004


 あのまま一緒に登校した俺たち。

 靴を履き替える際に一度床に置かれた段ボール。



「ありがとうございました」



 中二はお礼を言って鞄返却を求めてくる。



「いいよ。教室まで持っていく。どうせ教室近いだろ?」



 この学校には進学クラスどうせ特進クラスがあり、それぞれの教室は違う棟にある。

 失礼だが、この中二病が特進クラスとは思えなかった。



「なんか失礼ですね。まぁ教室が近いのは事実ですが。しかし私はこれを教室に持ち込む訳には行かないですし、別のところに持っていきます。ので」



 手をグッと前に突き出し鞄の返却を求める中二だったが、ここで素直に返すのは何か違う気がした。



「じゃあそこまで着いていくよ。どうせ教室に上がってもする事ないし」

「ですが……」

「私も着いていってもいいかな? 特に何かしてあげれるわけでもないけど。あ、その段ボール私が持つよ」

「それだと私が手ぶらです」

「じゃあ私の鞄を持って」



 渋る中二の背中を朝比奈さんが一押し。

 朝比奈さんは自分の鞄を中二の手に握らせると、床に置いていた段ボールを持ち上げる。



「うわ! 結構重いねー」



 申し訳なさそうな表情をする中二にを見て、俺と朝比奈さんは一度向かい合い、くすりと笑った。



「で、どこに持っていくの?」

「……特別棟四階の多目的室に」

「よし、じゃあ行こうか!」



 初対面の人相手のために重たい荷物を率先して抱えた朝比奈さん。だが言ってしまえば、誰も彼女にして欲しいと頼んでないし思ってもいなかっただろう。しかし彼女が行動を起こすことで中二は思わない得をした。

 優しさとはつまりお節介なのだなと、この時僕は感じた。





「ここです」



 中二が先頭を歩き、案内した特別棟の四階は空き教室が並び、普段足を運ばない場所だ。

 全ての窓が磨りガラスとなっており、ドアの向こう側が見えないようになっている。



「カギは?」



 朝比奈さんが訊く。



「空いています。壊れているので」



 特別棟は本校舎比べて造りが古い。だからそう言うこともあり得るのだろうと納得する。


 この高校はそれなりの歴史があり、私立校ということもあって何度も新校舎が建てられては壊されてきたらしい。新入生説明会の時に理事長がそんな事を話していた。

 特別棟は普段使っている教室ではなく、科目ごとの専門教室が集められている棟だ。例えば理科室や調理室、作業室に音楽室、和室。

 新校舎にはそのような専門教室の数が少なく、建て替えの当時、築年層が浅かったこの特別棟をそのまま使う予定で新校舎には専門教室を用意しなかったらしい。

 今となっては少し造りが古く感じるが。



「おはようございます」



 ドアを開けた先には三人の生徒がいて、内二人は知らない人で、もう一人はたぶん知ってる人。

 上靴の色からどうやら二年生らしい事が分かる。

 一人は室内で縄跳びをしており、もう一人はパソコンに向かってイラストを描いている。

 唯一知っている生徒。忘れもしない白枦三波さん——らしき人。

 彼女は教室の真ん中でイヤホンを装着し、頭に段ボールを被って直立不動で佇んでいる。

 長く伸びた髪や身に纏った白衣からして白枦さんと思われる。


 決して広くない空間で一人一人が別々に好きな事をやっており、なんともカオス。

 俺と朝比奈さんがこの惨状に目を点にしているなか、中二は見慣れているのかノーリアクションで教室内にズカズカと入り込む。



「持って来ましたよ、ボードゲーム」

「おはー&サンキューさえちゃん!」

「おはようです、小丸先輩」



 縄跳びをしている先輩はどうやら小丸というらしい。未だにぴょんぴょん跳ね続けている。ダイエット中何だろうか? それともただの趣味? どちらにせよなぜ外でやって下さいよ。

 初対面の先輩相手に馴れ馴れしいツッコミはさすがに自重した。



「すいません、その箱はこっちに」

「う、うん」



 立ち尽くす朝比奈に中二は声をかけ誘導する。



「貴方も、鞄ありがとうございました」

「いいよ、このぐらい。それより、白枦は何やってるの?」

「あれですか? 彼女は今、別世界に入り込んでいるのです」

「うん、それは見ればわかる。あれは俺たちと違う世界にトリップしてる」

「若干私の言いたいことと違いますが……今は、それでいいです」

「それどう言う——」



 真意を訊ねるも中二が無視をし白枦さんのもとへ歩き出したため答えは返ってこなかった。

 麓を歩いている時、中二は白枦のことを電波系と言った。電波系に詳しくは知らないが、他人と常識ズレていて、そのことを自覚しない人のことを言うぐらいは知っている。



「おはようです、ミナミ。聴こえてますかー? 聴こえてないなら返事してくださーい。段ボール取りますからねー」



 その言い回し意味なくない?

