと、薄いカーテン越しに外を見た。


 (あれは庭か?)


 窓の外には、広大な庭園が広がっていた。

 巨大な噴水を挟み、植栽が複雑な模様を描いている。


 (一体どこの宮殿だよ)


 啓太がそう心の中でつぶやいたとき、ふいに部屋の扉がノックされた。


 「失礼します。おや、起きられましたか」


 ドアを開けて入ってきたのは、燕尾服を着た背の高い壮年の男だった。白髪をきれいに七三に分け、ひげをたくわえたその姿は、まさにダンディを絵にかいたような印象だ。


 「あ、どうもはじめまして。あの、ここは一体……?」


 突然の事態に動揺したため、啓太の質問は尻切れトンボとなってしまった。

 それでも男は恭しく一礼すると、こう言った。


 「大変失礼いたしますが、詳しくは殿下から申し上げさせていただきます。どうぞこちらへ」


 男は、優雅に啓太を部屋の外までエスコートした。

 なんともできる執事だ。


 (――というかさっき『殿下』って言ったか?)

 

 部屋の外に広がる廊下は、室内に負けず劣らず豪華だった。

 片側には豪華な絵画や彫刻がこれでもかと並べられ、反対側には扉と扉の間を埋めるように立派な騎士鎧が並んでいた。


 (まさに、この世の栄華を極めました、って所だな)


 飾られた芸術品や豪華な装飾品の一つ一つが、この宮殿の持ち主であろう国の権勢を象徴している。

 啓太は、そんな廊下の様子をゆっくりと眺めながら、男について行った。


 廊下の曲がり角で、男が立ち止まった。

 目の前には、これまで廊下にあったどの扉よりも大きく、宝石をふんだんに使ったきらびやかな装飾を施された扉がある。


 (おおっ!本物の騎士じゃん!)


 扉の正面には、全身を鎧で固めた騎士が二人立っていた。

 啓太を先導してきた男が二人の騎士に軽く会釈をすると、騎士たちは左右に分かれて道を開けた。


 「どうぞ、こちらの扉から中にお入りください。殿下がお待ちです」


 ようやく、その『殿下』とやらにご対面できるようだ。


 (さあ、どんな奴だ?俺を呼んだのは)

 

 執事の男は啓太があの部屋にいるのが当然のように振舞い、目覚めた啓太を直ぐにここに連れてきた。

 つまり、『殿下』が啓太がここに連れてこられた理由の鍵を握っていると言って過言じゃないだろう。


 (いきなり奴隷にされたりしないよな……)


 啓太はそんなファンタジー読みすぎなことを考えながら扉を三回ノックすると、入室した。


 「ようこそおいでくださいました、賢者様」


 歌うような声がした。


 部屋の中にいたのは、とんでもない美少女だった。

 太陽の光を反射して黄金のごとく光り輝く金髪に、空の蒼を溶かし込んだような目、それに透き通るような白い肌。

 年のころは十三、四だろうか。

 表情にはまだ少しあどけなさが残るが、それでも不思議と知的で神々しい雰囲気を醸し出していた。

  

 (やべぇえええ!めっっっちゃ美人じゃん!)


 これまでの人生で女性と縁など無かった啓太は、少女の雰囲気に圧倒され、扉をくぐった位置で固まってしまった。


 「ポール、ご苦労様。もう下がってもいいわ」


 少女の言葉に、ポールと呼ばれた執事は軽く会釈をしてから部屋を出ていった。

 部屋に残されたのは、少女と啓太の二人だけ。


 「さて、これでゆっくりお話しできますわね」


 少女はそういうと、まっすぐに啓太の目をのぞき込んできた。

 何もかも見透かすような少女の視線が、啓太の視線を絡めとった。

 啓太は視線を逸らすことができない。


 少女は啓太と目を合わせたまま、腰かけていた椅子から立ち上がった。

 そのまま、入り口付近の啓太の元へゆっくりと近づいてくる。

 

 近づくにつれ徐々に大きくなる彼女の双眸に、啓太は吸い込まれそうな気がした。

 油断をすると呼吸すら忘れてしまいそうだ。


 「え、あ、あの、その」


 無言で近づく少女に向かって何か言おうと開いた啓太の口からは、意味をなさない言葉の出来損ないしか出なかった。


 「本当に、よく来てくださいました」


 少女は啓太の目の前で立ち止まると、上目遣いでそう言った。

 近くで見た少女は、啓太より頭一つ分小さく、幼さが際立つ。

 だが、それ以上に少女の髪の毛からほのかに香る甘い香りと、紅く濡れたくちびるが大人の生々しさを感じさせた。


 少女が啓太の瞳を覗き込む。

 啓太は少女の瞳に映るおのれの顔と見つめあう。


 少女の顔がさらに近づいた。まるで啓太の瞳の裏側を垣間見ようとするかのように。

 

 啓太の目と鼻の先に、少女の瞳が、髪が、くちびるがあった。

 少女の息遣いすら、啓太の耳の裏側まで届く。


 緊張のあまり早鐘を打つ啓太の心拍数が、いよいよ危険水域まで上昇した時――


 「ふぅ、成功したようね!」


 少女は満面の笑みでそう言った


 「え?」


 啓太は突っ立ったまま、素っ頓狂な声をあげてしまった。

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