二、悲報

朝。

部屋の外から聞こえてくる慌ただしい足音によって、穂乃は目覚めた。

今朝見た縁起でもない夢のせいで、寝覚めはあまり良くない。

若干怠い身体を引きずりつつ、ベッドから立ち上がる。

あくびをしつつ自室のドアを開けると、すぐそこに父がいた。

「おっと。」

思わず少し仰け反ってしまう。

すると父が穂乃を見て声を上げた。

「あ、穂乃起きた!」

大荷物を抱え、忙しなく動き回っている両親を見て、穂乃は首を傾げた。

「朝っぱらから何事?」

父と母が一瞬顔を見合せる。

「私から言おうか?」母が父に尋ねると、父は首を横に振った。

「いや、大丈夫。」

その言葉の割に、父もあまり気持ちの整理がついていないようだ。ここまで何かに動揺している彼の姿を見るのは初めてかもしれない。穂乃は思わず眉を寄せた。

「……急な話で、正直俺も今凄くびっくりしてるんだけど……」

沈痛な表情と、重々しい口調。

まさか。

一瞬、嫌な想像が頭を過った。それが杞憂であって欲しいと心から願う。

「……うん。」

先程からずっと心臓がバクバクと狂ったように速いリズムを刻んで、父の唇がやけにゆっくりと動いて見えた。

「ミコお祖母ちゃんが昨日の夜に倒れて、今朝早くに、亡くなった。」

「……。」

かしゃん、と。

穂乃の中にある何かが落ちる音がした。

それはきっと、小さな卵の様なもので。今まで机の縁の辺りにギリギリバランスを保っていたのが、この瞬間耐えきれなくなって床へ落下してしまった。

そんな感じだ。

……衝撃は、不思議と少ない。

祖母が死ぬなんておかしい、嘘だと最後の最後まで必死に抵抗し続けていたはずなのに、その実、心のどこかではもうとっくに祖母が居なくなることを覚悟していたような気がしている。

夢の中で祖母が言っていたことが嘘ではなかったと証明されてしまった今、穂乃の胸中には諦めにも似た微妙な感情が渦巻いていた。

……あぁ、認めたくなかったなぁ。

穂乃は黙りこくった。言うべき言葉が見つからない。父はその反応を、ショックが大きすぎて言葉を失っていると勘違いしたらしい。

「辛いな……お父さんも辛い。」

本当に泣き出しそうな顔の父を見て、穂乃はこの酷く悲しいわりに曖昧な感情を吐き出す機会を、完全に見失ってしまった。

「……そうだね……」

結局、それしか言えない。

『だって、他に何て言えばよかったの?』なんて心の中で自分に言い訳してみたところで気分が晴れる筈もなく、穂乃はまた黙りこんだ。

両親は祖母の家への夏休みの帰省を急遽早めて、他の親戚ともども祖母の実家へ向かう支度をしていたらしい。当然穂乃も母に急かされ、出かける準備をさせられる。

自室でパジャマから着替える間、穂乃はずっと考えていた。

『お願い、穂乃ちゃん!』

夢にみた祖母の言葉が蘇る。

「……手紙……」

そうだ。

棚の引き出しに入っている手紙を回収して、『祖母の友達』に渡さなければ。

そう考えた途端、穂乃はある大きな問題に気づく。彼女は青ざめた。

「お祖母ちゃんの友達の名前、聞いてない……!」

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