 ボケているのか、それとも俺たちには計り知れない中二病と電波系の日常なのか。



「三笠くん、あの段ボール被った彼女って?」



 教室の中心で一際異彩を放っている白枦を指差して、朝比奈は訊ねてきた。



「あれは、まぁ、俺もよく知んないけどああ言う生き物らしい。名前は白枦三波」

「え?」



 驚きか、はたまた歓喜か、トラウマか。

 色んな感情を一瞬にして見せた彼女は視線を白枦に合わせたまま固まった。

 まるで保健室で白枦を目撃した誠一のように。



「段ボール取りますから——ねっ! と」



 中二が最後の勧告をしながら白枦の頭から段ボールを引っこ抜いた。



「うっ!」



 段ボール内と教室の明暗の差に目が眩み、瞼の上から目を押さえ、小さな悲鳴を上げて屈み込む。



「うぅあがぁ……。ひどい」

「返事しないミナミが悪いのです。ほら立って。ミナミのやりたがってたドンジャラを持ってきましたよ」



 屈んだ白枦に中二は手を伸ばし、引っ張り起こす。

 目が慣れてきたのか、半目ながらも瞼をぱちくりさせて辺りを見渡す白枦。彼女の視線は自身を注視している朝比奈さんで止まった。



「あ、えと……」



 何か言おうとする朝比奈さんだったが、言葉が出てこないのか諦めてしまう。

 対して白枦はそんなこと気にも止めない様子で視線を外し、興味の矛先は中二が持ってきたボードゲームたちに向いた。

 がさがさ段ボールの中をあさり、大人数でできるUNOを取り出すとこちらに見せつけるように突き出した。



「これ、やろ」



 何を思い、俺たちを誘ったのか。誠一の時は恐ろしく警戒していたのに朝比奈さんはなぜ大丈夫なのか。



「ダメだよ。みっちゃん。今始めたら終わる前に授業が始まっちゃう」



 いつの間にか縄跳びを止め、首にタオルをかけた小丸先輩が白枦からトランプを取り上げた。



「放課後にやろーね」

「でも……」



 駄々を捏ねる子どものような表情で白枦はスカートを握りしめる。次いで涙こそ浮かべていないものの、暗い面付きで朝比奈さんを見つめた。

 苦しそうに、見つめられた朝比奈さんは胸に握り拳を当て下唇を噛み締める。



「あの、お二人。よければ放課後一緒に遊びませんか?」



 見兼ねた中二が案を提示した。



「俺は、いいけど」



 この誘いは実質朝比奈さん向けて放たれたもの。俺的には二人の間に何らかのわだかまりがあるなら解消して欲しい。そんな思いで誘いに乗った。



「私は……私は……。ごめん、行けないや」



 出した答えは「行かない」ではなく「行けない」つまりは何かしらの外的要因があると言うことだ。

 それは誰かとの先約があったのま。だったらなぜ答えあぐねたのか。白枦に申し訳ないと思ったから? 或いは別の理由で。

 数秒の沈黙の末に、「わかった」と白枦の絞り出した声が静寂を破った。まるで親の言うことを渋々聞き分けた小学生のように。



「行けないなら仕方がないです。無理言ってすいません」

「こっちこそ、ごめんね」



 謝られたはずの朝比奈の方が苦い顔をしていて、教室に帰ってからの朝比奈さんはいつも通りを演じているようにしか、俺には見えなかった。





 朝の件が頭から離れないまま時間は過ぎて、気づけば昼休みになっていた。

 いつも通り、スマホを片手に購買で買った焼きそばパンを口にする

 特別美味しいわけじゃない。パンは硬いし、焼きそばはソース薄いし。ただ焼きそばパンを食べてる男子高校生ってイメージが強く、何となく選んで食べている。


 そして食べ終われば廊下やらをうろついている誠一や仲の良い男子と話して遊んで時間を潰す。それが毎日のルーティン。

 しかし今日は焼きそばパンを半分ほどしか食べ終えていないのだが、誠一が俺の前の席に逆向きに座った。



「なーつき! どうしたよ、今日は元気ないんじゃないの?」

「そうか? いつも通りだと思うけど。なんなら今日は早起きだったし」



 寝不足どころかお目々ぱっちり。天気の良さも相まって体は元気百倍だ。



「うーん、なんか考え事してる顔!」



 当てやがった。

 何も悟られないように、俺は表情をあえて変えずに飄々と受け流す。そんな俺を見て誠一は「ふーん」と知り顔をする。



「まぁ正直お前のことなんざどーでもいいんだよ」

「酷くね?」

「朱音が今日はテンション低めなんだ」



 勘のいいガキは嫌いだよ。



「誰だって気分が乗らない日があるだろうさ」

「朱音がローな日はそうそうないんだよ」

「ハイかローかの見分けは、幼なじみの勘ってやつ?」

「そんなとこ」



 二人で教室の後ろの方、女子グループ内にいる朝比奈さんに目を向けた。

 事情を知っているからこそ、朝比奈さんの今日の違和感に俺は気づくことができる。実際、あの女子グループの全員が今日の朝比奈さんに違和感を覚えることなく話している風だった。

 しかし事情も知らない、常に近くにいるわけでもない誠一はその違和感に気付き心配している。

 幼なじみの勘恐るべし。

 ——と言っても、それだけが理由じゃないのかも知れないが。



「捺月なんか知らね?」

「なんで俺なんだよ」

「朝、一緒に教室に来てただろ」

「だからって俺は知らない」



 悪いがシラを切らせてもらう。



「そっか」

「すまんな」

「いいって、いいって! その代わり、放課後カラオケ行こーぜ。テンション上げるにはもってこいだろ?」

「ってことは朝比奈さん誘うのか?」

「イエス!」

「……そっか。悪いな、今日は行けない。先約があるんだ」



 正直、放課後中二たちのもとへ行くべきか悩んでいた。きっと俺一人が行ったところで意味はないのだろう。しかし一度行くと言った手前、そう易々と約束を蹴ることはできない。

 あともう一つ理由を付け足すなら、ちょっとした興味本位だ。



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