キングヤマヒグマVSエアシャーク
否定論理和
キングヤマヒグマVSエアシャーク
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
暗闇に包まれた夜の山を二人の少女が走っている。手をつなぎ、息を切らせ、そしてその表情は恐怖に染まっていた。
「シノブ、大丈夫だから!村に着けば助かるから!」
先を走る少女――学校指定の青いジャージを着た黒髪ショートカットの溌溂そうな少女――は、もう一人のシノブと呼ばれた少女――ブレザーを着てメガネをかけた黒髪ロングヘアの少女――に向けて声をかける。
「もうっ、いいからっ、ミキ、私を置いて行って……」
「そんなこと言ってる暇があったらっ!走ってっ!」
二人の声には単に走っているからというだけではない、もっと切実な緊迫感があった。その元凶が今、空を切って二人の元へ突撃してきた。
「SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAARK!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
それは空を飛ぶサメであった。バイオテクノロジーによって生み出された海中ならぬ空中を泳ぐサメ、エアシャークだ。エアシャークは通常のサメと比べ物にならないほどふうわりとした食感のフカヒレを生み出す目的で作られたものの爆発的繁殖力により瞬く間に人類の制空権を犯したのだ。それでもなお人類はエアシャークの生息域を抑え込むことに成功していたのだが、稀に包囲網を抜けて人を襲うエアシャークが社会問題となっていた。今二人の少女に襲い掛からんとしているのは、まさにそんなサメの一匹なのだ。
背後から聞こえるサメの鳴き声に二人は死を覚悟した。それでも尚数少ない可能性に賭けて全速力で走っていた。しかし山中の悪路と疲労、それに極度の緊張が重なりついにシノブは脚を縺れさせてしまう。
「――――――っ!」
声にならない声。サメの顎が間近に迫る。自分の、或いは友の、確実な死を前に世界がスローモーションになったような気がしたその時
「BEAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAR!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
咆哮、それと共に振り抜かれる剛腕がサメを吹き飛ばす。無法な侵入者を排除するために現れた山の王者、キングヤマヒグマだ。バイオテクノロジーによって生み出された新種生物を餌とすることで自己進化を遂げたヒグマのことをヤマヒグマ、その中でも一つの山の頂点に立つ山の主をキングヤマヒグマと呼んだ。
「BEAAAAR……」
「SHAAARK……」
サメを屠らんと戦闘態勢を取るヒグマに対しサメもまた己の狩猟を邪魔された怒りでターゲットをヒトからヒグマに切り替える。
「ちゃ、チャンスだよ、このまま逃げよ」
ミキはヒグマに一縷の希望を見出し、声を抑えてシノブに語り掛ける。しかしシノブは声を震わせてそれを否定する。
「ダメよ。今サメがヒグマに向かってるのは私たちがここにいるからなの……いつでも餌を食べれると思ってるから先に邪魔者を倒そうとしてるだけで、もし私たちがここから逃げ出せばヒグマを置いて私たちを狙ってくるわ……それだけサメの狩猟本能は強いの」
「つまり、私たちはどうしようもないの……?」
「サメの射程範囲から出ないギリギリまで、静かに移動しましょう。ヒグマとサメが戦えばどちらも無事では済まないはず、サメの機動力が落ちたタイミングを見計らって走るの……」
呼吸を整え、可能な限り落ち着きを取り戻そうと努めながらシノブは己の知識を振り絞る。
「わかった、でも、もう二度と置いて行ってだなんて言わないでよ」
ミキもまた呼吸を整えシノブに発破をかける。シノブが無言で頷くと、二人は地面を這うようにして少しずつサメとヒグマの戦場から距離を離していく。そんな二人をよそに、二頭の巨獣は少しずつ距離を詰めていく。ヒグマの攻撃により離れていた距離は既にお互いの攻撃が届くほどに縮まっており、どちらかが動き出すのは時間の問題になっていた。
「SHAAAAAAARK!!!!!!!!」
先に仕掛けたのはサメだ。ヒグマの首目掛けて急加速し、ヒグマが防御するより早く噛み付いた。
「BEAAAAAAAAAAR!!!!!!!!!!!!!」
ヒグマの筋肉と体毛の鎧はサメの牙を容易に通しはしない。だからと言って無傷で済む筈もない。自動車のエンジンを噛みちぎるエアシャークの顎力はヒグマの筋肉を、骨を圧迫し確実にダメージを与えていく。ヒグマはサメを振り落とすべく右腕を振りかぶり爪を叩きつけるが、楯鱗で守られたサメの体に致命傷を与えるには至らない。純粋な衝撃によるダメージはあるものの、サメは先天的な直感により衝撃から逃げることよりもこのまま噛み付いてダメージを与えることを選択していた。
「どうしよう、このままじゃ……」
ミキがヒグマの不利を感じ取り不安そうな声を漏らした次の瞬間
「BEAAAAAR!!!!!!!!」
ヒグマは大きく跳躍し、そのまま空中で回転すると自分の体ごとサメを地面に叩きつけた。
「SHAAAAAAAARK!!!!!!」
想定以上のダメージに耐え切れずサメは顎を離しヒグマから距離を取る。攻撃のタイミングを計るサメに対し、ヒグマもまた体勢を整え迎え討つための構えを取る。
一見ヒグマがやり返したように思えるが、サメの噛み付きによるダメージは決して浅くはない。お互いがお互い、次の衝突をもって決着になるであろうことを野生の勘により理解していた。
「ああ、神よ、どうか慈悲をお与えください……」
シノブはただ、目を閉じ手を合わせ神に祈る。自分たちの生存を、山の王者たるヒグマの勝利を、クリスチャンとして生きてきた20年に満たない人生のいつよりも強く祈っていた。
「SHAAAAAAAARK!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「BEAAAAAAAAAR!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
動き出したのはほぼ同時だ。しかし僅かに、本当に僅かだけ、サメの初速が勝った。先ほど噛み付いた首に目掛けて二度目の咬撃を放つ。一度傷つけた部位への追撃、必殺を期したサメの一撃を
「BEAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAR!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ヒグマは読んでいた。大きく開いたサメの口目掛け、ヒグマはあらかじめ置いた左腕だけを加速させて突っ込んだ。不意を突かれたサメは一瞬だけ顎に力を込めるのが遅れ、その隙を、決してヒグマは逃がさない。車のエンジンを潰すヒグマの腕力を以て渾身の力で地面に叩きつける。更に残った右腕を使いサメのエラ目掛けて必殺の爪を突き立てる。
「SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAARK!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
断末魔の叫びを上げたサメは程なくして力を失い、ヒグマはずるりと左腕を引き抜いた。誰が見ても明らかな山の王者の勝利だ。
ヒグマは二人の少女を一瞥だけすると、サメの亡骸を口に咥えゆっくりと歩き始めた。キングヤマヒグマの巣穴は決して人間に場所を知られることはないが、おそらく巣穴へ向かったのだろう。
「「…………ふぅー」」
緊張の糸が切れたのか、二人の少女は同時に大きなため息を吐く。目を見合わせると、お互いが無事であった奇跡に安堵する間もなく、新たな脅威に襲われる前に無言で村へと駆け出した。
その後、無事村へと辿り着いた少女たちの証言を元にエアシャーク包囲網の改善案が村役場を通して県議会に提出され、人類とサメの次なる戦いの火蓋が切って落とされるのだがそれはまた別のお話である。
〈了〉
キングヤマヒグマVSエアシャーク 否定論理和 @noa-minus
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